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【日本最長の「路線」バス!】和歌山から奈良へ6時間半かけて移動してきた紀行文(奇行文)【八木新宮特急バス】

あなたはいま右のスクロールバーを見て、その小ささに引いているかもしれません。

でもこのnoteを閉じる前に言わせてください。このnoteが長いのは決して僕の文章が長いからなのではなく、僕が乗ってきたバスが長いからである、と。

前編・後編で分ける案もありましたが、それはこのバスの長い旅路とそのドラマの魅力を半減させてしまうと思い、あえて分割しないことに決めました。ですから、皆さんにもこのnoteでは途中下車することなく最後まで旅路にお付き合いいただければ幸いです。

世の中には変なものがあるんです。こちら。

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​(奈良交通のチラシより)

「日本一距離の長い路線バス・八木新宮特急バス」

険しく立ちはだかる青々とした山々を背景に、賑やかな車体のバスの写真が目立つチラシです。和歌山県の下の方の「新宮(しんぐう)駅」と奈良県の「大和八木(やまとやぎ)駅」の間を、「紀伊半島」を縦断する形で結ぶバスなのだそう。

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\なんと!/
所要時間は約6時間30分!
スローなバスの旅はいかがですか?

突然ですが、僕はスローな旅が好きな人間だという自覚があります。JRの「青春18きっぷ」を使って一日中列車に乗り継いで日本中を移動するような旅をしばしば実行するからです。

そして僕は奈良が好きです。奈良という場所は、僕にとって古の日本の残り香を肌で感じ取ることができる素敵な場所です。たくさんの鹿さんがいる奈良公園・東大寺のあたりとか、法隆寺とかね。でもそれって、ほんと奈良県北部のごく一部の地域なんですよ。

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せいぜい僕が知ってる奈良県の北部の部分って、大きめに見積もっても奈良県全体の3分の1程度なもんです。では、残る3分の2の部分って、一体何があるんでしょう……? この地図にさっきのヘンテコリンなバスの運行経路を書いてみると、

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見事に例の「謎」の部分をブッちぎってます。イカしてますね。もちろん、「謎」の大部分のうちのほんの一本の線でしかないのですが、それでも今まで知らなかった奈良県南部を知るという点で、このバスに乗りに行くことはとてつもなく大きな意義があるのではないでしょうか?

そもそも僕はこのバスには前々から興味を示していました。そもそも奈良県南部の「謎」エリアよりも、ぶっちゃけこのバスの存在自体が「謎」な存在だからです。

なぜかというと、さっきの「謎」エリアは大半が山であり、誰がこんなバスを使うのかが「謎」だから。ずっと山の中を走り続けるバスがあるんです。6時間半かけて。おかしいと思いませんか? 誰が使うんだそんなバス。特急バスとはいえ高速バスでも夜行バスでもないのに。ずっと山ですよ山。そもそも人が住んでいるのか? いやまあ十津川村とか龍神村とか天川村とかいくつか村があってそこに住んでいる人がいるってのは知識として知ってるんですが、いまいち実態を知らないからイメージが浮かび上がらないんですよね。だからこそ、余計に好奇心が湧いてきます。だって奈良県好きだし。奈良の南側はどんな景色なのか、そんな冒険心を膨らませながら、僕はこのバスに乗ってみることを決めたのです。僕はバスオタクではないんですけどね。

1.新宮駅

2021年4月3日(土)午前7時40分。朝の新宮駅。

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すぐ北は三重県との県境なので、事実上和歌山県の最果てです。正直、ここ新宮駅に来るまでにもだいぶ苦労します。遠い。大阪から来ても名古屋から来てもどっから来ても遠い。この朝7時のバスに乗るために新宮で一泊する必要があるぐらいですから、そのぐらい気合を入れてこないとここには辿り着けないしバスには乗れないんです。

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早速これから6時間半の旅を共にするクルマとご対面。まだまだ人気の少ない駅前で、既にバスは出発を待っていました。新宮駅発→大和八木駅行きのバスは、一日に3本運転されています。

新宮駅発 ・5時53分発 ・7時46分発 ・9時59分発

以上の3本で、最後の9時59分発が大和八木駅行きの終バスです。21時59分じゃありませんよ。朝の9時59分です。

このバスは途中3回の休憩がありますが、車内にお手洗いの設備があるような高速バスではなく普通の路線バスなので、万が一6時間半の移動中に体調が悪くなったりすると大変です。もし途中で下車しないといけないような事態になったとしたら、9時59分のバスではそれはを意味します。9時59分の便で一度途中下車してしまうと、その日はもう待てど待てど夜が明けないと次のバスは来ません。かといって流石に早朝の5時53分は早すぎるので、今回僕は保険もかねて間の7時46分の便に乗ることにしました。この日2本目のバスです。

見かけは割と普通の路線バス。「大和八木行き」って堂々とした表示があるにも関わらず、思った以上~~に佇まいが普通の路線バスなもので、

「本当に大和八木まで行くんか? 実は同じ時間帯に出発する別のバスなんじゃないか? 違うバスに乗ってしまい朝から今日の旅程が詰むのではないか?」

と不安になります。何も知らない人がこのバスを見ても、このバスが「さあ今から6時間以上走るぞ!」とは思えないでしょう。

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とは言っても、車体を観察するとめっちゃ奈良アピールをしていることが分かります。ここは和歌山県なのに、北の奈良県のゆるキャラや観光名所などを車体全体を使って強くPRしてきており、やはりこのバスが奈良方面に向かうバスなのだという確信が湧きます。ちなみに僕の推しは写真中央下部に写っている葛城市の公式マスコットキャラクター蓮花ちゃんです。かわいい。

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車体後部は和歌山県のきいちゃんと奈良県のせんとくんが並んでいます。ちなみに僕はこのラッピングで和歌山県のマスコットキャラクターを初めて知りました。そしてこの地図上に示された長い行路、このバスの後ろを走っている車のドライバーは何を思うんでしょう?そもそもこのバスの存在、地元での知名度はいかがなものなんでしょうか。とにかく、奈良交通はこのバスを車体全体を張ってPRしたいようです

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内装もいたって普通の路線バスです。が、よく見ると窓にはカーテンが備え付けられていたり、座席には枕カバーがかけてあったり、そして、

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ドリンクホルダーが付いていたりします。流石にリクライニングはできなかったと思いますが、一見普通の路線バスのように見えて、細かいところは長距離の乗車に配慮して設計されているんですね。それにしても、ドリンクホルダーの横に「降りますボタン」が平然と設置されているのもバスとしてはなかなか異彩を放つ組み合わせです。僕はこのボタンを押すことは終始一度もありませんでしたが。

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一応整理券を取っておきます。始発の新宮駅なので、輝かしい1番。これから166の停留所があるというもんですから、栄光ある1番です。終点近くで整理券を取るとやっぱり3桁になるんでしょうか?

