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明日もがんばろう 愛する人に捧げよう

私が所属しているコミュニティの一つである
コルクラボのことをまたまた書きます。

すごく内輪な話になっちゃうけど、
届けたい人に届いたらいいなと思っています。

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昨日、ラボ内で表彰してもらった。 

えっ突然なんの話?なんで?
って思う人もいるかもしれないので一応さらっておくと、、

今月から、「コルクラボニュース」を
その。が始めてくれた。 

ラボメンバーの
「何が起こってるかわからない」状態からの
不安や孤独を少しでも解消するために、
ラボ内でのニュース(イベント、感謝の共有)を
まとめてくれることになったのだった。
(こういう動きが出てくるのが素敵じゃない?)

以下、ラボ内でその。が書いてくれた企画目的を引用。

【企画の目的】コルクラボ の活動を「知らなくて不安」、「置いてかれている」と感じるラボメンを減らすのが大目的。そのために、ラボで起こった出来事をまとめて伝えつつ、知らなくても大丈夫」と思えるように、ゆるくやるつもり(じっさい、僕は抜け漏れあっても平気だし)。まとめた出来事は感謝とともに忘れても良い形で伝えるのを目指している。そんなわけで、掲示板にノートを作って出来事を振り返りつつ、定例会では全体を簡単にさらった後に、もっとも感謝したい人を選んで終わる形にするよ。

この投稿がなされた時は
ラボのニュースを隅々まで読んだつもりだったけど、
目的の最後の方に書かれている

「定例会では全体を簡単にさらった後に、もっとも感謝したい人を選んで終わる形にするよ。」

という文はノーマークだった。

だから、定例会で
何が起こるか全く予想もしてなかった。


ラボ内で
感謝したい人を選ぶという
初めての試み。

それに、
入ってまだ2ヶ月にもならない新参者の私が
授賞者として選んでもらった。


名前を呼ばれる前に、その。が

「彼女は入ったばかりなのに色々行動してる」

みたいなことを言ってくれた時、
名前を呼ばれる前とはいえ、

「え?これ自分かな…」って思って、
おかしくなってきて、
はじめはちょっと笑っちゃった。

「あれ!?これもしかして私じゃない!?(笑)ウケる!」
って、笑いながら肩震わせちゃって。 

でも、気づいたら涙が止まらなくて、
全く違う肩の震えが始まった。

自分でも想定外の涙が溢れてきてしまった。

その場の空気感とか
タイムスケジュールとかあっただろうに、
もうぶち壊してしまった。 

これでも回復(涙を止める)を早めようと頑張ったんだけど、
やっぱり涙が少しの間止まらなかった。
(みなさま、あの時はごめんなさい)

「e場所つくってくれてありがとう賞」

という賞だったかな(泣きすぎてハッキリ覚えてない)。 

(個人的に、
5期のE班に所属していた私にとって
このタイトルで
表彰してもらえたのは嬉しかった)

多分、あの場には
「え?泣くこと?」
って思った人もいると思うし、
私が思った以上に泣いてしまったせいで、
周りの人も「なんだこの空気…」ってなったんじゃないかと思う。
わからんけど。

その。も初回にて
ハードル上げちゃったって言ってて
「あ、確かに!やばい!」って思ったり。

だから、改めて
涙の理由とか、ちゃんと話しておきたいなと思い
noteを書くことにした。

また長いんだけど。
もし知ってくれるのなら、読んでほしいな。



大袈裟だって言われるかもしれないけど、
今回表彰されたことで、
私がこれまで生きてきた軌跡まで
受け入れてもらえたような気がした。 

私はすごく変な経歴を持っているから。

高校卒業直前に鬱になる→語学学校に一年→米国留学するも即休学、その後退学→奈良で居候→フリーター(コンビニ、制作会社、塾講師)→大学受験→大学入学後即休学→休学しつつフリーター(イマココ)

