『夏の花束』
太陽は、とても強い光を放っていた。
蝉がひっきりなしに大声で鳴いていた。あんなに小さな身で、大声で叫んでいるのだから、その中で感情が爆ぜているのだと思った。でも、それが悲しさなのか、苦しさなのか、寂しさなのか、私は知らない。蝉の声は好きになれない。
理想の夏は静かだ。蝉の声はなく、風鈴の音と、時折ラムネの音がする。現実は、蝉の大きな声と、今にも溶けだしそうなアスファルト、時折聞こえる全速力の室外機。歩くだけで嫌になる。
喫茶店の前を通りかかった。ちょうど人が出てくるところで、冷気が漏れ、私を惹きつけた。少し涼んでいこうか、そんな気持ちが湧きあがる。財布の中身を思い出し、逡巡する。その間にも日差しは私へと手を伸ばす。もう耐えられないと思って、結局入ることにした。手動の扉を開け始めると、ベルが澄んだ音を鳴らしだす。隙間から冷気が逃げ出してきた。一気に、気持ち良い冷たさがやってきた。
後ろで扉が閉まる。透明な音は段々と落ちていく。
余韻が店に溶けだした。
にわか雨が降ってきたのは、それから少し経ってからだった。夏の通り雨だった。
私は、ガラスの向こうを見つめていた。ガラスを雨が伝っていた。道路は雨に染められていた。
さっきまでは空は青にあふれていたのに。しばらくはここから出られそうにない。傘のない私は、ただ何をするでもなく、時間が経つのを待っている。
ガラスのフレームの中は、雨一色。それ以外は添え物だ。街並みを飾る色は鈍り、人間たちはこそこそと前を急ぐ。
私は、アイスティーを少しずつ消費しながら、ただその様を眺めていた。
傘もささずに青年が一人、雨の中に立っているのに気付いた。手に花束を持ち、独り誰かを待っているようだった。雨はまだ弱まることを知らない。あの青年は、雨宿りすることは知らないのだろうか。待ち人は、来る気配はなさそうだった。
しばらくして、彼は花束を喫茶店の壁に立てかけて、歩いて行ってしまった。彼の髪は、すっかり雨に馴染んでしまっていた。残される花たちは、献花のようだった。
少しずつ雨は弱まっていった。雲の層は薄れていった。地面を打つ雨は少なくなった。
もう止みそうというとき、私は喫茶店を出た。置いていかれた花束がある。私はそれに手を伸ばす。花びらにのっていた水滴が、持った拍子に零れていった。そのまま私は歩き出す。
盗む?、そんなものじゃない。
雨上がりの空気のなか、ほどよく夏の匂いがした。
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