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幸せについて考えてみると、「自分ひとり」だけの幸せってないんじゃない? って思った話。

 「なぜ生きているのか?」という問いがあるけれど、ぼく自身はあらためてそのようなことについて考えたことがなかったし、考える必要性があるようにも、思っていなかった。なんだかむつかしそうな問いだしね。

 今ぼくは幸せなのかそうでないのか、ハッキリとしない。その理由のひとつが今日読んでいた本のなかにあった、かんたんにいうと「自分のことのみを考えるだけでは幸せにはなれない」とのことだった。せんじ詰めてみると「自分の得や自利ばかり求めても、幸せにはなれないよ~」ということだった。

 なるほど、だった。

自分は恵まれているとは思う、ものはあるし、住みよい家もある、望んでいることはそう多くはないけれど、叶うこともあるし物質的な不足はときおり「もう少しお金があれば」と思うくらいだ。

 もう少し、内側をみると、そこには「自分オンリーの幸せを望む心(=エゴ)」があることに気づいた。今までは、誰か、家族のことさえも差し置いて「自分、自分」と幸せを求めてきた。

 それは自分が楽になれること、お金が入ること、注目を受けたり、認められたり評価されることを求めてきたのだ、とハッキリわかった。


 この note でも悲しいかな、そうだった...。

評価されたかったのだ、認められたかったのだ。読者様のためというより、もっと自分に注目を向けてほしい、ほめられたい、というところから現れた文章をつづっていたように思う。

 そうだった、ずっと、そうだったのだよ、

そこで、

「自分のことのみでは幸せになれない」

スー―ッと染みてきた言葉だった。

* * *

 前にも聞いていたけれど、今はより深く浸透するが如く、自分の一部になったように感じがする。

 幸せになりたいけれど、今あまり幸せでないという、ぼくに似た方がいらっしゃいましたら、その幸せは「自分のためだけ」になっていないか、チェックしてみられてください。

 自分自身の経験上、自分だけ幸せ、ということはあまりないようです。周りが幸せで、自分も幸せ、どちらか一方だけの幸せはこの世界にはないのかもしれない、と思いました。

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 今日もひとつの気づきをつづらせていただきました。何かの参考にしていただけると幸いです。またあすの note でお会いできるといいですね。

いってらっしゃい!^^


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