「全知全能の力をもらったのでスローライフを満喫することにしました」第1話

【あらすじ】
アラサー男の菊池は、いい加減な神から様々な道具や設備をクラフトする能力を授かる。
特に使命や目的を与えられなかったため、菊池はのんびりと平穏に過ごすことにする。
しかし彼の方針とは裏腹に、チート能力が原因で様々な事態に巻き込まれていく。

【第1話】
 俺の名前は菊池(きくち)恭祐(きょうすけ)。
 製薬関係の会社に勤務する、しがないアラサー営業職だ。

 独身で彼女はなし。
 郊外の安いマンションで一人暮らしをしている。

 これといった趣味はなく、休日にするのは昼寝かネットサーフィンのみ。
 仕事にやりがいを感じたことなど皆無で、ほとんど惰性で働いているようなものである。
 我ながら悲しい生活だね。

 さて、そんな俺がどうして自己紹介をしているかというと、ただいま絶賛パニック中だからだ。
 心を落ち着けるために、己を振り返ってみた。
 ちなみに効果はあまりない。

「一体ここはどこだ……?」

 辺りをぐるりと見渡す。
 白い謎空間が果てしなく続いていた。

 無論、こんな奇妙な場所に心当たりなどない。
 目が覚めたらここにいたのだ。
 まったくもって意味不明である。

 畜生、混乱しすぎて会社に行きたくなってきた。
 こんな経験は初めてだ。

 俺の脳がショート寸前の最中、背後から愉快そうな声がした。

「やっほーい。なんだか大変そうだけど大丈夫かい?」

「えっ」

 さっき見た時は誰もいなかったはずなのに。
 急に声をかけられた俺は驚き、尻餅を突いたまま振り返る。

 そこにいたのは――粗いドット絵で構成された平面っぽい何かだった。

「違うじゃんっ! 普通、ここで登場するのは白いローブを着た爺さんの神か、めっちゃ美人の女神様じゃん!」

「そういう先入観は良くないよー。ネット小説の読みすぎじゃない? それに、この見た目だって一応は女の子だし」

 眼前のドット絵は、ピコピコと懐かしい電子音を鳴らしながら反論する。

 まあ確かに、その姿は金髪の女性に見えなくもない。
 古き良きレトロゲームならば、お姫様として使われそうなデザインだ。

「でも、さすがにドット絵はないでしょ。現実世界を平面のゲームキャラが動いているのって、想像以上に不気味だし」

「これでも君に配慮した結果なのさー。私みたいな神様を人間が直視すると、結構な確率で気が狂ってしまうんだよねー。だから解像度を下げて、精神的ショックを軽減してるというか」

「解像度を下げるとぺらぺらのドット絵になるんだ。というか、別の意味でショックを受けたわ」

 俺は冷静にツッコミを入れる。

 異常事態が重なりすぎて、逆に心が落ち着いてきた。
 ついでにドット絵が神様であることも受け入れておく。

 しかし、そのおかげで状況は把握できた。

 これはネット小説で見た異世界転生のパターンだ。
 謎の白い空間で神様と対話した後、チートを貰って地球とは別の世界へ降り立つのである。

 よっしゃ! やむを得ない理由で仕事を辞められる!

 俺が密かにテンションを上げていると、ドット絵の神様が揺れ動いた。

「いやー、最近の流行りってさすがだよねー。説明が省けてすごく楽ちん。お察しの通り、君には剣と魔法のファンタジーな異世界へ行ってもらう」

「それはそれは喜んで……って、もしかすると勇者とか魔王になって、何かしらの使命を果たさないといけない感じですかね……?」

 しまった、そのパターンだと非常に面倒くさい。

 どうして異世界に赴いてまで責務を負わねばならないのか。
 俺はただ、好き勝手に怠惰を貪る生活がしたいのだ。

 地位や名誉なんて欠片もいらない。
 手に汗握るような冒険や命を懸けた戦いは、もっと好奇心旺盛な人に譲ってほしい。

 もしそのパターンならきっぱり断ろう。

 そう決心した俺の傍ら、神様はケタケタと笑った。

「あははっ、警戒しすぎだよー。大丈夫大丈夫、君には何も求めないよ。異世界に行った後は、自由に過ごしてくれればいいさ」

「おぉ、マジですか!」

「大マジだよー」

 神様曰く、ちょっとしたノルマの解消のために俺を異世界へ送りたいらしい。
 本来なら俺が予想したみたいに何かしらの目的を課せられたりもするそうだが、今はそういうヘルプが必要な世界がないのだという。

