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ウチは手仕事ですが、デジタルデバイスを多用しています

ウチが、伝統工芸系の手仕事染屋のなかでは、デジタルデバイスを多用してお客様とやりとりし、プレゼンするので良く驚かれるのですが、現物を作る時にはどうやっても全部手作りなので、途中の思考実験的な部分はデジタルの方がむしろ冷静な判断が出来て良い部分があります・・・

・・・という理由で、iPadなどのお絵かきアプリや、画像ソフトを多用します。

ウチの文様染めの制作の流れはだいたいこんな感じです。

1)最初のアイデア出しのエスキースは手書き

2)次の段階ではiPadのお絵かきツールでその初期イメージを具体化する

3)(2)で方向性が決まったら、原寸の線描きの図案を描く

4)染物にする

だいたいこの流れです。

もちろん、全てこの進行という訳ではなく、iPadのお絵かきツールは無しで進むことも多いです。(特に、親方である私は)しかしお客さまへのプレゼンはデジタル系の画像でやります。「具体的になるが具体的になり過ぎない」からです。

1)の段階は、制作に関する初期段階の思考の流れや、制作の方向性をつかむためなので、デジタルデバイスで作業するよりも紙に鉛筆や色鉛筆でザックリ、スピーディにやることが多いです。思いつきのメモ書きに近いもので、スピードが必要です。降りて来たものを瞬時にキッカケだけでも定着する必要があります。

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(上写真・最初に描く走り描きのようなもの)

なので、後で自分で見直しても分からないものもあります。まして、他人が観たら何がなんだか、というものも多いです。見直してビビッと来ないものや、後から見直して自分でも分からないものは排除、という法則で選別します。ここでは思いつきは何でも残しておきます。

1)で描き、選別まで終えたものを、iPadの手描きアプリなどで色付けしたり、構図の整理をしながら「小さい種であるエスキースを発芽」させます。

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お絵かきアプリの段階で、構図が変わったり、色が変わったり、変わらなかったり、色々です。(今回のものでは変わりました)

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(上写真・お客さまに送っていただいた着物の画像に、お絵かきアプリでつくった画像をはめ込んだもの)

お客様からのご注文の場合は、ここでお客様の着物や帯、お召になるご本人のお姿に着物や帯の画像をはめ込んだり、インテリアなら使う場所に画像をはめ込んだりして具体的にしていきます。

この段階で、注文主さまへ画像を送り、ご意見を伺います。

この際の「染物の仮仕上がり図の画像(今回は名古屋帯)」は、かなりアバウトです。色は平板にポスターカラーで塗りつぶしたような色のままですし、いろいろな描画もザックリとしかやりません。あくまでも「たたき台」です。

なぜそうするかというと、この状態では「方向性を手堅くつかむ」のが目的だからです。

この状態で出来が良すぎるものは、本番では「ゴールを越してしまうこと」や(やり過ぎてしまう)「作り込みが足りなくなることが起こる」ため、この段階では「ザックリだけど、進む方向はこちらで間違いないな」という確認を得るのが目的です。

なぜなら、本番では生地の質感や風合い、手描き文様の手技の味わいが加味され、増幅を起こすからです。布は二次元のものではないのです。

というわけで、平板に塗りつぶしたり、線がキレイに機械的に出るお絵描きアプリが使いやすいのです。この段階では「ドライでそっけないぐらいの状態」が良いのです。

そっけない、味わいの無い線や色面でも「良いな」と思えるものは、方向性は間違っていないのです。なので、だいたい文様染に作り上げるとさらに良くなります。

一般的には、水彩絵の具などで色を塗ったり、面相筆などで味わいのある線を描いたりしますが、その方法だと「水彩絵具で塗る際の自然のムラが味よく出てしまい、図案では良いと思われたものが、本番の染めでは物足りないものになる傾向がある」のです。

絵として何か味のある良い感じに仕上がってしまうと、その「文様のための下絵」は「終わってしまう」のです。文様は絵画ではないのです。文様は、もっと公共性があり、タフな存在でなければなりません。もっと鍛え上げなければ文様にならないのです。

「手塗り、手描きの味わい」は時に危険です。

そのブレ、ゆらぎは、人の眼と心を刺激し、満足感を与えます。

しかし、文様染の下絵、図案の場合はそれはあくまで通過点であって、完成品ではないわけです。だからその段階で審美的に完成してしまったものは、文様染にする場合には着地点を間違うことになるのです。

というわけで「原寸の図案の前段階の手描きの線や塗り」の状態で、作品として良く見えるものは、完成品である染物の仕上がりになると物足りないか、やり過ぎになる傾向がある、と私の制作方法では判断しています。

その点、iPadのお絵描きアプリの設定を、色や線が平板になるように設定しておけば、味わい深い塗りムラや線のブレがないため「純粋にその配色とバランス、文様の良さだけが抽出される」わけですね。

この状態で「来た!」と感じられるものに、まず失敗はありません。

その「そっけない画像だけども、決まった!感が訪れるところまで突き詰めたもの」になれば「この方向で間違いない」という確証と共に「迷いなく手仕事に没頭出来る」わけです。そして、元のたたき台のiPadの画像は、あくまでも方向性を示しているだけなので、それに引きずられることもないわけです。

(人は脳内イメージよりも現実の形になったものに引きずられる傾向があります。そういう意味でも、手描きの味わい深い図案などから影響を受けやすいのです)

ウチでは、そういう流れで仕事をすることが多いです。

それから、原寸大の図案(線描きのもの)を作ります。ここで、構図や技法などは8割決定します。

その後、本番の布に手をかけます。

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そして、出来上がりの帯が上画像になります。

現物には素材感があるので、色気があります。

「どうせ現物は全て手仕事で仕上げるからこそ、仕事の過程に何度も表れる手仕事に潜む落とし穴を回避するために、デジタルデバイスを多用する」

「手仕事の味わい・魅力に依存しないことにより、より良い手仕事をする」

というわけです。

この流れで制作するようになってから、ご注文仕事でのトラブルが減りました。もちろん無くなることはありませんが、お互いの意図のすり合わせには非常に有効でもあります。


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