2.出発~熊野速玉大社

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乗客は僕ともう1人、合計2人いました。今日は土曜日なので、朝早い時間とはいえコロナ禍でなければもっと乗客はいたかもしれません。もう一人の乗客の方は僕のように物好きな旅行者の風貌ではなかったので、一体どこに行くんだろうと密かに気にしつつ、朝の7時46分、2人の乗客を乗せたスローなバスは、まだ眠気の残る新宮の街を静かに出発していきました。

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「ご乗車ありがとうございます。このバスは、302系統、川湯温泉、湯の峰温泉、本宮大社前、ホテル昴、十津川温泉、上野地、五条バスセンター、高田市駅経由、大和八木駅行きです」

いや経由地多すぎやろがい。知らん経由地多すぎて「大和八木駅行き」を聞くまでほんまにバス合っとんか不安になるわ。

7時50分、出発からほどなくしてバスは最初の停留所、世界遺産・熊野三山の一つ「熊野速玉大社(くまのはやたまたいしゃ)」の最寄り「速玉大社前」に到着します。新宮駅からも歩いていける距離で、熊野三山の中で最もアクセスしやすい社です。

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(熊野速玉大社・2020年撮影)

僕は昨年夏に熊野三山、熊野那智大社(くまのなちたいしゃ)・熊野本宮大社(くまのほんぐうたいしゃ)そしてここの熊野速玉大社の三社を参拝してきたので、今回はお参りしません。というか、お参りするとここでミッション失敗不可避。降りる乗客も乗りに来る乗客もいなかったので、バスはあっけなく停留所を通過していきました。このあたりはまだまだ街の景色ですが、速玉大社前を過ぎるとやがてトンネルに入り、景色は一変します。

3.熊野川を右に

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進行方向右手には雄大な熊野川(くまのがわ)、そして迫りくる山。出発から20分もすると新宮市の街並みとは一瞬で別れを告げ、これから自然の中を突き進んでいくんだという気配をグッと間近に感じます。今回天気はあいにく曇りで、まるで中国の山奥深くの霊場に来たような気分です。昨年の夏、熊野三山に訪れたときは晴天で、山々がとても青々としていて美しかったのですが、これはこれでまた深山幽谷のような趣がありますね。

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ちょっとカメラが写り込んでます。熊野川はしばらくのあいだ和歌山県と三重県の県境になっていて、つまるところ川の向こう側がもう三重県なんですが、対岸の山には土砂崩れの痕跡か、それとも採石場……?のようなものが見つかることが珍しくありません。

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そして今走っているこちら(和歌山県)側も路面を工事しているところがよく見受けられます。こちらは進行方向右手側。写真は撮っていませんが、進行方向左手側は対岸の景色と同じように山の壁です。でっかい川とでっかい山、そして川沿いに作られた道、それ以外ほぼ何もありません。

もともとここはそれほど交通量が多くない道ですが、こういった工事による片側車線が潰れているところで、お互いに道を譲り合って走るのは日常的な風景のようでした。それといま乗っているバスは、後続の車が団子状に滞らないように、スペースのある場所で一旦停車して後続の車に道を譲る場面も多かったです。工事のトラックがよく通過した印象があります。

まあこのくらいの景色や道路の工事は別に驚きやしませんわ。なにせこのあたりは以前熊野三山を詣でたときに通っていて既知の景色なのでね。

4.川湯温泉・渡瀬温泉・湯の峰温泉

熊野本宮大社に着くまではこの道は再訪になるから、のんびり雄大な熊野川でも見て過ごそうでないか。そう思いながら出発からおよそ1時間、途中からバスは僕が知っている道をそれて……

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オイオイオイどこ行くねんお前お前お前~~~!

すんごいとこ走りに来よる。対向車来たら終わりやで。こんなとこ知らん、知らんぞわしは。突然のサプライズ、新宮駅から本宮大社前までは以前訪れた道と同じ道を通るもんだと思ったら、見事に期待を裏切ってくれました。さすが奈良交通、アトラクションとしてのサービス精神も旺盛、地元のバス会社と差をつけていきますな。

んまぁーこういう道って山奥に行けば日本中どこにでもあるんですけど、こんなでっかいバスが通るか普通? 乗用車でも運転するの気を使うぞ。それを車体がデカいクルマが通るって、こっわ奈良交通。そうして木々が立ち込めるなか曲がりくねった細長い山道を走って、どこに連れて行かれるのかというと、

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人里だ……。

少々雨模様だったので景色はどんよりしていますが、「トンネルを抜けると雪国であった」に近いような、小さな感動がありました。時刻は8時53分、「下湯川」停留所付近です。Googleストリートビューで同地の景色を見つけたので貼っておきます。こっちも偶然ですが曇ってますね。

進行方向は左の方向で、視点を左右に回転して見てもらうと、このあたりの道の狭さが分かっていただけるかと思います。この付近は川湯温泉・渡瀬温泉・湯の峰温泉と温泉地が密集しており、このバスはそれらの温泉地を全部拾っていく形で走行するようです。このバスは温泉旅行客の足として機能していることがうかがえます。

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出発から既に1時間が過ぎた8時56分、「湯の峰温泉」停留所です。温泉の湯気らしきものが見えます。山間の狭いエリアに温泉や旅館が密集しているようです。せっかくこんな知る人ぞ知るような秘境・秘湯スポットみたいなとこまで来たのだから一泊して秘湯を独り占めしてみたいものですが、僕は「降ります」ボタンを押すこともなく、バスはあっけなく通過していきます。今回はこのスローなバスの旅で奈良入りをすること自体が目的ですので。とはいえども、良さげな観光地が次々と経由していくのにそこで観光することはないなんて、僕は何故このバスに乗っているのか? 小さな温泉街に漂う湯気を窓越しに見ていると、不思議とそんな気分が湧いてきます。

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温泉密集地の余韻に浸る間もなく、バスは再び山の中をぐるぐる走る。流石にこういうところを走る路線バス、そこに住んでもいない限り、自分から乗りに行こうと思わない限り乗れないですね。

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車体の長いクルマが、こんなカーブをぎゅんぎゅん曲がっていきます。ちなみに地図で示すと、

このへんです。エグない?このグニャグニャに溶けたようなヘアピンカーブ。ってかこんなにグネグネしとったん初めて知ったわいま地図見て。というかこれほぼ地元民の生活道路やろ。ほんまにクレイジーやなこのバス。クレイジーバス(褒め言葉)。

5.大斎原前

さっきの温泉地のところは賑わいがありましたが、その前後は見ての通り完全に秘境。マイカーで何も下調べなしで家族旅行とかに行くとビビっちゃうかもですね。一歩間違えると千と千尋の神隠しになっちゃうかも。

前回熊野三山を参拝したときは、新宮駅から1時間と少しで熊野本宮大社に着くのですが、既に出発から1時間以上経過、ここは一体どこなんだ……。まったく本宮大社に着く気配がないぞ……。

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……って思ったら来た!!大斎原(おおゆのはら)の大鳥居!!高さが33.9mある、日本最大の鳥居です。これが見えると熊野本宮大社はすぐそこ。大斎原は去年の良い写真がありせっかくなので紹介しておきましょう。

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(大斎原の大鳥居・2020年撮影)

