美術史⑦:近代の画家

最後は、近代の画家を紹介。

アルフォンス・ミュシャ Alphonse Mucha

1860-1939🇨🇿

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アール・ヌーヴォーを代表するチェコ出身の画家。

チェコ語では「ムハ」フランス語では「ミュシャ」。

1896年に『四季』 – 「春」「夏」「秋」「冬」を作成、連作が多い。

プラハ聖ヴィート大聖堂のステンドグラスにも彼の描いたデザインが採用されている。

第二次世界大戦時にナチス軍に逮捕された。

解放されたが、その後体調を崩し亡くなった。

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『春』『夏』『秋』『冬』

グスタフ・クリムト Gustav Klimt

1862-1918🇦🇹

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彫金師の父をもち、作品にも金を取り入れたものが多い。

美術史美術館の装飾を担当した。

結婚はしなかったが、モデルを何人も愛人にした。

日本や東アジアの文化の影響を強く受けている。

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『ダナエ』(1907)

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『接吻』(1908)

エドヴァルド・ムンク Edvard Munch

1863-1944🇳🇴

『叫び』は連作シリーズ「生命のフリーズ」のひとつとして描かれたものでムンクはこのテーマで50枚以上描いている。

絵の中心にいる人物はムンク自身で、叫びが聞こえないように耳を塞いでいる。

光と色彩の刺激が音の印象を生み出し、音の刺激が視覚的印象を生み出すという共感覚の理論を実証しようとしたもの。

叫びで描かれた赤い空は、1883年に起きたインドネシアのクラカタウ火山の噴火の影響で、夕焼けが濃い赤になったことが原因らしい。

2004年にオスロ市のムンク美術館にある『叫び』の一枚が盗まれたが、2006年に発見された。

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『叫び』(1910)

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『叫び』(1893)

マルク・シャガール Marc Chagall

1887-1985🇷🇺

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現在のベラルーシで当時のロシア帝国の一部のユダヤ教徒の家に生まれる。

1910年にパリに移り、キュビズムとフォーヴィズムの影響を受ける。

1914年、故郷へ帰省していた際、第一次世界大戦が起こり、パリに戻れなくなったため、ロシアで芸術委員や舞台美術で生計を立てる。

1941年、ナチから逃れるためにアメリカへ移住。

第二次世界大戦後にパリへ戻る。

晩年はステンドグラスを手がける。

サルバドール・ダリ Salvador Dalí

1904-1989🇪🇸

スペインのカタルーニャ地方で生まれ、美術アカデミーに入るが反抗的な態度をとり、退学となる。

1929年にパリに移り、シュルレアリスム運動に加わる。

偏執狂的批判的方法(ダブル・イメージ)という手法を開発。

シュルレアリスム映画の制作に携わり、将来の奥さんとなるガラという女性に出会う。

1940年にアメリカに移り、テレビクイズ番組に謎のゲストとして登場している。

晩年はスペインで過ごし、1984年には不審火で大火傷を負う。

ジャクソン・ポロック Jackson Pollock

1912-1956🇺🇸

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5人兄弟の末っ子として生まれ、ロサンゼルスの高校に通っていた時、現代美術に出会う。

大恐慌時代は極貧生活を送り、アルコール依存症のため精神科の治療を受ける。

1947年、初のドリップ・ペインティングを制作する。

晩年は大量に酒を飲み、自動車を運転中に木に激突して死亡する。

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正直これ以降の人のアートはよくわからん笑

現代美術に詳しい人とお話してみたい今日この頃。

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