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伊藤とぶつぶつ。 -6-

(聞き手:H・I )

ー 博多での暮らしはどうでした?
2009年の1月に、博多の、地下鉄で言えば "東比恵" っていう、けっこう街なかの駅だよね。堅粕とかの近く。そこのマンションの、確か4階あたりの一室に越してきて。

で、今なら博多以外の、福岡県の他の市町村のこともわかるけど、当時は東京から博多に越してきて、他の市町村どころか博多のこともよくわからない。博多駅周辺って、東京で言えば東京駅周辺の "丸の内" 的なところだよね?職場も博多駅のそばのビルにあったから、もう、ほんとそこしか知らない。家と会社と、休みの日はせいぜい地下鉄で天神に出て映画観たり本買ったりお茶したり。

会社には「伊藤君にウチの映像の、できたばっかりの部署を見てほしいんだよ」と社長に言われて入ったんだけど、現場レベルにはその話が降りてなくて。ベンチャー企業にありがちな、急激に何かの事業で仕事・利益が増えたものの、メンバーは創業時からの友達感覚の延長で…という状況。仕事が回らなくなっていた。
仲間で始めた小さかった会社が大きくなっちゃって、元からいた友達感覚の社員だけでは回せなくなり、外部のプロを入れたものの、元からいた社員はそれを良く思わず…という悪循環ね。ビジネス書的に言えば、会社が大きくなる時にほんっとうにありがちな状況に自分がすっぽりハマっちゃった。
最初から最後までそうだったね。

ー その会社にはどれくらいの期間いたんですか?
8ヶ月だね。

ー なるほど…。
いざ!と博多に来た割に、8ヶ月かい!という(苦笑)

俺としては、その映像の部署が、「もうこれでこの部署は大丈夫だ」という最低限のマニュアル、基盤を作れたのが、その期間だった、と思っていて。

もう時効というか、言っていいと思うけど、コアメンバーだけが仲良しこよししてる、ほんとうにギスギスした職場だった。ベンチャーの良いところでも悪いところでもあると思うんだけど、どこかで会社の経験を積んでから会社をやってるわけではない…がゆえに、妙に「会社っぽくせねば」みたいな気持ちだけはあって、"課長" "部長" とコアメンバーが呼び合ってる。コアメンバー同士しか意思疎通できない、それ以外の社員は数合わせ、な職場だったね。

それで実際、それだけの仕事をしてくれればよかったんだけど、社長が心配するだけあって、やっぱ仕事も荒かった。
福岡ローカルのCMを作ってる、映像部署の人員が4〜5人いたんだけど、ぜんぜん機能してない。そのベンチャー企業のコアメンバーの一人が映像部署の課長で、課長の言うままに社長が人を増やす。社長も、どこかで下積みをやってきていたわけではなく、初めて会社を、社長をやっていたんだね。
課長は「部署として仕事を回していく」という意識ではなくて、創業時のがむしゃらな感覚で仕事してて、とにかく無計画に雑用を頼むように周囲にものを頼む。だから「課長とそのお守りの人たち」「課長とその他」という状態に部署がなってしまっていた。

ー 仕事自体は多かったんですか?
そうやね。実際に現場で撮影する仕事もあったけど、それは少なくて、パソコン上でCGで作るCMが多かった。ナレーション収録やミックス作業はスタジオに持っていってたけど。だから基本はオフィスワークが多くて、そこで大量のCMが回っていた。
で、ついにCM事故が起きた。

ー 事故、ですか。
お店のセールの日に流す日付入りのCMの、日付が違ったんだ。日付の確認ミスという、ケアレスミス。違約金は何千万とも一億とも聞いた。本当かどうかわからんけどね。

さっき言ったように「課長とその他」みたいな部署だったから、課長が「肩揉んで」と言えば女性社員が肩を揉む。課長が「コピー取って」と言えばコピー取る。でも、必須情報の確認は工程に組み込まれてなかったし、専任のスタッフもいなかった。そもそも工程そのものが存在せず、課長が一人でなんとなくやっていた。俺は「あ、ついに事故ったか」と思っていたよ。

ー なるほど。
で、みんなで社長室呼ばれて。仲間で始めたベンチャーだから、その時は「次は無いぞ。気をつけろよ」だけで終わった。だから課長もそんなに反省しなかったんだろうね。直後は慎重だったけど、またすぐ「課長とその他」に部署が戻ってしまった。俺は「せっかく人数がいるんだから、納品前に一人ひとりがチェックする、といったルールを決めた方がいいですよ」と、けっこう言い続けた。でも、聞き入れられなかったね。で、すぐ二回目の事故が起きた。

ー あ〜…。
またみんな社長室に呼ばれて。俺は「なんのためにオマエを呼んだんや」と社長から詰められたね。だからそのあと、社長に連絡して、一対一で社長室で社長と話す場を作った。「このままだと三回目が起きますよ。なぜかというと、映像の部署の現状が…」と、課長に言っても聞き入れられなかったことを、社長にすべて話した。「何しろ話が通じない。言うことを受け入れられるかどうかはともかく、そもそも話を聞きすらしない」と伝えた。社長も、莫大な違約金を払った後だから「あ〜、アイツが停めとったんか…」と理解したみたいで。

その後、すぐ「伊藤の言うこと聞け」と課長に通達が行ったみたい。
それから俺がやったことは、「googleカレンダーを使って、いま課長が何の仕事をしているのかを部署のみんなが把握できるようにする」こと。それを見ていれば、課長がパンクしそうな時は一目瞭然だから、他のメンバーが仕事を引き受けることができる。
で、「確認ミスがないよう一人ひとり、全員が、CMを納品前にチェックのために視聴する」こと。そんだけ。でも、そんだけのことが会社の中で通るまでに8ヶ月かかった。そして、燃え尽きたというか、僕がその環境でやれることはもうなくなったな…と思うようになった。

コアメンバーの一人からは「課長を飛び越して社長に話をするのはルール違反」と注意されたよ。もう、なんというか…腐ってるよね。

ー よく、わかりました。
愚痴っぽく聞こえていたらごめんなさい。まあ、がんばりました…俺にしては、ね。
次回は、福岡でのその後〜八女に移住するまで、辺りを話せれば。

【2020年6月28日 福岡県八女市にて】



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映画監督/ドキュメンタリー映画「まちや紳士録」(13)「人情噺の福団治」(16)東京・名古屋・大阪他で劇場公開/"にっぽん三部作"三作目「おれらの多度祭」(20)スペイン マドリッドインディーフィルムフェスティバル、大阪 門真国際映画祭 入選/初長編劇映画準備中/福岡県八女市在住

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