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cinema, local, emotional 027

11/13、名古屋クラブクアトロに真心ブラザーズを観に行ってきた。

エレカシ、真心、ソウル・フラワー・ユニオン。
18歳で東京に出てから好きでアルバムを買いライブにも行っていたバンドが、それぞれ葛藤も乗り越えまさにライク・ア・ローリングストーン、今なお独自のスタンスで活動し、名盤を生み出し続けているのが本当に素晴らしい。

10代20代は音楽そのものを受け取って楽しむ、というより、抱えている自我に音楽を無理やり引き寄せて独り善がりに楽しんでいた気がする。今は、本当に良いものを良いと感じることができていて、それゆえミュージシャンに対する感謝の気持ちが強まっているように思う。いつも良い音楽を本当にありがとう、と。

(写真は当日の撮影OKタイムに撮ったものです)

大学は映画学科というところに通っていて、そこでは実務的な映画の作り方はもちろん、フィルムが化学的にどのように出来ているかや、映画史、実験映画についても学んできた(学んだ、というか、その時は訳もわからず吸収しただけで、年月を経てあの時期に触れられて良かったな、と思えた)。

でも当時の一番の学びは

「映画監督は作り続けるから映画監督なのだ」

ということが腹に落ちたことだと思う。

当時の僕は、表現とは何か、本物と偽物はどこで別れるのか、等々を日夜考え続けていた。
学校の人を捕まえては誰彼構わず「本物と偽物って何が違うんですか?映画をたくさん観れば良い映画が作れて本物になれるんですか?メジャーデビューしたら本物なんですか?」などと質問しまくっていた(そう、イタい奴だった。でもあの時期にイタい奴を経験しといたのも良かった)。

ある時誰かが(たぶん当時映画学科助手で今はディレクターをされてるHさんだ)こう返してくれた。

「バカヤロウ!しのごの言わず作れ。そして作り続けろ。良いの作っても、マズイの作っても、作り続けろ。間隔が空いても作り続けろ。映画監督なんて映画作ってないと何者でもねーんだよ!」

そう言われても当時は不満顔で腕組みして「う〜ん…」などと唸っていたと思うが、今ならそうだよな、ありがとうございます、と返すだろう。

セックスする前にどうしたら本物のセックスができるか悩むバカはいない。セックスが始まれば本能と本能の接触があるだけで、同じように、映画を作る中でしか得られないもの、味わえないものが無数にある。そして、名作ばかり作り続けられる映画監督はいない。打率の高低があるだけだ。そもそも偽物は映画に飽きてしまい、作り続けることができなくなる。だから、作り続けている映画監督が本物なのだ。

(真心ブラザーズのセルフカバーアルバム『トランタン』素晴らしいです)

真心ブラザーズのライブは、とても良かった。
紛れもなくそこにいたのは本物だった。

俺はまだ泣いているぜ ずっと死ぬまで泣いているぜ
君はまだ俺を好きか  
                                           
『明日はどっちだ!』真心ブラザーズ

そして、40になっても学生時代と変わらず映画について考えていて、作品を作り続けている俺も本物だなあと思った。そんな夜だったんだ。

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金はないものが出すものぢや。あるものは出さん。

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映画監督/ドキュメンタリー映画「まちや紳士録」('13)「人情噺の福団治」('16)を監督。東京・名古屋・大阪ほか各地で劇場公開/2021年春撮影予定の新作劇映画を準備中/三重県 多度ふるさと塾 世話人/土着と革新の間 info@officearigato.com
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