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企業もまたアイデンティティ・クライシスに陥る?会社組織の成長プロセスを「探究型キャリアステージ」でモデル化する

誰もが直面するキャリアやアイデンティティの悩み。しかしその内容は、その人の成熟度や置かれたライフステージによってさまざまです。

そこで以前のnoteでは、それぞれのキャリアステージごとの特性を踏まえ、それぞれのフェーズで取るべき探究スタイルを提示した実践的ガイド「探究型キャリアステージ」をご紹介しました。

上記は「人間」を対象とした探究論・キャリア論ですが、実はこれがそのまま会社組織の成長プロセスにも適用できるのではないかと考えています。そこで、本記事では、以下の「探究型キャリアステージ」のモデルをもとに、組織の探究プロセスの指針について解説してみたいと思います。

これが以前の記事で紹介した、人間の探究型キャリアステージモデル。
これが、会社組織の成長プロセスにも適用できるのではないか?

上記のモデルでは、人間のさまざまなキャリアステージにおける理想的な探究のあり方について、「パーソナリティ形成期」「ケイパビリティ探究期」「アイデンティティ探究期」「社会的ミッション探究期」の4つのステージに分けて解説しました。

幼少期から10代の若いうちに自分の個性を形成して探究の基礎を築き、20代~30代のうちに自分の強みを磨いて専門性を確立し、中年期に訪れるアイデンティティ・クライシスを乗り越えて、社会的ミッションの実現を目指す。

このモデルで私が主張したかったのは、長い人生において探究をし続けるためには、このような順序で探究テーマの視座をシフトさせていくのがよいではないか、ということです。というのも、若いうちから社会的ミッションを探究するのは素晴らしいことではあるのですが、武器となる強みや専門性がないままに壮大な社会的ミッションを探究しようとすると、探究が行き詰まりやすいからです。

①事業ケイパビリティ探究期:強みを磨き、ビジネスを確立させる

企業の成長プロセスにおいても、これと同じことが言えると考えています。

社会に対する何らかの課題意識を持って起業をする人は多いと思いますが、資金力や自社ならではの強みがなければ、要するに「儲けられる」ようにならなければ、何も始まりません

したがって、企業の探究型キャリアステージは、「事業ケイパビリティ探究期」から始まります。

人間の20-30代のケイパビリティ探究期は、
スタートアップの事業ケイパビリティ探究期に重なる。

これは人間の探究型キャリアステージの2ステージ目にあたり、1ステージ目の「パーソナリティ形成期」は、企業のモデルでは省いています

なぜなら、どんな企業にも起業家や創業者がおり、会社はその個人の野望やアイデア、問題意識をもとに立ち上げられるものだからです。つまり、企業の「パーソナリティ形成期」は、起業家個人の「パーソナリティ形成期」であるとも言えるのです。

会社を設立したら、まずは厳しい資本主義社会の市場の中でお金を稼げるようになる必要があります。具体的には、何らかのサービスやプロダクトをリリースし、顧客やユーザーに対して価値を提供していくわけですが、このとき競合他社との差別化が不十分だったり、付加価値がなかったりすると、お金を稼ぐことができません。そのため、まずは競合優位性を支える自社ならではの強み、すなわち事業ケイパビリティを確立する必要があります。

最初は漠然としたサービスやプロダクトから始まり、うまくいかなかったり、事業そのものがピボットしたりすることもありますが、試行錯誤の中でユーザーに求められているポイントや自社ならではの強みが明らかになっていきます。

この過程を、問いと仮説を立てながら、"探究"として進めるのです。以前に 探究とは「自分と世界のよりよいつながり方を探ることだ」と書きましたが、このフェーズは事業を通して市場を理解し、市場を通して事業のポテンシャルを見出していく、探究的な過程です。

数値目標だけでなく、事業目線の探究テーマを立てる

そうした探究のサイクルを通して、サービスやプロダクトの改良を重ねていくと、ある時点で事業が好転して、急成長する。いわゆる、「プロダクトマーケットフィット」です。この瞬間を達成し、ビジネスを確立することが、「事業ケイパビリティ探究期」の大きな目標のひとつです。あくまでも目安ですが、組織の人数規模でいえば、0から100人程度のフェーズに相当するのではないかと思います。

