知っておきたい労災の話
社員同士の懇親を深める機会として久しぶりにお花見を企画した企業も多かったのではないでしょうか。ただ、楽しいはずのお花見ですが、社員が怪我をするなどの労災問題に発展する可能性があることをご存じですか?
いざ労災が発生すると、「どういう場合に労災認定されるのか」「どんな補償があるのか」と気になることも多いと思います。そこで雇用の専門家である社労士の立場から、労災の種類や労災が認められるポイント、知っておくべき補償内容をご紹介します。
■労災とは?
労災保険は、仕事中・通勤中の事故などが原因で、従業員が病気や怪我をしたり、死亡した時に補償してくれる公的な保険制度です。病気や怪我を対象とした保険というと健康保険を思い浮かべる人も多いと思いますが、労災保険は業務上および通勤に起因したもののみが対象となります。
求人情報で社保完備とあるのは、働くうえで重要な4つの保険(社会保険・厚生年金保険・雇用保険・労災保険)にすべて加入するという意味を持っています。中でも労災保険は、会社に雇われている人すべてが対象になる保険制度です。
最近では、業務上のストレスによる精神疾患や長時間労働が原因の過労死も労災認定されることが増えてきています。
労災保険は、正社員だけでなくパートやアルバイトも対象になります。たった1日のアルバイトや外国人でも対象となります。よく「労災保険」と「雇用保険」が混同されがちですが、労災保険と雇用保険は加入条件が異なります。雇用保険に加入してなくても、労災保険は対象になりますので注意しましょう。
労災は、労災が起こった状況で、下記の「業務災害」と「通勤災害」に分類されます。
業務災害は、業務中に起こった病気や怪我(労災)のこと
通勤災害は、通勤中に起こった病気や怪我(労災)のこと
労災保険には、会社が必ず加入していて保険料は会社が全額負担しています。双方で負担するのは前述の雇用保険、他には健康保険と厚生年金の保険料です。労災保険の加入は会社に義務づけられているため、すべての労働者は労災保険に加入しています。労災にあった際には要件を満たせば労災保険の補償を受けられます。
■労災になるかどうかの基準は?
業務災害は仕事中の病気や怪我が対象になります。ただし、仕事中に発生した病気や怪我のすべてが対象になるわけではなく、一定の条件を満たすものに適用されます。
業務災害の認定には、会社と従業員の間に雇用契約があることを前提として以下の2点に該当する必要があります。
業務遂行性:従業員が会社の指揮命令の下で働いている状態であること
業務起因性:病気や怪我の原因が仕事であること
例えば下記のような一見すると仕事中かどうか、仕事が原因か曖昧に見えるケースでも業務災害として認められる可能性が高いです。
・仕事中にオフィスの床で躓いて転んで怪我をした
・仕事中にトイレに行って怪我をした
・出張中の病気や怪我
・業務上のストレスや長時間労働が原因で発症した精神疾患
業務災害は業務と怪我・病気の間に上記のような一定の因果関係があることが認定のポイントになります。
通勤災害は通勤途中での病気や怪我が対象になります。こちらも通勤中に発生した病気や怪我のすべてが対象になるわけではなく、一定の条件を満たすものに適用されます。
一般的に通勤時間に給料は発生しないケースがほとんどですが、仕事に必要な行動ということで労災の対象になっている訳です。
■「勤務時間中」ではなくても労災の対象に。
業務上の通勤と認められるのは、下記のような時です。
・自宅と会社の間の往復
・事業所から他の事業所への移動
・単身赴任先と帰省先の間の移動
*上記の移動を「合理的な経路・方法」で行うこと
「会社に届け出ている以外の通勤経路を使っていて事故にあった」「会社に届け出ていない自転車通勤で怪我をした」などの場合、届け出ていないから労災にならないのではないか?と思う方もいるようです。実は、会社への届け出経路と一致しているかどうかは適用条件ではありません。
会社に届け出ていない経路や手段でも「合理的な経路・方法」であれば通勤と認められる場合があります。労災申請しない方がよいのか、不安な場合は、会社の人事や専門家に相談することをおすすめします。
注意が必要なのは、通勤の途中の寄り道です。
例えば、終業後に同僚と飲みに行ったり、トレーニングに行ったりすると、通勤途中と認められなくなり、通勤経路に戻った後の病気や怪我は対象になりません。
ただ、通勤途中の寄り道でも日常生活に必要な寄り道の場合、寄り道中は「通勤」と認められませんが、通勤経路に戻った後は、「通勤」と認められ、労災の対象になります。
例えば、下記のようなケースでは、寄り道後も通勤と認められる可能性があります。
・帰り道に日用品などを買うためにコンビニに立ち寄る行為
・子供を保育園に迎えに行く行為
・帰り道に受診するために病院に立ち寄る行為
・帰り道に理髪店や美容院に立ち寄る行為
通勤途中に病気や怪我をした場合は「通勤」と認められるかどうかが認定のポイントになります。この辺りの判断も難しいケースがありますので、自己判断をせずに専門家に相談をした方がよいでしょう。
■会社のお花見中の怪我は労災になる?
では、会社のお花見で怪我した場合は労災になるのでしょうか?
