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「運動しても痩せないのはなぜか」を読んでみて

ヒトと類人猿の代謝を研究する人類学者の著者の研究成果をまとめた書籍、運動しても痩せないのはなぜか: 代謝の最新科学が示す「それでも運動すべき理由」の要約をツイートしたところ、思っていたより多くの反応をいただきました。

・1日の総消費カロリーにもホメオスタシス(恒常性)が働き多少の運動をしても、消費カロリーは増えない。

・活動量が少なく、設定された(おそらく遺伝的に)消費カロリーに届かない人は必要以上の炎症(アレルギー反応など)、必要以上のストレス反応(副腎ホルモンの過度な放出)など「必須でない代謝」にカロリーを使い帳尻を合わせる。

・こういった人が運動をすると、必須ではない代謝を落として、設定値に帳尻を合わせようとする(なので1日の消費カロリーは増えない)。

・運動をしても1日の総消費カロリーは増えないが、必須でない代謝を落とすことが健康にとって非常に重要。

・こういった適応にはある程度の期間が必要なので、新たに運動量を増やした直後は1日の消費カロリーは増えるが、徐々にその効果は薄れる。

・消費カロリーが増える効果が薄れてくるということは、必須ではない代謝が落ちてきて、健康への効果が高まるということ。

・運動をしても消費カロリーは増えないので、痩せるには食事の管理が必須。ただし、痩せた状態をキープするには運動する必要がある

このツイートについて、リプライやDMなどで質問や意見をいただきましたので、私なりの理解を沿えてnoteでも内容をまとめたいと思います。

消費カロリーのホメオスタシス(恒常性)について

この書籍のコンセプトをまとめると、人は生まれつき「正しい消費カロリー量」を持っている。その正しいカロリー消費量に合わせて様々な”代謝”をコントールしている。だと捉えています。

1日の消費カロリー量(代謝)は、生命活動を維持するのに必要な「基礎代謝」と、日常の生活や運動で消費する「身体活動量」、食事の消化に伴う「食事誘発性熱産生」があります。

消費カロリーの一般的な割合

現代人の消費カロリー

多くの現代人は必要な基礎代謝と身体活動を合わせても「正しい消費カロリー」に到達できていません。
そんな時脳は「正しい消費カロリー」に帳尻を合わせようと、基礎代謝を増やします。

消費カロリー量の例 現代人は左側の”不必要な代謝”を作っている

余ったカロリーを不必要な炎症やストレス反応、生殖などに回し、これらが健康を害する原因になると言われています。

細菌やウイルス、寄生虫などの異物から身体を守るため炎症反応が生じますが、花粉や自分の細胞など無害なものも標的にし、過剰に反応すると大きな問題となります。

人がストレスにさらされると、アドレナリンとコルチゾールが分泌されますが、この反応が慢性的に起きてしまうと血糖値のコントロールなどが難しくなってしまいます。

また、現代人はテストステロンのレベルが必要以上に高いと考えられており、これは生殖器系のがんのリスクに関係しているようです。

このように、身体活動の不足分は不必要な代謝に使われることで1日の消費カロリー量は一定に保たれているのです。

現代人が運動を始めたらどうなる

まず、運動以外の身体活動を減らそうとします。
一日座って作業をしていた日は帰りの電車で立っていることができるかもしれませんが、マラソンをした帰りの電車はなんとか座りたくてグリーン車の切符を買うかもしれません。

このように運動した分を他の活動を減らして、消費カロリーを抑えようとする行動については納得感があります。
しかし、それにしてもそれで運動で消費した分を取り戻せるとは思えません。

そこで、やはり基礎代謝の部分での調整が働きます。

現代人は先ほど挙げたように炎症ストレス反応生殖に対して過剰にエネルギーを使っていますので、その必須ではない代謝を減らし帳尻を合わせます。

消費カロリーの例 左側から徐々に真ん中に近づいていく

運動が健康に良いとされるのは、この必須ではない代謝を減らしてくれるからです。

私が運動指導をする中での実感としても、運動を習慣にしてアレルギー反応が減った(炎症の減少)、運動をすると気持ちがスッキリする。気分が落ち着く(ストレス反応の減少)などの声を聞くことがよくあります。