 まあ、この辺りの事情は俺にはよく分からない。
 正直そんなに興味はないし、異世界で好きに暮らしていいことは判明したので十分だろう。

「ちなみに俺が選ばれた理由とかあるんですか?」

「なんか、ダーツ的なアレで無作為に決めたら君になってさ」

「ダース的なアレって何だよ。ダーツ的なアレって」

 薄々気付いていたものの、やはり俺が選ばれたことに深い意味はないようだ。

 そりゃ平々凡々なサラリーマンに目を付けるなんて、よほどの物好きくらいしかいまい。
 ランダムな選出だったからこそ、この機会を引き当てられたのだ。

 日頃から仕事を頑張ってきて良かった。
 これまでの苦労は、このためにあったのかもしれない。

 俺がガッツポーズをしていると、神様が足踏みしながら平行移動で近付いてくる。
 挙動までレトロゲームを彷彿とさせるのか。

「喜んでいるところ悪いんだけども、尺の都合でそろそろ君を異世界に飛ばさないといけないんだ」

「尺という概念があるんですか」

「とりあえず世界改変の権限を制約付きで渡しておくね。所謂チート能力ってやつさ。あとサポート係も同行させるから。詳しくはその子に聞いてね」

 なんかサラッとすごい特典を貰った気がする。
 この神様は友好的かつ太っ腹な性格らしい。

 まあ、俺みたいな一般人が異世界で生きるなら、チート能力くらいないとね。
 素の状態で放り出されたら、三日と持たずに死ぬ自信がある。

「それじゃ、説明は以上かなぁ。いきなりで大変かもしれないけど、陰ながら応援してるよ佐藤君……あれ、山田君? いや、鈴木君だっけ?」

「神様、俺の名前は菊池――」

 言い終える前に、俺の視界はブラックアウトした。

 ◆

 涼やかな風が頬を撫でる。
 意識を取り戻した俺は、さっそく立ち上がった。

「ふむ、ここが異世界か……」

 周囲は鬱蒼とした木々に覆われていた。
 どうやらここは森の中らしい。

 その手の知識さえあれば、ちょっとしたキャンプができそうだ。
 生憎とインドア派の俺には厳しい話だが。

「ったく、どうせなら町からのスタートが良かったなぁ」

 いきなり遭難とはさすがに笑えない。
 これでは快適な暮らし以前の問題である。

 ちなみに現在の俺の恰好は、白シャツにスラックスと革靴だ。
 見事にクールビズ時の出勤みたいになっている。
 割と本気で勘弁してほしい。

 俺が早くも途方に暮れていると、近くの茂みがガサガサと音を立てた。

 まさか、野生動物か!