奥の道に人が写っているので、それと比較すると鳥居の大きさが実感できるかと思います。熊野三山に詣でる人は、ぜひ大斎原もお参りしてください。というか熊野三山詣でるならちょっと無理してでもその足で大斎原も行かないと絶対損です。個人的にはここが観光・参拝の一番のクライマックスと言っても過言ではないと思います。

もともとこの場所がかつての「熊野本宮大社」(後述)のあった場所で、大斎原 ≒ 旧・本宮大社なのですが、明治の大水害で社殿の多くが流されてしまい、それで移設されたのが後述する現在の新・本宮大社という由縁になっています。現在は水害の痕跡も見えず、このように大鳥居に見守られ田畑と化し、「美しさ」と「もののあはれ」が混じり合った情感が溢れてきます。ここは伊勢神宮に並ぶ、「日本のはじまりの土地」だと思います。大自然の中で静かに自分と向き合うことの出来る素敵な場所です。この土地の魅力をもっと語りたいのですが、今回はそれが本旨ではないので、ご興味のある方は「大斎原」の歴史も踏まえて調べてみてください。まあ、今回のバスによるスローな旅では通過しちゃうんですけれどね。

6.本宮大社前

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大鳥居と別れてからわずか1分後の9時07分、バスは「熊野本宮大社」の最寄りである「本宮大社前」停留所に到着します。ここはロータリーとなっており、バスターミナル的な存在の停留所です。たまたま写真左側に龍神バスがいますが、ここには多様な会社のバスが来るようで、写真の龍神バスのほか、熊野御坊南海バス明光バス、そして僕が乗っている奈良交通のバスなどが来るようです。熊野三山は日本全国から参拝者が来ますし、そのうえ車でないと到達が難しい場所なので、複数のバス会社が運用に来るぐらいそれだけ需要があるのでしょう。ただ利用する際は気をつけた方が良いかもですね。新宮駅に行きたいのに間違えて全く違う方向のバスに乗って紀伊田辺に連れて行かれちゃったり、乗り放題切符を持っているのに会社が違うバスに乗っていて丸ごと運賃を請求されたり、なんてことが起こり得るので、バスご利用の際はよく調べておくことをオススメします。

そしてなんと、ここで乗客1名が下車されました。おそらく本宮大社にお参りに行かれるお客さんだったのでしょう。ここであることに気が付きます。このバスは新宮駅から熊野本宮大社にお参りする人の足にもなっているということを。いや、そんなの時刻表や路線図見たら一目瞭然なのですが、いざそういう使い方をしている乗客を一目見ると理解度が違います。今は9時過ぎ、まだ朝の時間ですから、朝早いうちに参拝に行きたい方にとっては結構都合の良いバスなんですねこれは。もっと言うと、いま僕が乗っているバスのもう1本前を走る第1便は、新宮駅を5時53分に発車して7時14分にここに着くそうなので、(時刻表検索をした限りでは)第1便のバスが公共交通機関で最も朝早くに本宮大社に着くバスなのでしょう。なんとそういう使い方があったか……、僕は朝が苦手で早朝に神社仏閣に巡るということがないので、ちょっと盲点でしたね。

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(熊野本宮大社・2020年撮影)

そしてもう一つ、お客さんが一人下車されたということは、残る乗客は僕一人ということ。車内は完全に運転士さんと僕一人になりました。この先は完全に未知のエリアです。さあたった一人の物好きな乗客を乗せたこのバスは、一体どこへ案内してくれるんでしょう。

7.和歌山県から奈良県へ

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まだまだ熊野川は上流へと続きます。さきほど大斎原について書きましたが、かつての旧・本宮大社はもっと大規模な境内と社殿だったそうで、そのほとんどを水害で流してしまうということを考えると、この熊野川の規模の大きさが予想できるのではないでしょうか。2011年9月にも台風に伴う豪雨で「紀伊半島大水害」が発生しています。いまは川は穏やかですけれど、川幅自体はめちゃくちゃ広いですからね。

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そしてついに「十津川」の文字が!本宮大社を過ぎると、奈良県は案外すぐそこのようです。と言っても、奈良県の南端部分ですが。

どうやら地図で見ると本宮大社から十津川方面は直線状の大きな国道(R168)があるそうなのですが、このバスは右の旧道の方を走っているようです。やはり地元の足としてのバスを担うことを意識しているようで、バイパスなどを通って速達化を図ることはしないそう。そして気が付くと、知らぬ間に結構な勾配を登ったらしく、バスは高いところに来ていました。

8.十津川村へ突入

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県境がどこかはっきり分からぬまま、既に奈良県十津川村(とつかわむら)に入っていました。十津川村は日本で最も面積の広い村なのだそう。ちなみにストリートビューで確認しましたが、実際に通った和歌山・奈良県境はここのようです(国道の方はこの左側、トンネルになっています)。

十津川村というと、西村京太郎サスペンスでお馴染みの十津川警部の元ネタとなった地名ですね。原作者が日本地図を見てたまたま目に留まった地名を主人公の名前にしたそう。ちなみに十津川警部の読みは「とつわ」ですが、このバスが今走っている十津川は音が濁らない方の「とつわ」です。

これはたまたま桜の時期に来たから分かるのですが、所々に山桜が見えてそれがアクセントになっていて面白かったです。山も小さなおめかしをするんだと。

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このバスは高速道路を使わない路線バスなのですが、こんな高架の道を走っていると高速道路か、もしくは新幹線の車窓のように感じますね。さっきまでは川沿いに道があったのに、本宮大社を過ぎて奈良県に入ると道の性格がガラリと変わるのが分かります。十津川村はもともと交通の便が悪く、水害や土砂災害が危ぶまれる険しい地域でもありながら、近代以降に奈良県が頑張ってインフラを整備したことが窺えます。

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さっきまですぐそばにあった川があんな下の方に。

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そしてこの岩肌!地すべりか何かがあったんでしょうね。今まで以上に急峻な山道を走っていきます。

9.果無隧道口

――やがて流れてくる車内アナウンス、

「次は、『果無隧道口』です。」

こんな何もない山道にも停留所があるのか……? それともしばらく走った先にあるのか……? いや待てよ「隧道」ってことはトンネルだよな。トンネルの出入り口にある停留所……? などと思っていたら、

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ぐええ~~!!!なんか出たァァ~~~!!いかにもなトンネル!!