という感じなので、基本的に誇れる要素が一つもない。
表立ったスキルもないし、何かを極めたこともない。 

中高6年間、仲間がいたから
なんとかバスケットボールを続けられたくらいで、
高校卒業してからは何もかも中途半端。

うまく生きれていないという劣等感や罪悪感にばかり苛まれて、
語学学校時代に発症した摂食障害に今も悩まされていて、
心身ともに全く自信がない。 

生きるのに欠かせない「食」
との向き合い方のバランスを崩してからは、
気づけば何かと向き合うことから
逃げ続けてしまった。

(とはいえそれなりに必死で生きてきたと思うし、
決して手を抜いたつもりもないけれど。) 

みんなが当たり前のように大学に入り、
勉学とバイトと課外活動を楽しみ、
それなりに人間関係や恋愛で悩み、
就活を経て
社会人になっていく様子を見て
自分がどんどん恥ずかしくもなっていった。 

今までの人生で得た知見や
自分で見て考えてきたことを恥じたりはしないし
ある程度自信は持っているけれど、
“大卒”だとか、“サークル運営”だとか
周りの友人が得ている
わかりやすい何かが今は何もなくて、
それはそれは焦ってしまう。

(全国的な大学進学率を見た話とかは別。
進学校の女子校にいたので、
私の環境的には私ほどの「何もない」は本当に稀だった。) 

そういうのを
病気のせいにしてはいけないかもしれないけど、
私の何もかもを壊していくような摂食障害を、
輝く友人たちを横目に、死ぬほど呪ってきた。


病気があったって、
ちゃんと進学・卒業している人もいる中で
こんなことを言うのは甘えだけど、
アメリカに渡って3ヶ月が過ぎた頃、
もう海外留学をしてる場合ではないほど
心身が限界だった。 

辛くなってしまって
大学辞めたいなんて親にこぼしても猛反対され、
心が潰れそうで、
どうしようもなくなって
ほとんど誰にも言わずひっそり帰ってきたら、
家族はみんな私に怒っていた。

お父さんだけは、
なるべく落ち着いて話を聞いてくれようとしたけど、
勝手にアメリカの大学を退学するつもりで帰ってきた時には、
家族の中で「こいつは終わった」「親不孝者」と
烙印を押されたように
たくさん怒られて、たくさん喧嘩をした。

自分の行動の取り方も悪かったけど、
当初は
家族の誰もが病気の私を理解をしてくれなければ
守ってももらえなかったことが
本当にすごくショックだった。

帰ってきたのにはいろんな理由があったけど、
病気が辛くて帰ってきたと言った時、

「そんなに辛いなら、お金を無駄にする前に
留学行く前から言うべきだった」

と言われた。

でも、私にとっても、
私たち家族にとっても、
それは難しい話だった。

前々から親とは
弱みを見せて頼れる間柄でもなかったし
(そういう関係性は築けなかった)、
コミュニケーション量も多くはなかったし、
質もあまり良くはなかった。

渡米前に病気を告白して
病院に親と行ったこともあるけれど、
治療にかかるお金に衝撃を受けていた親を見て
申し訳なさが強くなって
(というか負担がかかる自分でいるのが怖いし、嫌だった)
勝手に私が

「自分で頑張るから。
なんとかするから大丈夫、
治療はいらない」

と言ってしまった。 

そういった理由に加えて、
進学してほしいという親の強い気持ちに、
自分の心身を大切にしたいという気持ちは勝てなくて、
お互いがお互いを傷つけてしまうような親子関係になっていた。

これは、自分が悪かったとか、
家族が悪かったとか、
そういうことを言いたいわけじゃない。

ただ、私は生まれた家庭内で
居場所をうまく作れなかったから、
こういう結果になったのは、
今はすごく理解ができる。 

誰のせいでもなかった。 

互いにあったはずの純粋な愛や思いやりに、
いつの間にかエゴと執着という名のモヤがまとわりついて
それ本来の綺麗な姿形が見えなくなったままに
接していた私たちは
素直な思いを打ち明けることが
とてつもなく下手くそだった。 

家族以外の人には「由貴は素直だね」なんて言われることが多いけど、
家族には「どうしてそんなに素直じゃないの」といつも怒られる。

たしかに
私自身は家で自分の居場所を作る努力をしてこなかったし
家庭内で絶対的権力を持つ女流家族は
みんな、きっと安全基地がないまま大人になってしまったから
そういう場を作れない親であったのも仕方ないと思う。

