「不運な勇者はガチャ課金厨 ~金はないけど十連回す~」第3話

 ゴブリンとの戦闘を終えた俺は、すぐに町のギルドへと帰還した。
 依頼品だったタンポポモドキを受付に渡し、報酬の四千ゴールドを受け取る。

 とりあえず、これで今夜の宿代は確保できた。
 報酬全額をガチャに使いたいところだが、さすがに我慢する。

 そろそろベッドで寝たいからね。
 野宿にも限界がある。

 しかし。
 今の俺には、それよりも重大な問題が立ち塞がっていた。

 活気溢れる夜のメインストリート。
 宿屋を探す俺の隣から、元気な声が飛んでくる。

「あの! 今からどこかへ行かれるんですか! よかったら一緒にお食事でもどうですかっ!」

「…………」

 俺は無言で声の主を見る。

 金髪ショートヘアの少女が、嬉しそうに隣を歩いていた。
 少女はしきりに話しかけてくる。

「あっ、そこの露店の串焼きは絶品ですよ! 昨日食べたんです!」

「そうなんだー、すごいねー」

「向こうの通りのフルーツジュースは、とっても濃厚で美味しいです! しかも、今ならお菓子も付いてくるんです」

「ふーん、さすがだねー」

 適当に相槌を打ちながら、俺は密かにため息を吐く。

 この少女は、森でゴブリンから助けた子だ。
 どういうわけか懐かれたらしく、ずっと俺に付いてきている。

 ただ、若い娘のハイテンションは、アラサー男にはなかなかキツい。
 さっきから着々と心が疲弊している気がするよ。
 できれば早く別れたい。

(仕方ない、一旦どこかで話をするか……)

 このままでは、落ち着いて宿を探すことすらままならない。
 会話をしたがる少女を満足させて、自然な流れで別れるのが一番だろう。

 そう結論付けた俺は、少女を誘って近くの飯屋に入る。

 店内はほどほどに混んでいた。
 客は冒険者っぽい恰好の者が多い。

 ここは大衆的な居酒屋のようだ。
 夜更けだというのに繁盛しているらしい。

 俺はテーブルに座り、通りかかった店員にいくつか食事を注文する。
 異世界のメニューなんてよく分からないのでフィーリングだ。
 食えないものが出てきたら、少女にお裾分けすればいい。

「ふふっ、素敵なお店ですねー」

 上機嫌な少女は俺の対面に腰かけた。
 そわそわと辺りを見回しながら、料理が来ないかと窺っている。

 まだ注文したばかりだよ。
 どれだけ食い意地が張っているのだか。

 少し呆れつつ、俺は話を切り出した。

「えっと、今更なんだけどお互いの自己紹介でもしようか。名前も知らないままだと不便だからさ」

 俺の言葉を聞いた少女は、目を丸くして頭を下げる。

「ハッ……! す、すみません! 舞い上がりすぎて忘れていましたっ」

「なんとなく分かってたから大丈夫だよ」

 明らかに有頂天な感じだったもんね。
 遊園地に連れて行ってもらった子供でも、あのテンションを維持するのは困難だろう。

 その後、多少冷静になった少女は自己紹介をしてくれた。

 彼女の名前はアリス。
 今年で二十一歳になるそうだ。

 五日前に故郷の村を飛び出して、この町で冒険者登録をしたらしい。
 前々から冒険者という職業に憧れていたのだとか。
 そうして意気揚々とゴブリン討伐の依頼を受けた結果、複数体に遭遇して窮地に陥ったのだという。

 チャレンジ精神は評価したいけど、いくらなんでも無謀すぎるんじゃないかな。
 俺が助けなければどうなっていたことか。

 アリスの蛮勇ぶりに驚きつつ、俺は疑問を投げる。

「君はどうして冒険者になりたいの? 村で暮らす方がずっと安全なのに」

「冒険者って、夢があるじゃないですか! 強大な魔物に立ち向かって人々を救ったり、まだ見ぬ秘境を探索したりするんですよ! ワクワクが止まりませんっ」

 椅子から立ち上がり、大声で力説するアリス。

 冒険者に対する熱意がすごい。
 日々の生活費とガチャ代が目当ての俺とは大違いである。

 もう、この娘が勇者でいいんじゃないだろうか。
 今はゴブリンにも苦戦する新米だが、努力次第でどんどん強くなると思う。

「ヒュー、嬢ちゃんいいぞー!」

「そうだそうだ! 夢あってこその冒険者だもんなっ!」

「おーい、あの娘に一杯奢らせてくれよ!」

 アリスの言葉に乗せられたのか、周りの冒険者も盛り上がってきた。

 祭りじゃないんだから、そんなに騒がないでほしい。
 店員が持ってきたステーキと酒を受け取りつつ、俺は淡々と食事を始める。

「ふむ、これはなかなか美味い……か?」

 ステーキを一口食べた俺は、微妙な顔で首を傾げた。

 噛み応えのある肉からじゅわりと肉汁が溢れ、豪快な旨みが口内に広がる。
 ねっとりと絡んだソースも良い。
 香辛料のピリッとした刺激もアクセントになっている。

 決してマズくはない。
 だが、なんとなく物足りない気がした。
 日本の豊かな食事を知っているせいだろうか。

 木のグラス入りの酒も同じような感じだ。
 飲めないわけではないけど、美味いと断言するには至らない。

 一人で黙々と夕食の批評をしていると、ようやく落ち着いたアリスから話しかけられる。

「そういえば、お兄さんのことをまだ聞いてませんでしたね!」

「ん? 俺の名前は平井で、君と同じ新米冒険者さ」

 勇者であることは伏せておく。
 これ以上、面倒な展開になるのは遠慮したいからね。

「ヒライさんですね。改めまして、今日は助けてくださり本当にありがとうございました!」

「いやいや、気にしないでいいよ。困った時はお互い様だから」

 俺にとってもあの戦闘は良い経験になった。
 アリスが標的だったからこそ圧倒できたので、むしろ感謝しないといけないね。

 その後は、二人で和やかに食事を進める。
 途中で周りの冒険者が料理やら酒を奢ってくれたので、やたらと豪華なラインナップになった。

 アリスの純粋な人柄をいたく気に入ったらしい。
 既にアイドルっぽい扱いを受けている。

 そうして食事が終わりに近い頃だろうか。

 少し緊張した面持ちのアリスが唐突に切り出す。

「あの、ヒライさんにちょっとご相談があるのですが……」

「何かな」

 俺はグラスを傾けつつ考える。

 このタイミングで相談とは。
 深刻な内容だったらどうしよう。
 異世界の若者の悩みを解決できる自信はないのだが。

 暫しの沈黙を経て、アリスは顔を赤くして叫ぶ。

「今夜、ヒライさんの泊まるお部屋にご一緒させてくださいっ!」

 俺は飲んでいた酒を盛大に噴き出した。

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