そしてバスは古びたトンネルを突き進んでいくと、

(ピピッ!)「『果無隧道口』です(車内放送のお姉さんの明るい声)」

なんやねんここ!(まさかこんなところに停留所があるだなんて微塵も思わなかったのでストリートビュー)

9時35分、ここは「果無隧道口(はてなしずいどうぐち)」停留所です。

誰が使うんやここ。停留所があるってことは何らかの意図があって設置されてるんだろうと思って付近の車窓を注意深く見たけれど、それといって何か見つかるわけでもなく、ハイキング用の登山口か何かが見当たる気配もなく、地図を見ても何もなく、マジ意味不明でした。トンネルとインフラの保守整備する人専用停留所か??「隧道口」なんて名前がつく停留所が珍しいというのもありますが、変な停留所として異様な雰囲気アリアリのアリまくりですねここ。トトロが出てきそう。

一応このあたりの時刻表を興味本位で調べてみたのですが、今乗っているこの奈良交通の八木新宮バスのほかに、本数は少ないものの十津川村営バスが運行されているようです。といっても、十津川村営バスは運行業務を奈良交通に委託しているので実質奈良交通みたいなもんかもしれませんが。

10.熊野川→十津川へ

ぼくは川の水質には詳しくなく綺麗なのか濁っているのかはよく分かんないんですけど、いかにも「山の川」という色をしています。というかお抹茶みたいですね。おいしそう。

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今まで雄大だった熊野川も川幅が急に狭くなり、奈良県に入ることで川の名前もそれまでの「熊野川」から「十津川(とつかわ)」と変化します。

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ここはエメラルドグリーン色をしていますね。ちょっと左の重機が妙に「はたらくくるま」みたく綺麗に整列されているのが気になりますけど。

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十津川(奥)と上湯川(手前)の合流地点、微妙に川の色が異なるのが目に見えて面白いです。

11.十津川温泉(休憩その1)

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時刻は9時50分、出発から2時間ちょっとで「十津川温泉」停留所こと「十津川バスセンター」に到着! ここで10分程度の停車時間があり、1回目の休憩となります。ここを過ぎるとまた1時間近く休憩はないので、外の空気を吸いつつ、必ずお手洗い等を済ませておきます。なお、待合室に飲み物の自動販売機はありましたが、食べ物を買えるような場所はパッと周りを見た限りなかったと思います。

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2時間ぶりに車体を外から見ますが、新宮駅から路線バスとして2時間走ってきたと考えるとなんか勇ましく見えますね。路線バスなのに、運賃を支払わないで乗車中のバスから(一時的に)下車するという体験も不思議な感覚です。

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休憩時は乗務員もバスを離れることがあるそうなので、貴重品は車内に残しておかないことが推奨されます。10分という短い時間とはいえ、停車中は流転しないよう手歯止めも使用するみたいですね。

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足湯があります。が、休憩10分ですので、今回はあいにく浸かりませんでした。

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十津川村営バスは、ここ「十津川温泉」を中心としながら村の広い範囲で各所に幹線と支線を走らせているようです。中には毎週○曜日のみ運行のような路線もあるので本数がそれほど多いわけではありませんが、地元の村営バスと、この奈良交通の八木新宮バスがお互いに村内の移動手段をサポートしあっているような関係であると言えます。

この八木新宮バスはなんとなく、「このバスに何時間も乗っていないとたどり着けないような場所を走行している」というような根拠のない先入観があったのですが、村内の公共の交通手段はこの八木新宮バス以外にないという訳ではないようで、「この村内を走る数あるバスのうち最も距離が長いのが八木新宮バスですよ」「このバスに乗ると村内だけでなく新宮や大和八木などの大きな街に行くことが出来ますよ」という位置付けなような気がします。

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乗客は僕以外におらず、運転士さんも休憩に出ていたので、車内は僕を除いて完全に無人でした。

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終点の大和八木駅までまだ4時間以上もあります。まだまだ先は長い。

12.不正な実績解除

ここで、運転士さんから声をかけられました。

「お客さんどちらまで行かれますか?」

大和八木です(自分でも何を言っているのかよくわからない)」

「大和八木ですね」

運転士さんは僕の返答に特に驚く様子もなく、短い会話を交わしたのち、これを手渡されました。

「お先にこれお渡ししておきますね」

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(ウッソだろ)

(これは……賢者の証……)

同一便で始点から終点まで乗り通すと乗務員から記念乗車証をもらえるということは知っていましたが、まさか完乗する前に授与されてしまうとは……。

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「あなたは、日本一距離の長い路線バス八木新宮線の
 大和八木駅~新宮駅間を同一便で完全に乗車されたことを証明します。」
ご乗車日:令和03年 4月 3日

まだ終点まで4時間以上あんのにもう証明されちゃったよ。

(♫)八木新宮バス完乗のトロフィーを獲得しました(不正に)

これ途中で嘘ついて降りたら返してくださいって言われるのかな。いやそんなことしませんけれど、ちょっともらい方がチートっぽかったんで、ちょっと気になっちゃいますよね。

写真の後ろに写っているのは、沿線の写真と共に167の停留所を全て記した縦にクソ長~~~~~~~~~~~~~~~い路線図です。縦に長過ぎて撮ったところで写真越しで内容を伝えられるような代物ではないぐらいに長いので、広げてその全貌を撮るのは諦めました。見たけりゃ実際に乗りに行って運転士さんからもらってください。横長のA4用紙を横に2枚並べたときの横の長さぐらいあります。ちなみにこの木のしおり、樹齢約200年の吉野杉を使っているそうで、めちゃめちゃ香りが良い。合法ドラッグですわこれ。奈良交通の蘭奢待

13.十津川村の高架道路

そんなやりとりを経て、再びバスは発車。

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これは別に「高速道路」でなく普通の一般道で、「下道」というかビジュアル的にほぼ「上道」ですが、十津川村の道はだいたいこんな雰囲気がデフォのようです。川が山を切り開いているタイプの村なので、おそらく、単純に川に近い高さに道路を作ると水害ですぐ水没してしまうというのと、そもそも集落が小高いところにあるから、必然的に集落と集落の間を結ぶとこのような高さになってしまうのでしょう。このバス自体も珍しいもんですが、村内の道路がほとんど高架になっているってのも不思議な景観ですね。川が流れている地上と生活圏との間に高低差があるという意味では「天空の村」なのかもしれません。「村」のイメージに反して一周回ってハイテクといいますか。というか、車なかったらこの道で徒歩になるのかね。怖いなそれ。強風に煽られると落ちそう。

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標高差のある田舎の道だとこういったループ状の道路が作られていることも珍しくないですが、なんか高速道路のでっかいインターチェンジみたいです。中国・上海行ったときにもこんなの見た気がします。上海こんな田舎じゃなかったけど。

14.十津川村役場・新たな乗客

しばらく車内は独り占め状態でしたが、10時24分「十津川村役場」停留所に到着。ここで3人のマダムグループがご乗車されました。これで車内の乗客は4人です。これから大和八木に行くそうですが、今までちょっと時間の経過を忘れていたのに、このマダムのみなさまはこれから4時間このバスに乗り続けるのか……と思うと、なんか再び急に時間が遠くなった気がしました。僕は新宮から八木まで6時間半乗ることになっとるのにね。十津川村に観光にやってきてこれから帰るのか、それとも八木方面に用事があるのかは分かりませんが、ともかく、新宮⇔大和八木を6時間半乗り続けてる僕のような変人は稀だとしても、十津川村内から市街地まで移動する人がいる、ということは紛れもない事実のようです。あとどこだったか、普通に村内の移動のために乗車していた乗客も1名いました。

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こちらは十津川第一発電所(水力発電)へ送水する水路橋。というか十津川村、てっきり和歌山からも奈良からも遠く、近畿圏内なのに方言が関西弁でないぐらい外界から閉ざされた山奥のマジの秘境ってイメージだったんですけど、道路といい水力発電といい、思ったよりハイテク地方都市(村)なのでは???