心理的安全を感じられない場所で素直になれるはずもなく、
ここを居場所にするなんて無理だと勝手に悟っていたから、
家族の誰かに頼ろうと思えなければ
家族の誰もが守ってくれないのは、
必然的な結果だったのだろう。

20年の人生の結果として、
当然といえば当然だったんだ。

私は、小さい頃から
自分だけの家族が欲しいあまりに
結婚願望が強かったけど、
それは「誰かに選ばれて早くここから出たい」という
他人任せの甘えであったことに気づいて、
自分の居場所は自分で作るしかないことを
この時以降、ようやく意識するようになった。

でも、帰ってきてからも、
アメリカに行く前や
アメリカにいた時より
決してすぐに楽になったわけではなかった。

だから、そう簡単には行動できなかったし、
楽になるため、を
勘違いして動いて失敗したこともたくさんある。

居場所が欲しくて
間違った行動をとって、
たくさん空回りして、
何しても良くならない気がして、
何度も自分の死が思い浮かばれた。

きっとそういう人たくさんいるんじゃないかって思うけど、
生きているなんて、
全然当たり前じゃなかった。

親と、日常のことや悩みを打ち明けられている
友人の話を聞いては
怒りや悲しみや憎しみが湧いてきてしまう。

気持ちも行動も汚い私に
生きてる価値など与えられなくて、
醜い自分を殺したくてたまらない、
そんなことは日常茶飯事だった。

だけど、それでも、
どうしても生を諦めたくなかった。 

どんなに目の前が真っ暗になっても、
すごく遠いところで、
私の輝かしい未来が見えている気がした。

その思い込みから一度も目を逸らさなかったし、
希望を捨てなかった。 

どんなに死を希望する私が強くなっても、
私が闘いに勝つためには生きるしかなくて、
だから生きることさえやめないように、
絶対に生き抜いてやろうって思っていた。


心も体も重くなって
自分自身を抱えきれなくなって
たくさん道を踏み外したけど、
生きていれば、
必ず私は自分のために光を見出してくれるって
信じる気持ちまでもが死んだことはなかった。

私だから気づける視点はあるはずで、
私だからこそ発揮できる強みだって必ずあると
どこかで強く静かに確信していたから。

だから今の私がいる。
これを書いている私がいる。

何もやらないで孤独や生の疲労を味わうよりは、
何か行動してみた先にある孤独や疲労を選んでいたいと思うから、
できる範囲で、
自分の好きなものをちゃんと愛す勇気を持ちたいし、
自分を信じて何かをしてあげたい。

人と関わることがこんなに好きな私だから、
居場所が欲しいなら、
当たって砕ける気持ちでやってみるしかない。

そういう行動を続けている中で、
コルクラボに興味を持った。

幸い、
私の気持ちを
温かく受け迎えてくれる人が
コルクラボにはたくさんいた。

出会ったばかりの私と、
ずっと前から知り合ってたみたいに、
長い旅の末に久しぶりに会えたかのように、
心から仲良くしてくれる人がいた。 

歩み続けた先に、
待っていた人たちと
やっと出会えたんだ。

幸せだと思う。

サディのnoteにあった言葉で

学ぶ場だからといって学校のようなところをイメージすると期待外れになるだろう。自分から学ぼうとする人にしか、学びはやってこない。受け身で情報を聞いていても、それが役立つ情報へと変換されることはない。行動とともに、理解していき、やっと情報は価値は持つ。コルクラボは、思考、行動するためのきっかけとなる刺激、一緒に学ぶ仲間がいる。そういう場の提供だ。それを活用できるかどうかは、自分次第だ。

というのがあって、
それを信じてまだ1ヶ月半だけど、
これは私にとって真実だろうとすでに感じる。

「おはよう」とか
「おやすみ」とか
「さみしい」とか
「かなしい」とか
「うれしい」とか
「たのしい」とか
そんな一言でさえ
誰かが見てくれると信じ
誰かに向けてつぶやくことさえ行動なんだ。