 丸腰で狼やら猪やら熊に襲われればイチコロだ。
 武器を持っていたとしてもイチコロだろう。
 現代っ子の俺に抗う術などない。

 俺はビビりながらも身構えた。
 いつでも逃げられるように心の準備はしておく。

 数秒後、茂みから大きな影が飛び出した。

「がおー」

「うおっ!?」

「じゃじゃーん! ちょっとサプライズっぽい演出をしてみましたけど、どうでした? 楽しんでもらえました?」

 現れたのは、茶髪ボブカットの女だった。
 驚いて硬直する俺に、ぐいぐいと詰め寄ってくる。
 ちょっとウザいテンションだ。

 女の年齢は二十歳くらいか。
 服装はなぜか小豆色のジャージで、靴は上履きである。
 ファンタジーというより学生感がすごい。

 ちなみに顔は可愛い。
 やや小柄な身長でスタイルも良さそうだ。

 ただ、ファーストコンタクトが最悪だったせいで、あまり好感は抱けそうにない。
 この状況で驚かしちゃ駄目だよ。
 俺の心臓が死んでしまう。

「で、君は誰なのさ」

「私ですか! 私は菊池さんのサポート係に任命されましたナビと申します!」

 そういえば神様がサポート係が云々と言ってた気がする。
 果たしてこの子で大丈夫だろうか。
 既に不安しかない。

 そんな気持ちが顔に出ていたらしく、ナビは頬を膨らませて俺を見る。

「むむっ、さては私を信頼していませんね?」

「否定はできないかな」

「なんと。菊池さんは私の有能さに気付いていないんですねぇ」

 ナビは口元に手を当ててニヨニヨと笑う。
 こういうところに不信感を覚えているのだが、それを指摘していいのやら。

 とりあえず話を進めたかったので、俺は彼女のペースに乗ってやる。

「じゃあサポート係として、どんなことができるんだい?」

「そうですねぇ、まずはこの世界の知識をインプットしているので解説役になれますっ」

 ドドン! と効果音の出そうな雰囲気で宣言するナビ。
 この上なく得意気な顔をしている。

 解説役はシンプルに心強いね。
 俺はこの世界について何も知らない。
 色々と教えてもらえるのは普通にありがたい。

 俺がパチパチと拍手すると、さらに調子づいたナビはアピールを続ける。

「さらに! 菊池さんのチート能力の使い方も説明できます!」

「ほう、そりゃすごい」

「しかも! このナイスなビジュアルで癒しも提供できちゃいます!」

「あぁ……うん」

「なんでそこだけ冷めるんですかっ」

 ナビがぷりぷりと怒りだす。

 だって、そんな風に自信満々に言われても困るよ。
 ここで変に食い付くのも気持ち悪いだろうし。

 正直、異性として考えた場合、ナビの性格は微妙に苦手だ。
 気の許せる友人とするならまだ良さげだけどね。

「ごめんごめん、異世界に来たばかりで癒してもらう余裕がないんだ。とりあえずチートの使い方を教えてもらえるかな」

 俺は頭を下げて謝りながら頼む。

 ナビとのやり取りで忘れそうになるが、ここは未開の森の中だ。
 さっさと対策を打たねば、落ち着くことすらままならない。

 こちらの真剣さが伝わったのか、ナビは機嫌を直して頷いた。

「もちろんです。それが私の役目ですからね! ではまず、額に意識を集中させてください!」

「了解」

 言われた通りにしてみると、視界に半透明のウィンドウが表示された。
 いくつもの項目が分かれて並んでいる。
 なんだかゲームのメニュー画面みたいだ。

「次に、クラフトという欄を選択してください。念じてもいいですし、指でタップしても反応しますよー」

「ほほう」

 確かにメニューの項目の中に”クラフト”の文字があった。
 俺はそこを押すようなイメージをしてみる。

 すぐにウィンドウが切り替わり、何かの一覧のようなものが表示された。
 ただし、今は何も記載されていない。

「菊池さんのチート能力をざっくり説明しますと、造物主の権能です。対応するレシピと材料を揃えれば、何でも一瞬で作れちゃいます。能力を使う際は、このクラフト画面でレシピを選択してくださいね」

