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戦争は、人間を人間ではないものにしてしまう 「戦争は女の顔をしていない」

今年の2月にロシアのウクライナ侵攻が始まってから、スヴェトラーナ・アレクシエ—ヴィチの本、
「戦争は女の顔をしていない」
の名前をよく目にするようになりました。

すでにご存知の方も多いと思いますが、アレクシエーヴィチはウクライナ生まれの作家、ジャーナリストです。

父はベラルーシ人、母はウクライナ人、ロシア語で作品を書く彼女は自らを
「三つの家に住んでいる」
と表現しています。

彼女は2015年、ジャーナリストとして初めてノーベル文学賞を受賞。

「戦争は女の顔をしていない」は昨年8月のNHK ETVの「100分de名著」でも取り上げられていましたが、わたしはその時はこの本を知らず、先日再放送されたものを見ました。

「戦争は女の顔をしていない」はフィクションではなく、アレクシエーヴィチが第二次世界大戦中にソ連軍に従軍した500人以上の女性たちに

取材してまとめた生の言葉です。

独ソ戦が始まった1941年には旧ソ連では国家防衛委員会司令によって女性の動員が可能になり、15—30歳まで、100万人近くもの女性たちが従軍したと言われています。

激しい戦闘で多くの男性が亡くなり、それまで社会で男性が担っていた役割を女性が担うだけでなく、兵力として女性を動員することが国にとって必要になったからです。

驚くのは、召集されて従軍した女性ばかりではなく、自ら志願し、「若すぎる」と却下されても認められるまで徴兵司令部に通い詰めたり、中には家出までして年齢をごまかしてまで従軍した少女もいたこと。

それは国が彼女たちがそう行動するように教育していたからでした。

しかも、女性兵士たちの担当は看護兵や洗濯係などに止まらず、狙撃兵や飛行士、斥候、高射砲兵など、前線で戦った女性たちも多かったのです。

「戦争は女の顔をしていない」は、そのような女性たちの言葉をまとめたものです。

もうすぐ18歳になる少女が、戦争が始まって
「前線にでなきゃいけない」
と思った、という言葉にも「なぜ?」と疑問を感じますが、
「そういう空気が満ちていた」
と言うのです。 

それまでは銃を手にすることもなかったようなお下げ髪の少女たちが徴兵司令部の講習に通い、銃の撃ち方や手榴弾の投げ方を教わり、
「ただ前線に行きたい」
と思うのです。


彼女たちのような女性たちを描いた小説「同志少女よ敵を撃て」の主人公セラフィマは狙撃手として徹底した集中訓練を受けます。

実際に従軍した女性たちは銃の組み立て・解体はもちろん、
「風速、標的の動き、標的までの距離を判断し、隠れ場所を掘り、斥候の匍匐前進など何もかもできるように」
なるのです。


そして戦地で初めて敵を撃ち、
「これは女の仕事じゃない。憎んで、殺すなんて。」
と恐怖心にとらわれるのです。

そんな彼女たちも、少しずつ戦場に慣れていき、「女だから」と言われないように、彼女たちは重い兵器も男性同様に扱い、銃撃の下を負傷兵を背負って逃げることも。

そして、戦争が終わっても、彼女たちの戦争は終わりませんでした。

多くの女性が長い間、トラウマに苦しみます。

戦後15年間、毎晩戦地の夢を見てガチガチ歯を鳴らしながら目を覚ました女性。

戦争であまりに多くの血を見過ぎて、戦後になって体が拒否反応を起こし、血の匂いも、血の色にも耐えられなくなり、呼吸困難や蕁麻疹を起こすようになった女性。

電気椅子で拷問にあい、戦後になっても電気恐怖症のため、アイロンにすらさわれなくなった人。

捕虜になって辛い目にあった後、ようやく帰国しても、捕虜になったことで自国で疑いをかけられ、そこでも辛い経験をした人。

もちろん、女性だけではなく、男性も多くの人が戦後にトラウマに苦しんだのですが、戦地から戻った男たちは賞賛されても戦地から戻った女性たちは女であるためにさらに辛い目にあうのです。

同性から嫌がらせを受けるだけでなく、恋人の母や姉妹に侮辱されたり、実の親にまで家を出るように言われる人もいて、多くの女性たちは従軍経験を隠すようになるのです。

歴史の表舞台に出てくる「男たちの言葉」は論理的で、勇ましく、大義名分を掲げたもの。

その陰で、女たちの言葉は長い間、表に出ることはなかったのです。

こんなに悲惨な過去があったのに、なぜ今ウクライナであんなことが起こっているのか。

本を読んでいる間も、ずっとそのことを考えずにはいられませんでした。

でも、今の日本でも権力者が弱者を助けるどころか踏みつけにするようなことをしたり、権力者に都合の悪いことを隠すようなことは実際に起こっている。

この本に書かれていることには現在の日本と共通することもある、ということにゾッとします。

「100分de名著」の最後に、アレクシエーヴィチの次のような言葉が紹介されました。

「この本でわたしが重要だと考えるのは戦争に対する別の視線、女性の視線です。

女性たちは戦争の正当性を見つけられない。
見つけ出したいとは思わないということです。

女性たちは命あるもの、『生きている命』を守るのです。

血の時代、武器の時代、暴力の時代は終わったのです。

命というものの捉え方を今までとは違うものに切り替えるべきなのです。

人の命は物事を図る物差しであってはならないのです。」

このメッセージは昨年の夏のもの。

ロシアのウクライナ侵攻が始まってから、今年3月にNHKのインタビューを受けたアレクシエーヴィチは、 

「誰もあなたに耳を傾けようとしない暗い時代はある。
声を上げるのをやめたくなる。

しかし声を上げなければ悲しみが生まれる。
だから声を上げ続けなければならない」

と答えています。

このインタビューはNHKのサイトに掲載されています。

https://www3.nhk.or.jp/.../20220318/k10013534191000.html

長くなりましたが、最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

*「興味はあるけど、ちょっとハードルが高いな」
という方は、まず漫画版や、「100分de名著」のテキストを読まれるのも良いかもしれません。

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