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川沿いから離れると左右どちらの車窓も完全に「山」です。

このあたりは国道からちょっと外れた小さな集落の停留所をあちこち拾っているようなイメージで、一つの停留所を通過するとそこでUターンしてさっき来た道を戻ってまた別の方角へ進む、という行路がちょいちょいありました。

15.上野地(休憩その2)

新しい乗客を迎えているうちに先程の休憩から1時間が経っており、早くも2回目の休憩がやってきます。

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11時08分、「上野地(うえのじ)」停留所に到着です。ここで15分ほど休憩があります。出発からおよそ3時間半、だいたいこのあたりが折り返し地点になります。

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この運行系統図では、右下が始点の新宮駅、赤い色の線がこの八木新宮バスの系統で、左上が終点の大和八木駅、今いる上野地がちょうど真ん中あたりです。というか、長い。同じく大部分を並行して走っている緑色の「広域通院ライン」というのも結構な距離を走ってそうですね。

16.谷瀬の吊り橋

そしてここの休憩タイム、是非一度見に行ってみてと言わんばかりの観光地があります。それは、

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「谷瀬の吊り橋(たにぜのつりばし)」

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上野地停留所から更に上に2~3分登ったところにあります。現在はこれを上回る吊り橋が架橋されているようですが、この吊り橋を架橋した1954年(昭和29年)当時は日本一の長さを誇る吊り橋だったようです。結構多くの観光客が橋の上を歩いています。

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どれどれ、高さ54mの吊り橋からの景色ってどんなもんだろう。橋の長さが約300mということですが、300mって普通に歩くとおよそ3分、往復すると6~7分、意外と多くの人が歩いているのでそれを加味すると10分、バスに戻るまでに2~3分……、となるとバスが出発するまでに戻るのがギリギリになるので、まあ適当に途中まで歩いてちょっと景色見て雰囲気味わって戻ってこればいいや、と、そのぐらいのつもりで橋の上に足を踏み入れてみました。すると、

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いやいやいや揺らすなよオイオイオイ揺れすぎ揺れすぎ揺れすぎ無理無理無理無理無理無理死ゾ。

たった20mほど歩いて揺れる吊り橋のスリルを味わってバランス感覚死亡、ワイ終了。ッちゅーか人多すぎ。

上の写真、足場の木の板が左右に波打ってるの分かりますでしょうか? なんか現実で見ても揺れているようには見えないんですけど、いざ橋の上に乗ると思った以上~~~~~~に揺れます。文字通り「~~~~~」こんな感じに。ヤバい。死ゾ。サイドの鉄線のところを持って良いのかも分からず、向こうから人が渡ってくる時は向こう側の人の歩くリズムで揺れるので無理。中央部が最も揺れるらしいですけど、端っこでそこそこ揺れるのにあれ以上に揺れるとなったら立ち往生してうずくまって精神的に客死しそうなんでやめときました。もう十分堪能したよ。川の真上からの景色は見れなかったけど。高さが怖いとか足の下が見えるから怖いとかより単純に揺れるのが一番怖いですね。手すりがあったらもうちょい行けたかもしれん。

それにしても橋を歩いている人達、みんな嬉々として渡っているんですよ。マスクでも表情が分かるぐらい。しかもやけに自信たっぷりに堂々と歩いてるし。まあそのぐらいの意気込みで行かないと歩けないってことなんでしょうけどね、僕はちょっとバスの休憩中にあれを渡り切る勇気はありませんでしたわ。ええ。よう行きませんわあれは。むしろ誰もいない方が渡れたかもしれん。自分のペースと自分の体のバランスで渡れるから。でもバスの休憩中に往復するのは、無理やな

ちょっとゆっくりめにこの近辺を観光したいという方は、休憩として外に出るのででなく、ここでバスを完全に下車して運賃を支払って、ゆっくり観光して、喫茶店でご飯も食べて、そして次の便のバスが来たら乗る、という旅行プランをオススメします(終バスとなる第3便はどこかで宿泊しない限り不可)。というか、元々このバスを使った宿泊を伴わない観光はそういう用途で使われていることを想定しているはずです。普通こんな新宮駅から大和八木駅まで一度も下車せずに同一便で乗り通すなんてアホは物好き以外いません。

そして現代の技術はすごいですね。こんなビビリな僕にも擬似的に空中散歩できる機会があるんですもの。

いでよストリートビュー。

これなら吊り橋が揺れる心配もなく景色を楽しむことができます(まさか撮っている人がいるとは)。天気も良いし。でもあのグラグラ揺れるスリルはないので、やっぱり度胸試ししたい人はぜひ現地で歩いてみてほしいですね。あぁ~~Googleの評価で「渡り切ると気分が爽快になりますよ!」的な口コミ見ると悔しい。次こそは覚えとけよ、吊り橋め。

17.お昼の空腹

束の間のスリルを味わって再びバスへ乗車。11時24分、「上野地」停留所を出発します。一応休憩という建前ですがほぼ観光(遊び)に行ってましたね。吊り橋は少し離れているので停留所からちょっと歩くし。

ところでですがこのバス、朝の7時に出発して、途中3回の休憩があって(そのうち2回は既に終了)、6時間以上走行して、14時に終着となります。今は12時前です。朝食はバスに乗る前に済ましてしまったので、そろそろお昼御飯にしたいところですが皆さんお気付きでしょうか?この6時間走るバス、トイレ休憩はあっても、昼食休憩がないということを。

パッと見6時間のバスというと、まあ夜行バスも6時間ぐらいは走るしそれが路線バスになっただけやろ、って感じもしますが、夜行バスと違って運転されるのは日中ですから、当然乗っててお腹が空くわけです。6時間半乗り続けて、14時半頃に終着の大和八木駅周辺で遅めのお昼ご飯を取る予定であれば良いと思いますが、12時頃にお昼御飯が食べたい人は、ランチ in バスは不可避となります

僕は事前にそれを察知していたので、今朝乗車前に新宮駅前のコンビニで昼食を調達しておきました。といっても、結構急いでいたので適当におにぎりを2~3個ほど買っただけなんですが。本当はですね、「徐福寿司(じょふくずし)」を食べたかったんですよ。

新宮の名物といえばさんまを使ったお寿司「徐福寿司」なんです。せっかくこのバスに乗るために一旦和歌山の最果て新宮まで来ていて、新宮らしいものを食べないってもったいなくないですか? しかもテイクアウト出来るお料理ですからバスピクニックにうってつけのお料理じゃないですか。

でもここ、営業時間が10時~17時なんです……。

再掲ですが、新宮駅発のバスは、

・5時53分発 ・7時46分発 ・9時59分発

の3便で、いずれの便もお店が開店する前に発車してしまいます。新宮駅のすぐ目の前というめちゃくちゃ良い立地なのに、徐福寿司を6時間のバスの旅で食べようとしている皆さん、残念でした。あなたは遠路はるばる新宮に来ても新宮のさんま料理にありつけることはできません。潔く諦めてください。

まあバス乗車日の前日に食べるという選択肢もあるにはありますが、この前日、僕が新宮駅に着く頃は既に17時を過ぎていたので、どっちにせよ徐福寿司はゲットできなかったんですね。誠に残念ざます。