「でも、この一覧にはレシピなんて載ってないぞ。真っ白だ」

「その通り! というわけで、次はレシピの入手方法についての説明です。さっきのメニュー画面に戻って、今度は実績という欄に進んでください」

 同じ要領で操作して、実績とやらの画面を開いてみた。
 さっきのクラフト画面とは対照的に、何やらずらっと文章が並んでいる。

 『領域内の住民を三人以上にする』とか『ゴブリンを五匹倒す』とか、そんな感じの内容だ。

 ふむ、よく分からん。
 早々に思考を放棄した俺は、ナビに説明を求める。

「実績とは、菊池さんに課せられた小目的みたいなものですねー。別に強制だったり義務とかではないですが、クリアしていくと新しいレシピや能力が取得できます」

「つまりチートを発揮するためには、実績解除でレシピを集めて、クラフトを活用することになるのか」

「ご名答ですー! 今後、クリア条件の難しい実績もどんどん出てきますので、ちょっとしたゲームとして楽しめると思いますよ」

 そう言ってナビは、ふんすと胸を張る。

 正直、ちょっと面倒な仕様だなぁとは思うが、こればかりは仕方あるまい。

 俺が目指すのは悠々自適なスローライフ。
 理想を実現するためにも、今は踏ん張らなければ。

 俺が自堕落な生活への決意を強めていると、ナビが唐突に声を上げた。

「あっ、そういえば初期アイテムをお渡しするのを忘れてました! いやぁ、これがないと始まらないんですよねー」

 懐からナビが取り出したのは、緑色の小さな旗だった。
 しかも、安っぽさが全開の粗末な旗である。

 俺は拍子抜けと同時にガッカリした。
 初期アイテムというワードに抱いた期待を返してほしい。

 そもそも旗というチョイスが意味不明だ。
 仮に上等なものだったとしても、持て余すのは目に見えている。

 少なくとも、異世界の森で役立つ代物ではあるまい。

 こちらの不満を気にもせず、ナビは説明を始めた。

「これはランドフラッグと言って、設置した箇所を中心に支配領域を生成してくれます」

「支配領域?」

 俺がオウム返しに問うと、ナビは身ぶり手ぶりを交えて答えてくれた。

「支配領域とは、菊池さんだけの絶対的な安全地帯です。領域内の設定を弄って、快適な空間を作ることができますよ。詳細はざっくりと省きますが、すごく便利な能力です」

「それは素晴らしいな」

 安全地帯。快適な空間。
 なんて素敵な響きだ。
 喉から手が出るほど欲しいものである。

 そんな安全地帯をこの旗の効果で造れるのか。
 前言撤回、こいつは最高の初期アイテムだ。

 プラスチック製の旗を握って喜びつつ、俺はふとナビを見やる。

 このジャージ娘はやや鬱陶しいテンションだが、サポート係としては信頼できそうだ。
 説明は的確で分かりやすく、おかげで当面の方針も決まりつつあった。

 彼女がいなかったら、何もできずに困り果てていただろう。
 本当にありがたい話である。

 俺の視線から考えを悟ったのか、ナビは会心のドヤ顔を披露した。

「むふふ、どうやら私の有能ぶりに気付いてしまったようですね……!」

「色々説明してもらってるからなぁ。感謝してるよ」

「なっ、ななな! 素直に肯定されたら照れちゃうじゃないですかっ」

 自分から振ってきたくせに、どうして頬を赤らめるのか。
 なんともよく分からないヤツだ。

 髪をくしゃくしゃと掻くナビの姿に、俺は呆れて肩をすくめる。

 その時、背後で凄まじい音が鳴って地面が揺れた。
 同時に発生した風圧によって、俺は大きくよろめいて倒れる。

「いきなり何なんだ!?」

 まるで近くに隕石でも落下したかのような衝撃だ。
 慌てる俺は、這いつくばった状態で後ろを確認する。
 そして硬直した。

 木々を薙ぎ倒して鎮座する朱い巨体。
 陽光を受けて輝く表面は、無数の鱗に覆われている。

 そのフォルムを一言で説明するなら、翼の生えたトカゲだろう。
 長い尻尾が地面を叩き、牙の生え揃った口からは恐ろしい唸り声が漏れる。

 爬虫類を彷彿とさせる縦長の瞳はエメラルド色で、獰猛な殺気を湛えて俺の睨んでいる。

 ――スローライフ一日目、凶暴そうなドラゴンと出会いました。

【第2話】
「全知全能の力をもらったのでスローライフを満喫することにしました」第2話|結城からく (note.com)

【第3話】
「全知全能の力をもらったのでスローライフを満喫することにしました」第3話|結城からく (note.com)

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?