27年の眠りから覚めた赤ちゃん
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27年の眠りから覚めた赤ちゃん

2020年10月26日、アメリカ南部のテネシー州で一人の女の子が生まれました。

名前は、モリー・ギブソンちゃん。

一見、普通の女の子の赤ちゃんに見えますが、彼女の誕生はある世界記録を打ち立てました。

実はモリーちゃん、27年間という「凍結」の時を経て誕生したのです。

彼女は、ある夫婦が27年前に凍結した「胚」を使って現代に生まれてきました。出産に結びついた「凍結胚」の凍結期間としては世界最長になります。

一体、モリーちゃんはどのように生まれてきたのでしょうか。

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凍結胚で二人の娘を授かった

テネシー州に住む、ティナ・ギブソンさん(当時29歳)と夫のベン・ギブソンさん(当時36歳)は長い間、子どもを持つことに悩んでしました。

というのも、ベンさんは遺伝性疾患の一種、嚢胞性線維症を患っていて、ティナさんも保因者だったため、子どもに疾患が遺伝することを心配していたのです。

嚢胞性線維症:気管支、消化管、膵管などが、粘り気の強い分泌液で詰まりやすくなり、様々な症状を表す病気。ほぼ全ての患者が、肺炎や気管支炎を繰り返す。この病気は、両親から1つずつ遺伝子を受け継ぐ時、両方の特定の遺伝子に病的な変異がある場合のみに発病。一方の遺伝子のみに変異がある 保因者 ( キャリア )は、発病しない。

養子縁組という方法を探って、五年間奮闘したものの、二人にとってその過程は挫折の連続。希望するような家族に出会うことはできませんでした。

そんな頃、同じような悩みを抱えるカップルが「凍結された胚」を使って妊娠を試みたというニュースを見たのです。

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早速、二人はテネシー州ノックスビルにあるキリスト教系の非営利団体「National Embryo Donation Center (NEDC)」と連絡を取りました。

そして、第三者から提供された「ドナー胚」の調査を始めたのです。

アメリカでは、不妊治療によって子どもを授かった家族が、必要亡くなった残りの受精卵・胚を、希望すれば第三者に譲ることができます。

胚を授かった夫婦は、遺伝的にはつながっていないけれども子どもを持つことができるようになるのです。

「受精卵」と「胚」:受精卵は精子と卵子が受精した卵子のことで、まだ分割を始める前の状態。 受精卵は、培養すると細胞分裂をくり返し、2分割から8分割へと成長する。 この細胞分裂を始めたものが「胚」と言われる。

ティナさんたちが訪れたクリニックのNEDC(2017年設立)では、提供された胚から1000人近くの子どもが誕生しています。

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また、NEDCによるとアメリカには推定100万個の凍結胚が保存されているということです。

この方法を使って、ティナさんたちも子どもを授かろうと考えました。

ティナさんたちは、ドナーの両親の年齢、身体的特徴、学歴、職歴、趣味が載っている200~300のドナープロフィールの中から、外見が似たようなカップルの胚を探したといいます。

そして見つけ出したのが1992年に凍結された「冷凍胚」です。ティナさんは、その冷凍胚を使って、2013年にエマ・ギブソンちゃんを出産しました。

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エマちゃんは、その後に生まれてくる、モリー・ギブソンちゃんの姉になる女の子で、ティナさんとベンさんの第一子として生まれたのです。

そして、第二子として、1992年に同じカップルが提供した冷凍胚を使って授かったのが、モリーちゃんというわけです。

つまり、エマちゃんとモリーちゃんは同じカップルから提供された冷凍胚を使っているため、遺伝的につながる実の姉妹になります。

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驚くのは、モリーちゃんや、エマちゃんの胚が凍結されたのは、ティナさんが2歳になろうかという頃だったという点です。

もし、モリーちゃんたちが1992年に生まれていたら、生みの母親のティナさんとほとんど年齢が変わらなかったということになります。

凍結の長さは子どもに影響しない

NEDCでティナさんの移植を行ったジェフリー・キーナン医師は、「胚が融解にうまく耐えられれば、『できたての胚』と同じように、妊娠に結び付くチャンスがあるはずだ」と話しています。

つまり、モリーちゃんの誕生は、胚の凍結期間に制限がないことを示しているわけです。

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さらにキーナン医師は、凍結の年月は「赤ちゃんの健康状態には影響しない」とも話しています。

NEDCのマーケティング&開発ディレクターを務めるマーク・メリンジャー氏は、「いつの日か、三十歳の凍結胚から子どもが誕生する可能性は十分にあります」とコメントしています。

またNewYork Times紙は、シカゴの卵子提供プログラムのディレクターを務めるシーガル・クリプシュタイン医師に取材し、「凍結の時間と質には相関関係はない」とする見方を伝えています。

「問題は、凍結時の胚の質です。良質な胚であれば、凍結した時点でも解凍した時点でも、良質な胚であることが期待できます」(シーガル・クリプシュタイン医師)

モリーちゃんと実姉のエマ

エマちゃんとモリーちゃんを授かったティナさん夫婦は、「私たちは大喜びです、いまだに胸が詰まりそうです」と現地のメディアのインタビューに答えています。

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また、ティナさんたちは、姉のエマちゃんは、妹のモリーちゃんのことをとても可愛がっていて、怒った時に眉間に小さなしわがよるところはさすがに姉妹、そっくりだとも話しています。

そしてティナさんは、この長い旅を超えてイギリスBBCの取材にこう話しています。

「こうなることは決められていたのでしょう、この子たち以外の子どもを持つことは、もはや私たちには考えられないのです」

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まさに、ティナさん夫婦の事例は、生殖医療の可能性、そして人体の不思議を非常によく表していると思います。

私にとっては、凍結した長さが、子どもに影響しないというのがとても大きな驚きでした。卵子凍結も同じく、採取した時の年齢・状態が非常に重要だというのは共通しています。

日本では、法の整備が整っておらず、認められていませんが、アメリカでは、第三者から提供された卵子、精子、受精卵を使って出産して家族を持つという選択肢もあるのです。

家族とは何か、生殖医療とは何か、そして人間の限界とは、ということを深く考えさせられる出来事だと思います。


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NewsPicksシリコンバレー支局長。テクノロジー、ビジネス、カルチャーを中心に米国から情報を発信します。米国の生殖医療、その周りに育つスタートアップに高い関心があり、最前線の取材をしています。