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#66 有用性の罠

~日本国憲法第27条 すべて国民は勤労の権利を有し義務を負う~

ここのところ,文化論,哲学,デザイン思考と続けて3冊の本を読んだのですが,奇しくも同じテーマ「有用性の罠」について言及されていました(と筆者が読み取っただけなのかもしれません)。有用性の罠とは,「役に立つことに意味があるのであって,逆に言えば役に立たなければ意味がない」とする考え方の陥るジレンマのことです。

まず時間について,現在は過去という原因が引き起こした結果であるという因果観と,現在は未来の何らかのあるべき姿に向かっているとする目的観は,果たして本当なのかということです。人間社会は何らかの完成系に向かって進化しているとする,ヘーゲルをはじめとするドイツ哲学史観は,特にマルクスによる唯物史観の実験が失敗に終わったのを見るに,幻影と言えるのかもしれません。また仏教における解脱という概念は,因果応報というカルマから抜け出すというよりも,因縁という考え方自体からの脱却を意味しているのかもしれません。

次に存在について,人間の認知は「ある」「べき」の揺らぎの間にあるというものです。人間は,複雑なものをそのまま複雑系として「ある」と捉えるよりも,ある程度単純化して自分にとって分かりやすい形で理解し,その世界観を周囲に対して投げかける「べき」という思考方法を好みます。量子力学的からしても,観察者という「知覚する主体」があって初めて「存在」が意味を成すということも言われています。今をありのまま捉える「ある」よりも,自分の意志の反映としての「べき」を好むところに,人間の相対的価値観の特徴があるようです。

そのような人間の「存在と時間」の捉え方からして,人間の営為においては,現在を過去からの延長と見ると不具合を修正しようとする改善的なアプローチが,未来を現在からの延長の目的としてみると戦略的なアプローチが取られます。そしていずれのアプローチも現在「ある」ものと,何らかのある「べき」ものとのギャップを埋める活動であり,そうす「べき」もの,適切,有効,生産的な方法となります。これらの全ては何らかの意図や目的に対して役に立つ活動であり,全てが有用性のカテゴリーに含まれるものということが言えるでしょう。

ところで,現在の資本主義社会のビジネスモデルは,このような戦術戦略の限界が越えられず,「有用性の罠」に陥っているといえます。つまり,こうある「べき」という未来の予測が不透明な中で,有効なアプローチが取りづらくなっている,ということです。そもそも有用性のあるアプローチとは,1→100のレバレッジを高める活動です。それに対して,何も無いところから何かを産み出す0→1の活動は,確かな予見に基づいて取られるものではなく,有用であるかどうかも分からない中で,「べき」ではなく「ある」にフォーカスして産み出されるものなのではないでしょうか。

「べき」ではなく「ある」を作り出す行為は,いわば小さなビッグバンです。役に立たなければならないという「有用性」の限界を超えなければ,新しい価値は世に産み出せないし,それこそがイノベーションの神髄だと言えるでしょう。また,役に立たなかれば価値がないとするのは,人間疎外の問題をも引き起こすものではあります。複雑かつ不透明な時代へと向かう現在,「べき」ではなく今「ある」ことにフォーカスする,「ある」を享受し楽しむという感覚,「有用性の罠」を超えたところでの生き方が求められていると感じます。

〔こありん先生チャンネル〕YouTube配信しています@(・●・)@

#経営 #コンサルタント #有用性 #イノベーション #デザイン思考

正しいことより「適切なこと」に重きをおく,プラグマティックな実践主義コンサルタントです。経営の鬼門はヒトとカネ,理屈ではなく現実を好転させることをモットーとしています。 お問い合わせは,https://prop-fc.com/mail/mail.html