また、ランニングを継続するとテストステロン値が下がるという話を聞きますが、これは下がったのではなく「正常化した」と捉えることもできそうです。

我々の身体には、自分自身の意識ではコントールできない部分で消費カロリー量を調整し、保とうとする働き(ホメオスタシス:恒常性)が備わっているのです。

本当に運動をしても消費カロリーは増えないのか

とは言え、書籍の主張で最も気になるのはここかなと思います。
ボディビルダーは減量中に減るスピードが計画より遅いと有酸素運動を入れたり、増やしたりします。

本当に運動をしても消費カロリーが増えないのなら、この努力は無駄になってしまいますが、現実に起こっていることとして、有酸素運動を取り入れると減量は加速します。

代謝量に関する3つの研究

ここを考えるために、書籍で引用されている研究の内から3つのケースを紹介します。

①毎日マラソンをするチャレンジをするランナーの代謝量の測定をしたところ、7日目まではマラソンの消費カロリーがそのまま1日の消費カロリー量に加えられたが、140日後の時点では1日の消費カロリー量が20%減少していた。

Long-term effect of physical activity on energy balance and body composition

②活動してない人がハーフマラソンを走れる訓練を12か月に渡ってした結果、理論上は一日の消費カロリーが390kcal増えているはずが、120kcalしか増えていなかった。

Extreme events reveal an alimentary limit on sustained maximal human energy expenditure

③先進国(アメリカ、イギリス、オランダ、日本、ロシアで生活する人)とサバンナで狩猟採集生活をするハッザ族のカロリー消費量が同じ水準だった。

Hunter-gatherer energetics and human obesity

3つの研究から「活動による消費カロリーが打ち消されるのには、ある程度の期間が必要」ということがわかると思います。

マラソンという今までなかった活動が加わってすぐは、その分の消費カロリーが1日の消費カロリー量に加算されますが、140日間継続する中で、徐々に”必須では無い代謝”を節約していったと考えられます。

①②の研究は140日間や、12か月間といった期間ですが、ハッザ族は数年、数十年といった単位でその生活に適応しているのです。

※人間が数十万年、もしくは数百万年行ってきた狩猟採集の暮らしをしているハッザ族は人よいう種族の「正しい基礎代謝、正しい身体活動量、正しい消費カロリー量」で暮らしていると考えることができます。

ボディビルダーの有酸素運動

ボディビルダーの減量は6か月程度の期間で行うと「比較的長めのスパン」とされることが多いように感じます。
12か月のマラソントレーニングでも完全には適応していなかったことから、6か月の期間であれば、行った有酸素運動で消費したカロリーは完全には無駄にはならないのではないかと考えられます。

ただし、残念なことに額面通りの消費カロリー(アップルウォッチに記載されている数字)は1日の消費カロリーには加算されず、有酸素運動を継続する期間が長いほどその効果は薄れていってしまいそうです

これを踏まえると、ボディビルダーの減量での有酸素運動は期間を区切るや、完全に習慣化しない、もしくは徐々に時間を増やすなどの工夫が必要だと考えられます。

どうすれば痩せられるのか

ここまで運動とカロリー消費について解説しました。
運動を継続すればするほど、一日の消費カロリー量は徐々に減っていく場合もあるということになります。

前提として、体重を減らすためにはカロリー収支がマイナス(1日の消費カロリーが摂取カロリー量よりも多い状態)である必要があります。

糖質を制限しても、食べる時間帯を限定しても、なにか特別な食材やサプリメントをとってもこの原則から逃れることはできません。この原則は、書籍の中でも繰り返し強調して語られています。

消費カロリーが増えないなら、痩せるためには運動をすることは意味がないのか。と感じる方もいるかもしれません。
しかし私はむしろ、ダイエットを成功させるためには運動が必須であると考えています。

この書籍は「運動しても痩せないのはなぜか」という邦題ですが、これはさすがに注目を集めるために誇張しすぎていて、「運動”だけ”しても痩せないのはなぜか」が実際の事象を反映したタイトルになるのではないかと感じます。

副題には「それでも運動すべき理由」という言葉が添えられているように、やはり運動は必須なのです。

「痩せる」には2段階ある

世の中にはダイエットをしたいという方が男女を問わず多く存在します。
また、ネットを含む多くのメディアでダイエットに関する情報がとても多く出回っています。

そんな中で、「ダイエット」が指す言葉の意味に微妙なズレを感じる場面が増えてきました。
まず、この言葉のズレを私なりに整理させてください。

健康のためのダイエット
・病気のリスクを下げたい
・疲れにくい身体が欲しい
・健康で長生きしたい

審美のためのダイエット
・痩せた自分でいたい
・痩せていると似合う服を着たい
・人よりも痩せていたい

私の考えではダイエットには2段階あり、それが健康と審美です。
段階と言うからには、健康のためのダイエットを成功させてから、審美のためのダイエットに移行することを想定しており、それが効率的だと考えています。