②組織アイデンティティ探究期:多角化・多層化した組織のアイデンティティを統合する

幅が広がったことで自分を見失う「人の中年期」と同様に
事業多角化フェーズで、企業もまたアイデンティティが揺らぐ。

1つ目のビジネスが成功すると、企業はいわゆる「多角化」のフェーズに入り、新規事業を立ち上げて、2つ目、3つ目のビジネスの確立を目指すことになります。不確実性の高い時代において、1つのビジネスだけで会社を存続させていくのは困難だからです。

このフェーズでは、一般的に従業員数が100人を超え、数百人から1,000人程度の組織規模になっていることが多いです。事業が増えることで、さまざまな部門が生まれ、それぞれの部門には責任者が置かれ、組織構造も多層化していきます。

このとき企業が直面するのが、組織アイデンティティの課題です。「両利きの経営」と言われるように、このフェーズでは、「主力事業のさらなる強化(知の深化)」と「新規事業開発に向けた実験的な取り組み(知の探索)」を両立させる必要がありますが、その結果、「私たちはいったい何の会社なんだろう」「私たちはずっと真面目にやってきたのに、新規事業部門の人たちはなんだかチャラい」とアイデンティティのゆらぎや社内の分断が起き始めるのです。

また、小さな組織のうちは暗黙的に共有されていた創業メンバーの特性や組織のカルチャーや価値観も、メンバーが増えると、容易には共有できなくなります。社長が一人で全員を見るような形で成り立っていたマネジメントや評価制度も機能しなくなります。

したがって、このフェーズにおいて企業は、組織を機能面と精神面の両面から整備する必要があります。組織構造を適切に設計しつつ、「私たちは何者なのか」「私たちらしさとは何か」といった組織アイデンティティやこれまで暗黙的に共有されてきたカルチャー、価値観を言語化し、組織文化を醸成して、個々の従業員と組織のつながりを取り戻す必要があるのです。

これが「組織アイデンティティ探究期」という2つ目のステージです。

事業多角化フェーズでも引き続き事業ケイパビリティを磨くことは不可欠ですが、組織アイデンティティの探究を行わないまま多角化を続けると、異なる事業の間で矛盾が生じたり、組織の一体感が失われ、組織の「アイデンティティ・クライシス」が起こる可能性があります。

複数の事業を確立した結果、組織のアイデンティティ・クライシスが起こる――この現象はまさに、人間のキャリアステージにおける「中年期のアイデンティティ・クライシス」とまったく同じ構造を持っています。

「中年期のアイデンティティ・クライシス」とは、若い頃は得意技を磨くことだけに集中していればよかったものの、中年期に差し掛かかって複数の得意技を獲得し、求められる役割が多様化することで、「自分は何者なのか」「何のために生きているのか」がわからなくなる現象を指します。

詳しい内容とその処方箋については下記の記事で解説していますが、要するに人間も企業も、中年期に拡散したアイデンティティを再統合する必要があるのです。

③社会的ミッション探究期:より抽象的な問いと向き合い、大きな組織を整合させ続ける

大企業は、いわばシニアのキャリアステージ。
成熟した公器として、社会における存在意義とミッションを探究する。

企業の成長における最後のステージは、人間の探究型キャリアステージと同様で、「社会的ミッション探究期」です。

このフェーズでは、事業多角化がある程度成功し、複数の事業を並行して運営できるような状態になっており、一従業員数も1,000名を超えていると思います。上場している会社も多く、さまざまなステークホルダーが存在し、より強い社会的責任が求められるようになります。

このとき、企業は改めて「私たちは何のために存在しているのか」という根本的な問いに直面します

もちろん、ミッションやビジョンといった概念は、スタートアップの段階から言語化している会社が多いと思います。しかし、スタートアップ期のミッションやビジョンは、どちらかというと自社のプロダクトやサービスが世の中にもたらす価値を翻訳するような形で言語化されることが多い。そしてそれは必ずしも「社会的」なものである必要はなく、ユーザーのペインを解消し、ニーズに適切に応えることができれば、ある程度事業が成り立ってしまう。

一方、社会的ミッション探究期においては、より多くの人々を巻き込み、大規模な資金を動かしてビジネスを展開していく中で、「社会の課題をどのように解決していきたいのか」「人間という存在をどのように捉えているのか」といった、より哲学的な問いに向き合う必要性が出てきます。「このビジネスが成功すれば、世の中にこういう価値が提供できる」というレベルを超えて、より多面的・複眼的に、この社会におけるビジネスをやっていくことの意味を考える必要があります。これは答えの出ない、非常に難しい問いです。

