「怪異捜査官」第3話

「えっ……」

 葛城の目が僅かに見開く。
 それと同時に課長室の空気が張り詰めたものとなった。ぴりぴりとした殺意が肌を突く。
 臨戦態勢となった葛城に、銀条は苦笑混じりに弁明した。

「はっはっは、驚かせてすまないね。怪異なのに違いはないが、国より認可された者ばかりだ。現に吸血鬼の私だって、課長を任されている」

「そうなんですか」

 怪異たちにも様々な事情がある。
 その中には人間に協力的な者や、怪異同士で不仲な者、さらには単なる道楽として怪異を殺し回る者もいた。
 口元から牙を覗かせながら、銀条は説明を続ける。

「怪異事件対策課は、超法規的な組織だ。任務遂行のためならば、多少の殺人行為すらも許容される。先ほどの話に戻るが、黄昏市の被害規模が小さいのは、怪異である捜査官が人間より遙かに優秀だからだよ」

「怪異を取り締まるために怪異を使うとは。皮肉な話ですね」

 それを聞いた葛城は、吐き捨てるように言った。目の前の人物も怪異であることを忘れているのか。
 彼女の意見に嫌な顔も見せず、銀条は宥めるように呟く。

「世界とはそういうものだ。ただ、君がここへの配属を断るのも一つの選択肢だろう。今ならまだ間に合う。その場合は私から上に話を通しておくが……」

「全く問題ありません。人間の捜査官として、精一杯頑張らせていただきます」

 葛城は即答した。そこに欠片の躊躇もない。気遣いなど不必要だったらしい。
 銀条は意外そうに感嘆し、彼女をじっと見る。

「ほう、ここまで話をすると、大抵は怖じ気付いて辞退するのだけどね」

「私はただ任務を全うするだけです」

「そうかそうか! これはまた素晴らしい新人が来てくれたな! 課長として、改めて君を歓迎するよ」

 面白そうに手を叩く銀条は、棚から一枚の書類を取り出した。テーブルの上に置いて葛城に渡す。そこにはとある捜査官のプロフィールが記載されていた。

「これは何でしょうか」

「君のパートナーさ。戦闘担当の捜査官は二人一組が原則だ。今後はその書類の男と行動を共にして欲しい」

 葛城は無言で頷きつつも、怪訝そうに書類を眺める。
 自身のパートナーとなる人物のプロフィール。
 そこには何とも奇怪な情報が綴られていた。

「これは……」

 書類を凝視する葛城は、眉間に皺を寄せる。
 彼女がそのような反応になるのも無理はない。
 プロフィールの記述はほとんどが空白の上、記入済みの欄も妙なものばかりだったのだ。
 捜査官の個人情報にしては、あまりにも曖昧すぎる。

 葛城は書類の顔写真に目を移した。
 白衣を着た男が朗らかに微笑んでいる。氏名の欄には「世崎司」の文字。
 この男がパートナーとなる捜査官らしい。ごく普通の人間だ。少なくとも、この怪異事件対策課に属する人間には見えなかった。
 不可解な書類を手にしたまま、葛城は暫し悩む。
 彼女が疑問を口にする前に、銀条が説明を始めた。

「世崎は色々と特殊な奴でな。本人曰く、自分は医者だそうだ」

 葛城は書類の職業欄を見る。
 そこには「怪異捜査官・医者(自称)」と記載されていた。証明写真が白衣姿なのは職業主張の表れか。

「これが医者ですか」

 葛城の懐疑心はさらに深まる。なんだか嫌な予感がするのは、彼女の気のせいではないだろう。
 無記入の生年月日、住所、免許・資格、学歴・職歴と続き、次に目を引いたのは備考欄であった。
 というより他の項目がいい加減すぎて、これくらいしか見る箇所がない。
 葛城は備考欄の一行目を読む。

「不死身の殺人鬼……」

 書類にはそう書いてあった。誤植ではあるまい。
 唇を固く結んだまま、葛城はその下に続く文面を睨む。
 曰く、三度の死刑執行を受けても平然としていたらしい。本人に聴取すると、「珍しい体験ができて良かった」と感謝されたそうだ。
 他にも信じ難い内容がいくつも綴られている。
 黙り込む葛城に、銀条は優しく話しかけた。

「吸血鬼の私から見ても、世崎の不死性は異常なんだ。並外れた怪力も相まって始末に負えない奴さ」

 怪異の中には生命力や再生力に秀でた存在がいる。
 強靱な肉体を有する吸血鬼などはその代表例だ。彼らは高位アンデッドの一角として、治安当局からも恐れられていた。
 しかし、そんな者ですら世崎には敵わないのだという。
 面倒な役を押し付けられてしまったと、葛城は内心で毒づいた。
 それを知ってか知らずか、銀条は言葉を重ねる。

「まあ、実際に会って確かめた方が早いだろう。所在地を伝えるから、今から挨拶に行ってくれないか」

「分かりました」

 まだまだ聞きたいことはあったが、上司の命令となれば仕方ない。
 必要なメモだけを取り、葛城は課長室を後にした。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?