また先の記述と重複しますが、1回目の休憩「十津川温泉」停留所近辺では、何か軽食を買えるようなお店は見当たりませんでした。一方、2回目の休憩「上野地(谷瀬の吊り橋)」では、吊り橋の近くにお土産屋さんがあって、確かそこで「めはり寿司」をテイクアウトできたと思います。

「めはり寿司」は和歌山・熊野地方の郷土料理ですが、十津川村でもその食文化があるようです。「寿司」と言いますけれどいわゆる「江戸前寿司」や先程の「徐福寿司」、奈良・吉野の「柿の葉寿司」などとは違って、簡単に言うとおにぎりみたいなものです。

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こちらは2020年の夏、熊野本宮大社に参拝したときに食べためはり寿司(手前)。高菜の浅漬けの葉でご飯を包んだシンプルな料理ですが、高菜の葉の適度な塩辛さが独特の風味を持つおにぎりです。海苔の代わりに高菜で包んでいると言えば説明しやすいでしょうか。ちっちゃいおにぎりが3つ並んでるように見えますが、いざ口に運んでみると意外とボリュームがあることにビビります。こちらも熊野の郷土料理ですので、このバス旅の昼食に困っている方は、谷瀬の吊り橋でめはり寿司を購入してみてはいかがでしょうか? 休憩は15分程度しかないので、橋でスリルを味わうか、めはり寿司を調達するか、のどちらかですね。

――んまあ~僕はコンビニのフッツーーーのおにぎりだったんですけどね。紅鮭とツナマヨと納豆巻き。実は新宮にしかないオリジナル商品が売ってたりして……などとほのかに期待していたんですが、新宮駅前のローソンにはなかった。なかったのだ。まあせいぜい24時間営業なことにありがたいと思え。

18.奈良県五條市へ

11時47分、おっあれは!?

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大和八木駅発新宮駅行きのバスと行き違いになりました! おそらく大和八木駅を9時15分に出発する、新宮駅行きの第1便でしょう。新宮駅発大和八木駅行きの第1便は朝6時前という早朝に出発するのに、逆方向は割とのんびりなんですね。不思議なダイヤ設定のように思えますが、何か意図があるのでしょうか?

こちらのバスは現在4人が乗車していますが、窓越しに向こうのバスを見ると、あちらはもっとたくさん乗っていたようです。大和八木駅を出発する便の方が人気で需要があるのかもしれません。あと車体のラッピングが同じだったので、この路線のバスは全部あの奈良県ゴリ押しPRラッピングの車両を使っているものとみられます。

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こういう景色も見慣れてきたんですけれど、改めてよく見るとなかなか壮観ですね。ブロック塀の積み上げ方が。水害で道がなくなってしまうと陸の孤島と化してしまうことへの対策なんでしょう。

谷瀬の吊り橋を出ていくつかのトンネルを抜けると、いよいよ村の面積が日本一の十津川村を脱出して五條(ごじょう)市に入ります。久しぶりに「市」に入ったかと思えど、まだまだ山は続きます。依然としてこれまでお付き合いしてきた川は、新宮を出発してから「熊野川」→「十津川」と名前を変え、今度は五條市に入ったと同時に「天ノ川(てんのかわ)」と名前を変えています。あまのかわではありません。しかし、早速名前が変わった天ノ川ですが、この4時間以上共にしてきた長い長い川とも別れを告げなければなりません。

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少し晴れ間が見えてきました。五條市に入ったことで川の雰囲気もまた少し変わったような気がします。この川は北を目指すバスの経路から東側へ逸れて、隣の天川村(てんかわむら)方面にある源流へと繋がります。

19.星のくに

川が離れていくと、完全に周りは「山のみ」になりました。

12時過ぎ、不覚にもカメラのストラップが写ってしまっていますが、こんな看板が通り過ぎていきます。

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「 星みませんか  」

せっかくここまで来たけれど、昼の真っ正午に星が見れるはずないんだよなあ……。

12時09分、「星のくに」停留所を通過。

奈良県の中に高度な自治国があるとは知らなんだ……(いいえ)

「星のくに」というのは、奈良県唯一の、天文台を有する宿泊施設なのだそうです。バーベキューなどもできるそうで、星を見てロマンティックな気分に浸りながら宿泊できる素敵な施設なのだそう。確かにここは山奥ですし、周りは何もありませんし、ここに来るまでに結構な勾配を登った気がするので、星を観測するにはうってつけの場所なのかもしれません。僕は天体観測の分野には明るくないのですが、昼間も普通に営業しているそうなのでもしかしたら昼でも観測できる設備があるのかな? それにしても「コスミックパーク」という名称はカッコいい。星降る世界を楽しもう!というキャッチコピーがあるのもなんかそそります個人的に。なんだかんだ僕も、宇宙の話や天体や惑星のことなどをWikipediaで調べだすとそれで一時間とか余裕で溶かしてしまうタチの人間なので、誰かとお泊りにいくと楽しいかもしれませんね。誰か行きません? あっ行くときは勿論このバスでね。

20.天辻峠を通過

「星のくに」を通過すると、だんだんと山を下っていく雰囲気が伝わります。どうやらさっきのあたりが最も標高が高いところだったようで、既に天辻峠(てんつじとうげ)を通過したようです。この峠は紀ノ川水系の丹生川(にうかわ)と熊野川水系の十津川の分水嶺だったようで、ここに来る前にさっきの熊野川水系だった天ノ川と別れたのも頷けます。紀伊半島そして西熊野街道の難所の一つでもあったとか。でもこの峠が県境というわけではないんですね。

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峠を過ぎると下り道、桜が美しいです。

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山の麓に川が流れていても不思議ではない雰囲気ですが、たとえ下に川があったとしてももう見下ろせないぐらいの高さです。

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繰り返しループ状の道路で一気に下っていきます。勾配はかなりあったと思います。そうすると面白いものに遭遇しました。

21.国鉄未成線の跡

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なんだこの異様に立派な高架は……? 

