「浮気されたのに涙もでなかった」
午前1時。お風呂あがりにテレビを見ていると、女友達から「別れた」という3文字のLINEが届いた。
「え、あんなに順調そうだったのに?」という疑問を飲み込んで急いで髪を乾かし、車に乗り込む。
こういう時、言葉はほとんど役に立たない。
だから愛情は、行動と、距離で伝えたほうがいい。何かを失った直後の人に、言葉でしか「そばにいるよ」と言えないのなら、黙っていたほうがマシだ。
「浮気されたのに涙も出なかった」
「……そう」
「『お前は俺がいなくても大丈夫でしょ』だって。…まぁ、誰かに支えてもらわなきゃダメなほど弱くないけど。でも、だからって、ひとりで生きていきたいわけじゃない」
「うん、」
道中のコンビニで買ってきたレモン堂(500mlのほう)を飲みながら、彼女は破局の原因が恋人の浮気であったことを打ち明けた。「涙もでない」という言葉どおり、声色を変えずに淡々と一通り話し終えたあと、
「強くなったら、愛されなくなるのかな」
と、微かに揺れる声で私に尋ねる。
「馬鹿、そんなわけないじゃん」
ぎゅっと抱きしめると、肩が小さく震えていることに気づいた。何も言えないまま、わたしは子どもをあやすように、彼女の背中を優しくさする。
「…この3年間、なんだったんだろ。
ひとりでまともに歩けないと『メンヘラ』とか『面倒くさい』って言うくせに、逞しくなったら浮気するんじゃん」
ちゃんと愛されたかったし、自分で自分を愛せるようになりたかったから、努力したんだよね。
「やっぱり男に頼らないと、仕事も頑張れないような女でいたほうが良かった?泣いてばかりのほうが可愛かった?」
「そんなことないよ」
「……わたし思ったの」
「うん?」
「強くなったら、もう弱い自分には戻れないんだね。浮気されるような女になっちゃったけど、私はやっぱり……もう、あの頃の自分に戻りたいとは思えない」
「…うん」
「……あーあ、涙出てきた」
強さって、なんだろう。
他人の力を借りずに、対峙する恐怖や苦しみをひとりで乗り越えられるようになることを「強さ」と呼ぶのであれば
彼女が言うように、人は強くなるたび、何かを失っている。事実として。
裏切られたことよりも、
「俺は要らないでしょ」と言われて
「要らない」と言えてしまったことが、
何よりも悲しかったんだろう。
キミがいなくても生きていける
ということが、証明されてしまった夜。
涙を見せないことは、強さなのだろうか。
「行かないで」と縋ることは、弱さなのだろうか。
「痛い」と静かに泣きはじめた彼女の声には、絶望が混じっていた。
もう簡単に、「弱いままでいい」と自分を慰めることができない。愚かに他人の優しさや力を求めることができない。そうして切り開けるようになる未来や、希望も数多くあるけれど。
強くなることは、幸福ではないかもしれない。
弱いことは、不幸ではないかもしれない。
どちらでもあるし、どちらでもない。
そう思いながら
彼女の涙をただ静かに、讃えていた。
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