お花見は飲み会なんだから仕事なわけないでしょ(笑)と思われる方もいるでしょう。実は、お花見に参加している時間が業務時間として認められる可能性があります。
お花見が「仕事」になるかどうかは、下記がポイントになります。
・お花見の参加が強制されているかどうか
・飲み会の目的と仕事との関連性(仕事に関する話をしたか)
・参加費用を会社が負担していること
上記がすべての要素ではなく、個別に調査がされ判断されます。
お花見が「仕事」と判断されると、お花見中の病気や怪我は労災の対象となる可能性があります。
また、幹事は仕事として判断されやすいです。
怪我をした人が会社から幹事を任されている人だった場合、仕事として認められる可能性が高いようです。
今ではさすがにほとんどないと思いますが、花見の場所を確保するために新入社員が何日も前からシートを敷いて場所取りをする、といったことも昔はありました。このケースでも会社が場所取りを命じたのであれば、命じられた社員にとっては事実上強制参加となり場所取りは仕事になります。
お花見を仕事として判断するのはハードルが高いのが現実ですが「飲み会中の病気や怪我は労災にならない」と勝手に判断せず、状況を整理して会社の人事部の人や労働基準監督署に相談してみると良いでしょう。
■労災保険の補償の種類
労災と認定されたら、病気や怪我に応じて労災保険の補償を受けることができます。労災保険の主な補償は、以下の通りです。
労災保険の給付は、業務災害も通勤災害もそれほど内容は変わりません。
●療養(補償)給付
労災による病気や怪我の治療が無料で受けられます。
療養(補償)給付を受ける場合には、健康保険の対象にはなりません。健康保険を使って病院にかかってしまった場合は労災保険に切り替える手続きをしましょう。
給付が受けられるのは、病気が怪我や治るまでです。給付が終わっても障害が残る場合は障害(補償)給付の対象になります。
●休業(補償)給付
労災によって病気や怪我をした労働者が仕事を休むことになり、給与を受けられない時にその間の収入を補償する制度です。
休業4日目から1日につき給付基礎日額の60%が支給されます。それに加えて給付基礎日額の20%が特別支給金として支給されるので、休業期間中であっても合計80%の収入が補償されます。業務災害の場合は、労災から給付されない1日目から3日目までは会社側が補償する義務があります。
●傷病(補償)年金
労災で病気や怪我を負い、1年6か月経過しても治癒しない場合に傷病等級に応じて支給されます。1年6か月を経過した時点で、休業(補償)給付を受けていて傷病等級に該当する場合は傷病(補償)年金に切り替わります。
●障害(補償)給付
労災で病気や怪我を負い、それが治癒した後も一定の障害が残った場合に等級に応じて支給されます。
●介護(補償)給付
傷病(補償)年金または障害(補償)年金を受給していて、常時介護または随時介護を受けている場合に介護費用の支出が月単位で支給されます。
●遺族(補償)給付
労災で労働者が死亡した時にその遺族に支給されます。
仕事中・通勤中の病気や怪我が労災保険の対象であることが分かったら、労災病院や労災指定病院を受診しましょう。労災指定病院を受診すれば費用の立替が発生せず、手続きも簡単です。
では、労災指定病院以外を受診してしまったら、どうなるのでしょう?
労災は健康保険が適用されないため、治療費は一旦全額負担になりますが、労災申請後返還されます。健康保険を使ってしまうと労災保険への切り替えが煩雑になるため、はじめから労災であることを病院に伝えて治療を受けるようにしましょう。
「軽い怪我だから」「労災申請が面倒だから」と健康保険を使ってしまうこともあるかもしれません。労災保険を使いたくないからと健康保険を使うことは法律違反になります。法律違反にならないためにも労災には労災保険を使いましょう。
■知らないと損する「受任者払い制度」
労災保険の休業(補償)給付は、労災の必要書類を提出し審査を経て適用が認められれば、支払い手続きが開始されます。審査の内容によっては支払いまで1カ月以上かかることもあります。
そのため、休業(補償)給付が支給されるまでは従業員は無給となってしまいます。
「受任者支払い制度」は、従業員が労災保険から受け取る給付金を会社が代わりに立て替えて従業員に支払う制度です。会社は後日、休業(補償)給付を自社の口座に振り込んでもらいます。従業員はすぐに会社からお金が振り込まれるため休業中の生活を守ることができます。
受任者払い制度を利用すれば、休業中の生活の不安は小さくなり療養に専念できるでしょう。労災に遭った場合には受任者払い制度について早めに会社へ確認しておくことをおすすめします。
■労災隠しは違法
病気や怪我の報告をした際に、会社から「労災保険の申請はしないで欲しい」「治療費は会社が負担する」「健康保険を使って欲しい」という打診を受けることがあるかもしれません。
なぜ会社側そんなことをするかというと、会社の評判の低下を恐れたり、手続きが面倒であったり、会社の知識不足などの理由が考えられます。
・パート・アルバイトは労災が使えない
・この病気や怪我は労災にならない
・労災申請したら解雇する
・うちは労災に加入していない
このようなことを言われても、会社のいうことを鵜のみにせずきちんと労災申請してもらいましょう。労災保険を使わせず労災の発生を隠すような行為は「労災隠し」という違法行為です。労災にあった場合には、事実に基づいて届け出をすることが大切です。
それでも会社が労災の申請に協力しなかった場合は、勤務先を管轄する労働基準監督署に相談しましょう。労災申請は自分でもすることができます。会社が対応してくれないからと諦めずに労働基準監督署に事情を説明して自分で申請手続きをしてください。
■まとめ
ご紹介したケースからもわかるように、労災と認められるかどうかはケースバイケースです。それぞれの状況によって労災認定の判断は異なります。
この判断は会社ではなく労働基準監督署が行うものです。「労災になる、ならない」と勝手に判断せず、労災が起こったら早めに会社や専門家に相談しましょう。
また、会社が労災隠しのような行為を行ったり、職場で不利な扱いを受けたりといったトラブルにあった場合には労働基準監督署や専門家に相談するようにしてください。会社の都合や自分の勝手な判断で労災申請を諦めるようなことはないようにしましょう。
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