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いろいろシンプルになって欲しい

最近、日本に限らず、世界中で色々な分野が複雑化して、いろいろなところでモメたり炎上したり、なかなか面倒な時代になったもんだ、と思うところです。

もちろん、人権や社会的制度などで昔は配慮すべきところに届かなかったものが今は届いている、という事なら進化ですが、ただ煩雑になっただけな物事もかなりある感じ・・・

その煩雑さに、人間の優越欲とビジネスがくっついていて、その人間独自のいやらしさを利用して儲ける人たちがいる、儲けるために煩雑にする、という状態になっているものに出くわすと、どうも面倒に感じるジジイのわたくしでございます。

いわゆる芸術方面もいろいろ面倒なものですね。芸術家や、それ界隈の人の書く文章を読んでいると「芸術というものがいかに特別に尊いものか、それに携わっている自分たちがいかに一般人とは違う高みにいるかを熱量高く書いている」ように感じられる事が多いです。(もちろん全てがそうではありません)

伝統系のお稽古系も、昔には無かったであろう煩雑な決まりを沢山つくって、お免状を乱発して儲けている感じがありますしね。個人的には、そういう伝統の自己破壊的システムで存続しても、悪い意味でその伝統文化の良さが変形してしまうだけのような気がします。

芸術でビジネスをしたい人にとっては、芸術は特別なものだとしたいのだと思います。しかし、私はそういう方面を生業にしているからこそ「芸術家なる人たち、芸術界隈の人たちが考えたり悩んだりするぐらいの事は、同じく一般の社会人なら誰でも体験してますけどねえ・・・芸術とかいっても人間のやる事のひとつに過ぎないんだからさあ・・・」としか思わないんですよね。

しかし「そういう作られた煩雑さ」に反発する運動は大きく無いようなので多くの人はそれで良いと思っているのか・・・というより、いわゆる伝統〇〇とか、芸術とかに社会の多くの人はそれほど「本当の興味」を持っていないし、日常生活に直接関係しない分野なので「そんなもんなんですかね」といったもので、特に不満も無い、という感じなのだと思います。

上に書いたとおり、事実として、芸術は人為のなかのひとつに過ぎず、特別な分野でもなんでもありません。あらゆる人為は同じ性質です。芸術を「特別な何か」にしてしまう事で、いろいろな歪みが起こっていると私は考えております。

例えば現代美術の文脈云々というのも、大体は「そういうルールにした方が俺たち有利になるし儲かるし」という勢力があるというだけの事です。

そいういう良く分からない「ルール改正」は、スポーツでも、車でも、政治でも、環境問題でも同じ事です。

しかし、だからといって、そういう流れで出来たものが悪いとは限らないのが人造物の面白いところです。

今どきの何かしらのビジネスの勢力があり、それに従ってビジネスライクに制作するものであっても、そこに美が宿れば、それは時代を超えて残ります。

美は人為とは無関係に存在するからです。

美はその姿を顕す摂理が揃えば、人間の考えやお気持ちなど関係なく顕現しますから。

もともと、いわゆる芸術分野は、心理面の割合が大きく、物理的な制限は少ないので、悪い意味で、なんでもアリになり勝ちです。だからいろいろやりたい放題です。

だからといって、次から次へと新しいルールや流行をつくって儲けようとする様は、もうウンザリだし、そういう安易さは退屈だと思うわたくしであります。

普通で良いよ。もう。


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