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「人」から始まる

1月4日、妻が一足先に三重県から福岡県に戻る。名古屋駅から新幹線で博多駅へ、という経路だったので、三重桑名から車で名古屋駅まで送る(高速を使って2〜30分)。名古屋駅の改札で妻を送り出し、駅ビルに隣接するショッピングモールの本屋をひやかす。ひとしきり本を見て、コインパーキングに戻る道すがら、シネマスコーレという映画館がある。僕の二作目『人情噺の福団治』をかけてもらった劇場だ。その向かいにあるラーメン屋の味が懐かしくなり、ふらりと入ってしまう。横浜家系ラーメンで、福岡ではまず食べられない味(福岡はとんこつ文化である)。シネマスコーレで『人情噺の福団治』がかかっていた頃、舞台挨拶で劇場を訪れたりした際に必ず食べていた「ほうれんそうラーメン」を食す。美味し。だが昨年の健康診断で血中の悪玉コレステロールを指摘されているので、スープは少し残す。

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1月5〜6日。書き切れていない年賀状を書いたり書かなかったり。ハードディスクに録画したテレビ番組を観たり。NHK BSプレミアムでやっていた『映像の世紀プレミアム』が滅法おもしろかった。僕が観たのは「戦争」編「1964の東京」編で、各回90分。特に東京オリンピックの年の東京の1月から12月を、当時の映像で繋いだ後者が胸を打った。当時の東京の生活マナーが戦後のバラックからの生活習慣を引きずって最悪だったこと。東京で深刻な水不足が起こっていたこと。人口が急速に肥大して交通渋滞が世界最悪レベルとなり、それもあってオリンピックまでに急ピッチで首都高速の建造が進められたことなど、不勉強な僕には目から鱗の数々だった。東京オリンピックが戦後の日本にもたらした希望もあれば、東京オリンピックまでの急激な変化で失われたものも多い。物事にはプラスとマイナスの両面があり、それらが渾然一体となっているものだということを再確認させられた。どの立場に身を置くかで、見え方感じ方は変化するのだ。その他は、1月4日5日に開催された新日本プロレスの東京ドーム大会の番組がおもしろかった。新日本の独走状態はまだまだ続くのだろうな。

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1月7日は、三重県津市で劇映画の会合だった。新しい仲間との出会い。これまで2本映画をやってきて、映画は何よりも「人」だと思うようになった。「人」と「人」の化学反応がすべてを決める。どんなに才能豊かな作り手でも、一人で映画は作れない。素晴らしい作品の背景には、必ずと言っていいほど人同士の良き化学反応の連鎖があるものだ。めいめいが「これは自分の作品だ」と思えることだ。僕の新作長編劇映画は、プロデューサーの人間性もあり、そんな作品づくりの基盤となる「人」の部分にしっかり時間をかけられていると思う。素晴らしいことだ。おっと、「どんなに才能豊かな作り手でも」と書いたが、そりゃ自分のことは才能あると思っている(思ってないと映画なんて作れん)。ただ、世間に証明できているとは思っていないので、自作でしっかりと証明させていただくつもりだ。来年春の撮影目指して、着実に進んでいきたい。

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1月10日は、同じく津市の三重県総合文化センターに、プロデューサーと芝居を観に。終演後、プロデューサーは役者さんに挨拶に行っていたが、僕は考えるところあり控えました。史実の枠に収まっている感じが少し残念でしたが、芯のある芝居でした。

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昨年つけていた日記
は、ノート4冊で無事完結しました。今年はつけ方をちょっと変えて、また毎日つけていきます。

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金はないものが出すものぢや。あるものは出さん。

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映画監督/ドキュメンタリー映画「まちや紳士録」('13)「人情噺の福団治」('16)を監督。東京・名古屋・大阪ほか各地で劇場公開/2021年春撮影予定の新作劇映画を準備中/三重県 多度ふるさと塾 世話人/土着と革新の間 info@officearigato.com
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