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思わぬ出来事/アランニット制作日記 11月前編

 「霜降」という節気がある。古代から使われてきた「二十四節気」という暦があり、これは太陽の位置をもとに1年を24等分したものだ。「立春」や「夏至」もそのひとつで、「霜降」は秋の最後の節気にあたる。

 今年の「霜降」にあたる10月24日、ある知らせが届いた。予定されていたアトリエショップが延期となり、それにともなって新作アランニットのオンライン発売日も延期となったという。理由は「商品追加の遅れ」とだけ発表されていた。

 その知らせから2週間が経過した11月のある日、ゆきさんのアトリエを訪ねて、一体何があったのか、話を聞かせてもらうことにした。

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「本当は、10月26日と27日にアトリエショップを開催する予定だったんです」。グラスにお茶を注ぎながら、ゆきさんが語る。

「26日は予約制で、27日はフリーオープンにして、いつでも誰でも来ていただけるようにと計画していました。アトリエショップが始まる前に、先にオーダー会で注文してくださった方の分を発送しようと思って、段ボールからニットを取り出した時にある異変に気が付いて、『え!』って、膝から崩れ落ちました」

 今年のアランニットは、パープルとネイビーだ。それぞれの色に染めを施したニットに、箔を押すデザインだ。しかし、いざ出荷しようと検品してみると、ネイビーに押した箔が輝きを失っていたのだ。

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化学変化を起こして、銀の輝きが透明に変わってしまった箔(手前)

「3年前もネイビーとレッドに染めたのですが、そのときも箔がなぜか数週間で変化して、全部駄目になってしまって。一緒に染めた他の色ニットは変化がなく、どうしてその2色だけなのか原因がわからなかったんですけど、今回、またもネイビーが同じ現象になってしまったんです。染工場さんやインクのメーカーさんと一緒に調べたら、染色後に使う色止め剤の中のフッ化水素という成分が化学反応を起こしたようで、箔のアルミが消失して、透明になってしまって…。」

 色止め剤とは、濃い色に染めた場合、色移りを防ぐために使用する薬品だ。8月にサンプルを染めたときには、サンプルは色移りを心配する必要も少なく、色止め剤は使用されていなかった。量産に入ってからも、当初は使う予定はなかったけれども、染め上がったネイビーのニットは思ったよりも色が濃く、安全のために万全を期そうと色止め剤を施すことになったのだ。

 箔と色止め剤が化学反応を起こす。それは誰にも予見できないことだった。ニットに染めを施し、そこに箔を押す過程には前例が少なく、わからないことがまだたくさんある。

「調べていくと、そもそもウール自体にも硫黄成分が含まれているんです。硫黄には金属を変色させる作用があって、例えばウールジャケットの金属ファスナーやボタンが黒ずむことがあるのも、硫黄成分が作用しているそうです。羊の個体差によって硫黄成分の強いものと弱いものがあるようなので、今年からウール素材のお手入れについて詳しく書いた紙も一緒にお客様にお渡しするようにしました」

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 問題が発覚したのは、アトリエショップの3日前だ。このままではお客さまがやってきてしまう――ゆきさんは急いでアトリエショップを予約してくださったお客さまに連絡を取り、延期させてもらいたい旨を伝えた。そして、9月のオーダー会でネイビーのニットを注文してくださっていたお客さまにも連絡を取り、事情を説明した。

「オーダー会には、遠路はるばるきてくださったお客さまもいらっしゃったので、まずはきちんとお伝えしないとと思って、メールや電話で連絡させていただきました。全額返金させていただくか、もう一度アトリエにお越し頂いて、他の色のニットを選んでいただけないかとお願いしたんです。ほとんどの方がもう一度選び直してくださると言ってくれて、本当に感謝の気持ちと申し訳なさで、涙涙でした」

 そうして11月3日と4日に再び、アトリエでオーダー会を開催した。それと同時に、箔が透明になってしまったネイビーの代わりに、パープルのニットを追加で染めることになった。「今年の新作は50着」と発表しており、パープルが25着、ネイビーが25着となるはずだった。でも、ネイビーは25着すべてが販売できなくなってしまったので、パープルを25着追加で染めることにしたのだ。

 僕がアトリエを訪れたのは、そういった作業がようやくひと段落したタイミングだった。「ようやく作業が落ち着いて、昨日は疲れ果ててずっと寝ていたので、一日半ぶりに外に出ましたよ」。アトリエでお茶を飲みながら、ゆきさんはそう言って笑った。

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【アランニット制作日記 11月後半】 へ続く

words by 橋本倫史

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