高速道路にしては細すぎるし水路橋でもないし……。と思って後で調べてみたら、これは国鉄の未成線に終わった「五新線」の跡なんだそうです。五新線は奈良県の五條市と和歌山県の新宮市を結ぶ計画の鉄道路線でしたが、建設工事が進むも結局その計画は紆余曲折あって中断、鉄道は通ることなく、こうして残骸が残る箇所があるということだそうです。地図で言うとこのあたり。

バスが走っているのは国道168号ですが、そこに白い道路らしきものが横切っているのが見えます。これが五新線の跡です。一時期はバス専用路線として活用もされたようなので、このようにあたかも道路のように地図に記載されていますが、現在はそのバスも廃止されました。ところで今乗っているこのバスはこの先「五条駅」へ向かいます。そうです。このバスは新宮駅から出発しているので、このバス自体が未成線に終わった「五新線」の後継としての役割を果たしているんです。

五新線については存在は知っていましたが、具体的にどこにその未成線跡があるかは把握していなかったので、このようにして地理関係とその土地の歴史・交通の歴史を知ることが出来るのもスローな旅の魅力です。

これは余談ですが、五新線の廃線跡をストリートビューで追っていると、明らかに「踏切だったもの」の跡が見えるところがあります。

バスは引き続き結構な下り坂で山を下っていきます。

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22.五条市街地へ

もうすぐ時刻は13時。

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完全に山から降りてきました。新宮駅を出てすぐ、8時ぐらいからずーっと山!川!村!だったもんで、5時間ぐらいは山をバスとともにぶち抜いていたということになります。今回の旅で、山の中のバス移動を怖いと思ったことはありませんが、やはり久しぶりに街を見るとちょっと感動しますね。里に降りてきた!やっと五條市内!という感じの景色です。ここまで来ると、流石に安心感が強い。

この写真はたまたまシャッターを切ったら写った「柿の葉すし本舗たなか」の店舗ですが、「柿の葉すし」もしくは「柿の葉寿司」とは奈良県の郷土料理で、酢飯と魚の切り身を合わせそれを柿の葉で包んだ寿司のことです。

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これは葉を開いてない状態ですが、葉の中は寿司になっています。(残念ながら開いた写真は自分で撮っていませんでした)。

こちらは先程説明したおにぎりのような「めはり寿司」とは違い、魚を使ったお寿司です。五条市内に入ると「柿の葉寿司」を扱った店舗広告の看板が目につくようになります。

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和歌山県側では「徐福寿司」だったり「めはり寿司」だったりがPRされていたものが、「柿の葉寿司」に変化するのは食文化の推移を移動中に捉えたようで面白いです。

23.五条駅

12時57分、「五条駅」前に到着。

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5時間ぶりに「鉄道駅」を見ました。朝7時半のJR新宮駅以来です。五駅は五市の代表駅ですが、なぜか漢字が違うんですね(読みはどちらも「ごじょう」)。それにしても、五條市内は結構栄えているのに、その印象に反して五条駅はちょっと小規模なのが少し寂しげな印象を覚えます。まあこの手の、市内の中心と駅の立地とが少し離れている駅は珍しくないので仕方ないのかもしれませんが。

24.五條バスセンター(休憩その3)

やがて目前にでっかいイオンが!

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13時頃、「五條バスセンター」に到着しました。イオンに隣接しており、ここで3回目の、最後の休憩(15分程度)があります。ここを抜けると、あとは終点の大和八木駅まで残すところ1時間となります。

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写真の横断歩道を手前に渡るとイオンへ入店する階段があり、この写真はその階段から見下ろす形で撮影しました。バスは左奥の待合室の向こう側に停車中です。バスセンターという立派な名前がついていますが、待合室内の奈良交通五條旅行センターは2021年3月末(つい先月末)で閉店となり、隣のイオンに対してかなり寂れた印象が拭えなかったです。

バスセンターのお手洗いがあるそうですが、ちょっと分かりにくい場所にありまして(この写真手前側の左奥?)、それが分からなくてイオンの中のお手洗いを使うもんだと思っちゃいましたね。やっぱイオンは地方都市の大事な心の拠り所、オアシスやで(地方出身民感)。

たまたまここのGoogleの口コミを見たんですが、

八木新宮バスに乗車したと思われるユーザーからの「八木新宮バスの最初の休憩地(大和八木駅起点で)という旨のコメントが大量に散見されます。なんか君たち旅先の旅行者ノートみたいになってて草生える。この口コミを残した者達にとってもこのバスセンターはオアシスであり聖地なのかもしれない。確かにイオンが隣接していて近くに柿の葉寿司の店舗もあるしご飯や飲み物も買えるしなあ。

そしてちょうどタイミングが良かったのか、ここでは大和八木駅発→新宮駅行きのバス(第2便目)とも入れ違いになります。

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こちらは以前すれ違った第1便目と比べて乗客は少なかったように思います。今は13時ですが、こちらのバスが終着新宮駅に着くのは18時です。

それとこのバスセンターからは新宿行きの夜行バスも出発するそうですが、

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「新宮」「新宿」とで同じぐらい果てしない距離の遠さを感じるのは錯覚でしょうか。新宮駅からはるばる5時間かけてこの地までやってきた僕にとってはそのように感じます。奈良から東京って新幹線使えば5時間程度で行けますしね。この新宿まで行く路線は「五條-新宿線」と称するらしいですが、さっき五新線の話題をしたばっかりに頭の中で新宿と新宮の区別がつかなくなる。疲れたときにここに来ると乗り間違える自信あるでこれ。

そんで、

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この路線図はもはや「暴力」でしょ。

こんなちんまいモンおじいちゃんおばあちゃん読めへんで。 奈良交通は近鉄の路線図とでも張り合うつもりか!?

このバスセンターで周りを見渡しても五條市の街並み、というかイオンしか見えないんですけど、改めてこのバスを見ることで、今まで僕が通ってきた長い長い長い長い道のりを擬似的に振り返るようなことが出来た気がします。そして、あと1時間とはいえ、ここから終点の大和八木駅までが意外と長い。

なんというか、ここまでしてこの八木新宮バスの167の全停留所を取りこぼしなく路線図にギチギチに詰めて記載するってことは、奈良交通にとっては略記するつもりなぞさらさらないということでしょうから、「八木新宮バスについては知ってる人だけが知ってればいいよ」と言うよりかはむしろ「お客さんがお望みならうちは最果てまで運転してさしあげますよ」という覚悟に満ちた圧力のような気概を感じます。

乗車中の自動放送にも「ぜひ今後もこのバスに積極的に乗っていただきまして存続にご協力いただけると幸いです」的な旨のアナウンスが流れていたので、多分奈良交通的には「十津川村のアクセスのこともあるから廃止にはしたくない、けれど運行コストも高いので維持するのはなかなかしんどい」というのが本音でしょうか。そのメッセージはきっとですね、今これを読んでいるあなたにも向けて言ってるんですよ。奈良にリニアが来るのと同じぐらいあなたの乗車を心待ちにしていますよ。

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25.終局・大和八木駅へ向けて再出発

13時18分、3回目の休憩を終えて「五條バスセンター」を出発。ここから先は普通に、

五條市(ごじょうし) → 御所市(ごせし) → 葛城市(かつらぎし) → 大和高田市(やまとたかだし) → 橿原市(かしはらし)

と、市と市の間を結んでいくだけです。市と市の間にはまだ田舎っぽい面影を残すところもありますが、もうほとんど市街地の中を走行します。つまり、役割としてはもう街中の路線バスと変わらず、僕のような6時間もバスに乗り続ける変人じゃなくて、普通に隣町へ移動するために乗るような日常的な乗客が乗ってくるエリアになるということです。果たしてこれから乗ってくる乗客は、このバスが5~6時間前に和歌山県の最果てから急峻な山道を抜けてやってきたということを知っているのでしょうか……? 停車する停留所も多くなり、大和八木駅方面を目指して乗ってくる乗客が次々と乗り込んできます。

5時間前に新宮駅を出発してずーーっと山の中を走り続けてきたという点を除けば、車内も車窓も、本当に市中を走る路線バスと変わりなかったので、ぶっちゃけるとここのラストスパートはあんまり印象に残りませんでした。むしろ、流石に長時間の乗車で疲れが来たのか、ここまで街中に来てるのに終点まであと1時間あるのかというのが微妙につらかったです。街に来たことの安心感も確かにありますが、それは同時に、今までの自然の景色に心を踊らせながら旅をしてきたアドベンチャー感覚との引き換えでもありました。別のたとえをすると、遠足から帰ってくるときの貸切バスの車内のあの感じ

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あの工場の向こう側に大和平野があるなーという構図は、大和を愛し、和歌山県の最果てから紀伊山地を経てバスと共に山を降りてきた僕にとっては大変エモかったです。

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途中「日本一たい焼き」の店舗が横切りました。「うるせえ!!こちとら乗っとるバスが走行距離日本一やぞ!!!💢

26.蓮花ちゃんのバス停

13時51分、「忍海駅(おしみえき)」停留所を通過。ここストリートビューをちょっとズームしてほしいんですけど、このバス停かわいくないですか???

