「全知全能の力をもらったのでスローライフを満喫することにしました」第3話

 気が付くと日は落ちて夜になっていた。
 辺り一面が闇に包まれている。
 月光が唯一の光源だ。

 ドラゴンが去った安心のあまり、そのまま眠ってしまったらしい。
 我ながら呑気なものである。

 俺は伸びをしながら、ゆっくりと身体を起こした。
 地べたで寝たせいで身体が痛い。

「あ、おはようございますー。菊池さんったら、スヤスヤと気持ちよさそうに熟睡されてましたよー」

「おはよう。きっと日本での仕事疲れが残ってたのさ」

 ナビは隣で胡坐を掻いていた。

 豪快な寝癖と口元のヨダレを見るに、寸前まで俺と同じように寝ていたのだろう。
 こいつはこいつで図太い神経を持っている。

 まあ、ドラゴン襲来で支配領域の安全性は証明されたからね。
 こんな森の中でもリラックスできるのはありがたい。

 眠気がなくなったところで、俺は脳内のメニュー画面を開く。

 ドラゴンが去る際、何やらアナウンスが聞こえたのだ。
 その確認をしなければならない。
 ついでにチート能力の使い方も学んでおこうと思う。

 まず始めに確かめたのは実績画面だ。
 解除済みの実績が別に表示されている。

 見れば【ドラゴンを撃退する】という実績が解除状態だった。

 あんな虚勢やらハッタリの策でも、撃退に成功したと判定されるらしい。
 なんとも優しい仕様である。

 次にクラフト画面だ。
 最初に見た時は何も表示されていなかったのに、今は結構な数のレシピが載っている。
 アナウンスで何度かレシピが開放されたと言っていたから、たぶんそのタイミングで追加されたのだろう。

「ふむ。木製や石製の道具が大半だな……おぉ、掘っ建て小屋も造れるのか」

 俺はそれらのラインナップに感心する。

 三つの実績を解除しただけで、意外にも様々なレシピが使用可能だった。
 材料さえ揃えば、相応の生活ができそうだ。

 最後にチェックするのは、メニュー画面に増えた”マップ”という項目である。

 実績解除と同時に取得した新しい能力らしい。
 色々と弄ってみた結果、携帯端末の地図アプリと同じようなものだということが分かった。
 検索機能等はまだないようだが、周辺の地形を一望できるので地味に便利だ。

 おかげで現在地が広大な森のど真ん中であることが判明した。

 もはや樹海ですよ、これは。
 異世界のスタート地点としてはあまりにもキツすぎる。

 一応、遠くには平原やら村っぽい場所もあるみたいだけれど、そこまで無事に辿り着ける気がしない。
 たぶん森を抜ける前にモンスターに食われるだろう。

 既にドラゴンに襲われちゃってるからね。
 もう何が出てきてもおかしくない。

 現状、ここからの移動は不可能と考えておくべきかな。

 一通りチェックできたところで、俺は腕を枕にして寝転がる。

 とりあえず朝になったら行動を開始しよう。
 それまでもう少し休む。

 ナビの優しげな視線を感じながら、俺はすぐに意識を手放した。

 ◆

 翌朝、俺は支配領域の開拓に着手した。

 ひとまずここを住みやすくしたい。
 安全な移動手段が確立するまで、俺は領域外に出るつもりはないからね。
 与えられたチート能力を駆使して自給自足の生活をしなければ。

 まずはクラフト機能で家を造ることにした。

 いくら安全地帯とはいえ、ずっと野宿するのは嫌だ。
 せめて雨風を防げるような建物がほしい。

 というわけで、レシピの中から手頃なものを探していく。

「ふむ、材料確保が難しいな……」

「掘っ立て小屋でも結構な量の木材は必要ですからねー」

 建物関係のレシピは何種類かあったが、ほとんどが今の俺には造れそうになかった。

 クラフト機能は材料とレシピが揃えば使用できる。
 しかし、この材料が曲者なのだ。
 その場にあるだけではなく、きちんと入手しなければいけないらしい。

 例えば丸太や石材を要求されても、そう簡単には集められない。
 領域内には丈夫そうな木がたくさん生えているものの、それを伐採する手段がないのである。
 石材も同様の理由で調達が難しい。

 見事に出鼻を挫かれた俺は、腕組みをしてどうしたものかと悩む。

 そこにナビがアドバイスをしてくれた。

「土の地下室でしたらすぐにクラフト可能ですよー」

「土の地下室?」

 オウム返しに首を傾げた俺は、レシピ一覧を斜め読みする。
 すると、確かに土の地下室というものがあった。

 その名の通り地面を掘って地下室を建設できるそうだ。
 しかも土地さえあれば材料は不要らしい。

 これなら簡単にクラフトできる。
 俺はさっそく土の地下室を造り始めた。

 とは言っても、手順は非常にシンプルである。
 一覧から土の地下室のレシピを選択して、場所の指定をするだけだ。

 すると小気味よい電子音が鳴り、次の瞬間には目の前の地面のぽっかりと穴が開いていた。
 ちょうど人が入れそうなサイズの穴だ。
 奥には下り階段が続いている。

「もう完成か。随分とあっさりとしているな」

「そりゃチート能力ですからねっ! さっそく入ってみましょうー」

 なぜかウキウキしているナビに背中を押され、地下室への階段を降りていく。

 地下室は意外にも広かった。
 だいたい十メートル四方くらいのスペースがある。

 天井や壁や床は土を押し固めて構築されているようだ。
 なかなか頑丈で、崩れそうな感じはない。

 殺風景な上に明かりがないので暗いが、屋外で野宿するよりはマシだろう。

「さて、とりあえず仮拠点は確保できたな」

「男女が一つ屋根の下だなんて……菊池さんったら破廉恥ですっ」

「この地下室、屋根がないけどね」

 自分の身体を抱くナビを華麗にスルーしつつ、俺はさっさと地上へ戻った。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?