健康のためのダイエットとは習慣的な運動によって不必要な代謝を減らし、それに見合った量の食事を自然とる習慣を身につけることです。
これができると、自然と適切な体重と体脂肪率に落ち着き、病気になりにくく、疲れにくい、健康的なカラダを手に入れることができます。

適切な体重と体脂肪率はその人が生まれ持ったバランスがそれぞれあると思います。
もし、その自然な体型よりも痩せた自分で在りたいという気持ちがあるのなら、審美のためのダイエットに取り組むことになります。

審美のためのダイエットは健康のための生活でたどり着く体型よりも痩せる努力が必要な場合があるのです。

審美のためのダイエットと健康のためのダイエットを並列で行うこともできると思いますが、審美のためのダイエットを成功させる上で、健康的な習慣を外すことはできません。

脳を狂わせる現代人の生活

ハッザ族の活動量が、人という種族の理想的な量だとすると、日本で暮らすほとんどの人は「不必要な代謝」にカロリーを使っています。

この不必要な代謝は、脳の「自然な体重、体脂肪率を維持する機能」にダメージを与えます。

・満腹感を得る脳の機能が働きにくくなる。
・血糖値が許容できる範囲を超えて乱高下する。
・性ホルモンバランスの乱れによって食欲が異常に高まったりする。

運動によって「不必要な代謝」を減らし、脳の働きを正常化させることが、健康のためのダイエットに必要なことなのです。

また、現代の美味しすぎる食事、中毒的な魅力を供えた食事によっても、満腹感の壁は突き破られてしまいます。

少量で高カロリー、刺激的な味付け、食べやすい食感などの様々な工夫がスーパーやコンビニ、ファストフード店の商品には盛り込まれていて、満腹感を覚える前にカロリーオーバーとなってしまうのは仕方のない事です。

脳が正しく満腹感を得るためには、なるべく加工されていない食事をとることが重要です。
加工食品には上のような工夫をする余地が多くあり、つい多く食べ過ぎてしまいます。
※それは人々の努力でもあり、文化でもあるので全てを否定するわけではありません。

焼いただけの肉は硬いし、魚の骨は避けながら食べる必要があります。
生の野菜は低カロリーでカサが多く、果物は甘く美味しいですが食物繊維などもとることができます。

このように、加工が少ない食事は満腹感を得やすくカロリー以外の重要な栄養(ビタミンやミネラル、食物繊維)も摂りやすいのです。

運動習慣と、なるべく加工されていない食事によって自然と体重と体脂肪率は生まれもった適正値に収まるはずです。

脳が正しく満腹感を覚えることができないタイミングで、自然な体重よりもさらに下回った体重(審美のためのダイエット)を目指すのは非常に困難な作業になり、一時的に達成したとしても、それを維持するのはさらに難しいことが容易に想像できますよね。

これが、健康のためのダイエットを達成してから、審美のためのダイエットに移行することをおすすめする理由です。

まとめ

・運動不足の人が活動量を増やすと、不必要な代謝を減らす。
・運動量を増やした最初のころは消費カロリー量が増えるが徐々に収まってくる。
・不必要な代謝はすぐには減らず、少しずつ減っていくため運動を継続することが大切。
・不必要は代謝を減らすことは食欲を安定させ、適切な量の食事を摂ることに役立つ。

つまり、運動することはダイエットの成功にとても重要である。


今回ご紹介した内容はまだまだ書籍のほんの一部です。
・ダイエットで代謝が落ちるのは実は良いこと?
・人間の活動の持久力(マラソンから妊娠まで)の限界はどこにあるのか。
・チンパンジーは現代人より運動しないのになぜか病気にならない。
・ネズミは免疫機能を切り捨て、人は生殖機能を切り捨てる。

など、本当に興味深いトピックが盛りだくさんでした。
このnoteが面白いと感じた方はぜひ実際に手に取って読んでいただくことをおすすめします!


恵比寿でパーソナルトレーナーをしています。 ダイエットやボディメイクに興味のある方はお声かけ下さい。