何もしなければ何も起こらないけど、
何かすれば、小さくても何かが生まれる。

上下関係とかない場所だけど、
小さな勇気を出しやすい場を
作り上げてきてくれたラボの先輩たちには
心から感謝したい。
本当にありがとうございます。

そして、小さな勇気を
大きく汲み取ってくれる仲間が
好きでたまらない。

私も、私を信じてくれている私のために
生きやすい環境を作ったり
自分らしさを取り戻すことを諦めずにやる。

絶対できるはずだし、やらなければならない。 

人と関わり合いながら
自分が居場所を作るしかない。

最近になってやっと、
その感覚を掴み始めている気がしていた。


そんな時の、表彰だった。

間違ってなかったと肯定された気持ちになり、
よくやったと褒められた気持ちになり、
1ヶ月頑張ってみたことが認められた気持ちになった。 

その。の表彰によって
張り詰めていた糸が優しく解され、
涙腺が決壊した。

「もう、いい加減自分を認めてあげて」
と愚直に願い続けてくれる自分の声を
この時ばかりは素直に聞ける私がいた。

そう思ってみてもいいのかもしれない、
と何度も泣きながら思った。

へんなプライドのない正当な自信や
愛や希望を
改めて持てる日になったんだ。


表彰されて、私の名前がその。に呼ばれた時、
最近の自分の行動が
自分のためになっていたことを深く実感して、
生きててよかったと、
私を生かしてよかったと心から思えた。 


私は昔から
死がいつも身近にあったから、
その分すぐ「生きててよかった」って思えるんだけど、
鬱や摂食障害になってから、
死が近づく苦しみも生の喜びも
良くも悪くももっと鮮やかに感じやすくなった。

悦びの瞬間を増やすことが
私の人生の命題であるから、
表彰の瞬間から湧き出た
その思いに触れられたことが
私は嬉しくて嬉しくてたまらなかった。

今も闘いは継続中だから、
病気を手放しに肯定することは正直まだ難しいけど、
確実に彩りも増やしてくれる私の病気。

だから、この時ばかりは、
ありがとうって言うよ。

私の人生を豊かにするきっかけとして
私の前に現れてくれてありがとう。 

たとえ病気から解放されたって、
新たな闘いがあるだろうことも、
ひょっとすると病気以上の苦難が未来に
待っているかもしれないこともわかっている。

それでも、
涙の後には笑いがあるはずだって
信じて信じて一歩ずつ生きていくんだ。 

そしてその先に、
誰かの居場所を作れる
私になれているといい。

定例会の後に、
同期と幸せな時間を過ごしたことで、
誰かの居場所を作ることを
もっと意識することにもなった。 

これまでの旅路を話してくれた友人たちに、
「出会ってくれてありがとう」って
本当に思ったんだよ。

私に居場所を提供してくれたみんなが
尊くて仕方なかった。

たくさんのものを抱えて、
何かに挑戦したくて、
変わりたくて、
安全を確保したくて、
ここにきているみんなと出会えてよかった。


半径5メートルで
ハグが多発する世界を作る夢が
ちょっとずつ叶えられている気がして、
ああやっぱり、
生きていてよかったとそう思うんだ。




昨日いろんな人とハグできたり、
突然の飛び込みだったし他班なのに
MTG参加させてくれたA班のみんなと話せて、
私は本当に嬉しいです。

これを書けたのは、昨日会った多くの人のおかげだし、
たくさんの人の顔が思い浮かばれるけど、
特に、夜遅くまで話して、
私を受け止め肯定してくれた泰那ちゃんに、
この場を借りて、ありがとうと伝えさせてください!

たくさん話して、
ぐっすり寝て、
爽やかな冬の朝の風に2人で触れた時、
私はなんて幸せなんだろうと思った。

みんなみんな、本当にありがとう。

部屋を飾ろう、
コーヒーを飲もう。

そうやって、当たり前の日常と
大切にするエッセンスを
みんなから学んでいこう。

悲しみの果ては
素晴らしい日々を送っていこう。

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コメント (2)
ゆきき次はお泊まりセット持ってきてね♡
ゆききさんの特に凄くて魅力的な所は、御自身の気持ちや思考をちゃんと信じてる所だな…って僕に響きます。理解されなかったり辛い事が有っても「いつかは」って想いを捨てないで岩を穿とうと姿勢を維持したから、それが通る。
そう信じるしかないと論理で考えても、実現までそれを維持する気持ちは、ゆききさんだからちゃんと続いてるって感じます。
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