夏物語(川上未映子/文藝春秋/本屋大賞ノミネート候補作品)
<著者について>
川上未映子さん
1976年大阪府生まれ。2007年『わたくし率 イン 歯ー、または世界』『そら頭はでかいです、世界がすこんと入ります』で早稲田大学坪内逍遥大賞奨励賞、08年『乳と卵』で芥川賞、09年詩集『先端で、さすわ さされるわ そらええわ』で中原中也賞、10年『ヘヴン』で芸術選奨文部科学大臣新人賞、紫式部文学賞、13年詩集『水瓶』で高見順賞、『愛の夢とか』で谷崎潤一郎賞、16年『マリーの愛の証明』でGRANTA Best of Young Japanese Novelists、『あこがれ』で渡辺淳一文学賞を受賞。他の著書に『すべて真夜中の恋人たち』、『きみは赤ちゃん』、『みみずくは黄昏に飛びたつ』(村上春樹氏との共著)、『ウィステリアと三人の女たち』など。17年には「早稲田文学増刊 女性号」で責任編集を務めた。
<本屋大賞とは?>
2004年に設立された、NPO法人・本屋大賞実行委員会が運営する文学賞である。 一般に、日本国内の文学賞は、主催が出版社であったり、選考委員が作家や文学者であることが多いが、本屋大賞は、「新刊を扱う書店の書店員」の投票によってノミネート作品および受賞作が決定される。
ちなみに第73回毎日出版文化賞文学・芸術部門受賞作品でもあります。
<あらすじ>
パートナーなしの妊娠、出産を目指す夏子のまえに現れた、精子提供で生まれ「父の顔」を知らない逢沢潤――
生命の意味をめぐる真摯な問いを、切ない詩情と泣き笑いに満ちた極上の筆致で描く、21世紀の世界文学!
<感想>
前半は、『乳と卵』が大幅に加筆されています。
大阪下町に生まれ育つ、主人公夏子。母と姉三人で、貧しさが絡み付いて離れない中育ちます。
その後、東京でなんとか小説家として生きる30才からの夏子は「自分の子供に会いたい」という願いが芽生えAIDを考え始めます。
「非配偶者間人口受精 AID」を題材に、そうした生命のつくられ方への戸惑いや、またそれらが女性だけの体で受け止めていくという不均衡さに違和感を持って疑い、問いかけてくるそんな長編作品です。
この世は生まれてくるのに値するのだろうか。
重い負担を背負わされた若い人達の間で、「反出生主義」が現実問題として議論されているようです。
さすが芥川賞作家の川上さんの作品ですね。こんなに難しくシリアスな倫理問題を大阪弁の独特さをもって、私達に提示してくれたようです。
夏子と調和する編集者も登場します。
本題とはそれますが、私は彼女のこの言葉が一番響きました。
『言葉って通じますよね。でも、話が通じることってじつはなかなかないんです。言葉は通じても話が通じない世界に生きているんです、みんな。「世界のほとんど誰とも友達にはなれない」あれは本当だと思います。
だから、話が通じる世界ーー耳をすませて、言葉をとっかかりにして、これからしようとする話を理解してくれようとしてくれる人たちや、そんな世界を見つけること、出会うことって本当に大変なことで、それはほとんど運みたいなものなんじゃないかと思っているんです。からからに干上がった砂漠かどこかでにじんでいる水源を見つけるみたいに、生きることに直結する運みたいなもなんじゃないかって…』
夏子と心が通じあうようになる男性逢沢という男性は、AIDで生まれ、本当の父親について苦しんでいます。また彼の恋人百合子は、「生まれてきたことを肯定したら、わたしはもう一日も生きてはいけない」という強烈な自己矛盾的存在。
また原理主義者で、シングルマザー作家の遊佐も登場し、それぞれ共鳴したり、掻き乱しあったり…
答えになかなかたどり着かせてはくれませんが、夏子は自分の答えに辿り着きますから、安心して?読み進めてください。上からガツンとではなく、低姿勢に読者の頭の中破壊してくる、川上さん独特のお力発揮の作品ですもの、大切などこかといつまでも響きあう物語を、是非ご堪能ください。
文学賞候補を読んで感想を書いていきます。今後の本選びの参考にしていただけると嬉しいです