無自覚な人たち
昨日のブログというかnoteの記事がこんな内容でした。
僕が本当に書きたいことというか、伝えたいニュアンスは他のところにあったのに、途中から「飲食店のためにできること」みたいな話になってしまいました。
もちろんその話も(非常に)大事なんですけど、書きたかったことはちょっと違かったのです…だから今日のは少し補足したいな、と思いました。自分で書いたものの説明するというのはあまり良くないと思うのですが(想像力を奪うので)。
自分でもちょっと書き足りなかったので。
昨日、書きたかったことは「誰もが無自覚に何かの原因となっていることがある」ということです。
お店を気に入ってくれて、でも2時間で500円しか使わないお客様はいたずらにお店の体力を奪っていると言えます。この例ではラストオーダーでも何も注文せず、他のお客様はお帰りになっているので、そのお客様がお帰りになれば僕も店じまいをできる、という状況です。
それ自体は悪いことではないんですよ。そういうものなので。お店で決めているわけでもないし。
しかしながら500円でラストオーダーをまたいだ2~3時間の滞在はなかなかだよなぁと。
正直、それが毎日続いたら結構厳しいと思います。
でもそのお客様はうちのことを気に入っているわけなので無下にもできないじゃないですか
だから…
「突然、加害者に誰もがなり得る」みたいな話とも違うんです。
「飲食店では店の存続のために気を遣えよ」ということでもないです。
そういう事実や側面はあるとしても、大事なことはそれではなくて「善意が、気づいたら最初の目的から大きくそれてしまって全く違うところに刺さってしまう可能性」のことを書きたかったのです。
そして「それは誰もが無自覚に常にやっていて」さらに「常に全員の側にある(起こりうる)」ということなのです。
なのでその最初に書いたお客様が「とてもいいお店ですね!」とお帰りになった後に思ったことは「怖い」でした。善意が、相手とすれ違うと意味が変わるんだな、と改めて気付いたのです。
肝に銘じて生きねばなりません。大事なことは想像力です。
はい!この話終わり!
(説明が難しい)