具体例として、先日イベントで対談をご一緒させていただいたアサヒビールを事例に考えてみましょう。アサヒビールは紛れもない大企業。社会的ミッション探究期にある企業の1つだと言えるでしょう。

アルコールの消費量が年々減り続ける中、近年アサヒビールは、低アルコールドリンクやノンアルコールドリンクの事業にも注力しています。しかし、自らを「アルコール飲料の会社」と定義したままこれをやっていては、ともすると「自らアルコール文化を衰退させるような事業をやってどうするんだ」と、自己矛盾に陥ってしまうでしょう。

そこで、アサヒビールは、自分たちを「スマートドリンクの会社」と再定義し、「お酒を飲む人も飲まない人も楽しめる、新しくて楽しい生活文化の創造」という新たなミッションの探究を始めています。

このように、社会の大きな変化の中で、あるべき社会のビジョンを描き、自分たちはどういう存在になっていくべきなのかを探究することこそが、社会的ミッションの探究なのです。

そのためには、以前のnoteで主張した通り、社会を「表層」ではなく「深層」で捉える視点が不可欠です。

事業ケイパビリティ探究期は「表層」を捉えた探究でもよいが、
社会的ミッション探究期は世の中の「深層」を捉える必要がある。

そして、個人の探究型キャリアステージと同様、「社会的ミッション探究期」に到達したからといって、事業ケイパビリティの探究や組織アイデンティティの探究を終わらせてよいということではありません

数千人から数万人、なおかつ20代の新入社員から40代、50代、60代のベテラン社員まで、多様な年齢層と背景を持つ人々が働く巨大な組織において、従業員一人ひとりのキャリアと自己実現を背負いつつも、「事業ケイパビリティ」「組織アイデンティティ」「社会的ミッション」を同時に探究していくこと。これこそが、大企業経営の難しさの本質なのです。

複雑な組織に整合性を取り戻す「Creative Cultivation Model(CCM)」

以上、企業もまた人間のキャリアステージと相似形に成長し、探究を深めていく、という見取り図を持つことができます。

人と同様に、外向き→内向き→外向き..と探究のベクトルが切り替わっていく

しかし人が長い人生において探究をし続けることが容易ではないことは、企業もまた同様です。

特に「組織アイデンティティ探究期」や「社会的ミッション探究期」に到達し、さまざまな変数が増えると、組織はバラバラになりやすくなります。組織内の要素をロボットの部品のように捉え、合理的に問題解決を行うだけでは、組織はアイデンティティを失ってしまいます。そこで必要になってくるのが、「事業ケイパビリティ」「組織アイデンティティ」「社会的ミッション」のそれぞれの探究の整合性を取り続けるという視点です。

下記の記事でも解説していますが、そもそも「組織づくり」とは、組織の構成要素を「整合」させ続けることでもあります。

そして、大企業やメガベンチャーのような変数が多くなってきた組織に対し、事業と組織とひとり一人の従業員がうまくつながりを感じられるような状態の実現を支援する組織コンサルティングは、MIMIGURIが得意とする領域でもあります。

そんなMIMIGURIで活用しているのが、「Creative Cultivation Model(CCM)」という組織づくりのモデルです。このモデルでは、これまで紹介してきた「社会的ミッションの探究」「事業ケイパビリティの探究」「組織アイデンティティの探究」といった探究の各ステージが中心軸にあり、その根底には従業員一人ひとりの「個々の自己実現の探究」があります。

そして、組織を機能面から支える事業、組織、業務の構造と、精神面から支えるブランド、組織文化、職場風土がその両再度にあり、それぞれの変数が互いにうまく噛み合うように設計されています。

「Creative Cultivation Model(CCM)」について、詳しくは下記の記事をご参照いただければと思いますが、本記事でお伝えしたかったのは、人間と企業の成長プロセスは相似の関係にあり、企業もまた人間と同じように、さまざまな悩みや矛盾を抱えながら自己のアイデンティティを探究していく生命体的存在であるということです。

ぜひ、「Creative Cultivation Model(CCM)」も組織の見取り図としてご活用いただきつつ、ご自身の会社のステージについて考えてみていただけましたら幸いです。


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