冒頭で説明した葛城市(かつらぎし)のマスコットキャラクター「蓮花ちゃん」なんですけど、葛城市のバス停は蓮花ちゃんが描かれているようです。なにそれかわいすぎひんか?羨ましいド。

また奈良交通とは違うのですが、この葛城市コミュニティバスのバスは「れんかちゃんバス」と称して車体に蓮花ちゃんが描かれているようです。これはたまたまストリートビュー漁ってたら発見したやつ。

葛城市も思いのほか蓮花ちゃん推しなんやな……。せんとくんの彼女候補……。

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これは今回の旅とは全く関係ないときに遭遇した蓮花ちゃん。こんな山ん中でもかわいい。

27.橿原市内へ

あ~~もうすぐ終点だな~~ということを考えながら、ぼーっと移りゆく街の景色を見ていると14時を回っていました。

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橿原神宮・飛鳥・桜井……、これは完全に終点が近い……!

耳慣れた地名、しかもそれが僕の愛する土地だったりするとかなりテンションが上がります。主人公がボスを倒して故郷の村に帰ってくるときの心境。これは東京から新幹線で京都まで来て、そこから近鉄でこのあたりに来るときの感覚とは全く異なる気持ちの昂りです。そりゃあ東京から4~5時間かけて北から南へ橿原に来るのと、新宮から6時間かけて南から北へ橿原に来るのとでは全然趣が異なりますからね。それがどういう趣かって? それはぜひバスに乗ってあなたの体験・感覚に問うてみてくださいな。とにかく!新宮からはるばるやってきた変人にとって、この表示は、アツい――。

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大和郡山・天理・吉野……、これは完全に終点が近い!

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14時15分、医大病院前……、地元民ちゃうからどこか分からへんけど……、これは完全に終点が近い!!

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おっ!あの奥に見える高架の建造物は……!

28.終点・大和八木駅

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終わった――。

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すべてが終わった――。

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たたかいが終わったのだ――。

14時24分、終点・大和八木駅に着きました。あまりにもその長旅が終わることの実感がなく、しばらく座席を立つことが出来なかった。いや、本当は最後にゆっくりバスを降りたかったから他の乗客が降りるのを待っていたのですが、降り口のドアが開き、人々で賑わう大和八木駅の空気と車内の空気とが混じり合った瞬間、その旅は確かに終わりの合図を告げたのでした。

僕はこのバスのために律儀に1万円分くらいの千円札と小銭を用意してきたのですが、まさかと驚かされたものの、こんな167の停留所を経由するクレイジーバスでも交通系ICカードで運賃が支払えるらしいのです。幸いにもこのとき僕のICカードには6,000円近く残額があったので、結局現金でなくICカードで支払うことにしました。

新宮駅から大和八木駅、端から端までの運賃は、5,350円。

6,000円近くチャージされていた僕のICカードの残額は、この瞬間むなしく3桁台にまで引き落とされたのでした。

一応交通系ICカードで乗り降り出来るというものの、167も停留所があると乗車記録が機能しないらしく、運転士さんが手入力で運賃を引き落とす操作をしていました。

バスに乗る時、2,000円以上の運賃を支払うことって滅多にないのではないでしょうか。バスの運賃箱には両替機能がついていますが、ほとんどの両替機が「二千円札以上の両替不可」という仕様のはずです。しかし、このバスは始点から終点まで乗り通すと余裕で5,000円を越えます。5,000円代の買い物をするために、五千円札や一万円札でなく千円札単位で5,000円が必要という生活、ありますでしょうか? 僕はずっとこのバスに対してそんな疑問を持っており、下車の際それを運転士さんに聞いてみました。

「一万円札だけを握りしめて新宮駅からこのバスに乗ってきた場合どうなるんですか?」

「一応釣り札は用意していますが限りがあるので多くの人の両替には対応しかねますね」

それを聞いて少し安心します。今回はその用意に頼ることはありませんでしたが、それにしても、バスに乗るために五千円札や一万円札を出す可能性があるということ自体がシュールですよね。

29.下車・奈良交通のプロ意識

僕は運賃を支払い、「長らくの運転お疲れさまでした」と、6時間半共にした運転士さんに軽く挨拶して下車しました。運転士さんはマスクこそしていたものの、その表情に長時間乗務の疲れを感じさせることはありませんでした。僕が下車して、まだ長旅が終わったという確かな実感を掴めないままふわふわした気分で降車場のベンチに腰掛けていると、かつて僕を乗せていたバスは休む暇もなくドアを閉めて再び動き出し、回送車としてその場を離れていきました。

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あのバスは、あの運転士さんは新宮駅からここに至るまでの6時間半、様々な難所を越えてきたはず。それも、短い休憩が3回挟まれるとはいえ乗務中ということを考えると実質6時間半連続で。それを無事故でこなしてきました。それは、あまりにもプロ意識が過ぎる。無事故でお客さんを目的地まで届けるというのは、運輸業にとっては当たり前のことかもしれません。しかしその「当たり前」には、確かな経験の積み重ねによって培われた技術と、プロのドライバーとしての意志の強さによって裏付けされているんだと考えると、それは仕事人としてとてつもなく“したたかなモノ”であると実感させられます。それは、あの運転士さんが最後の乗客の僕にも疲れを見せることがなかった部分も含めてです。

僕は乗車中、途中で簡単な昼食をとりましたが、運転士さんは乗務中の6時間半それをしていないわけです。僕が乗ったバスは7時46分発ですから、乗務員は6時には朝食を済ましてあるのではないでしょうか。乗務のためにはこれよりもっと早く起きなければならないでしょう。そして、6時間半運転して、乗務完了時は14時以降。運転士さんから直接お話を伺ったわけではありませんが、運転士さんの昼食はあの車両を車庫入りさせた後になることは想像に難くありません。6時間以上も集中力が必要な乗務を行うなんて、僕は3~4時間で空腹で死んでしまいますね。頭も回らなさそう。ものすごい過酷な乗務だと思います。

以前の話ですが、僕は奈良県の王寺駅から信貴山朝護孫子寺に向かうときにも奈良交通のバスに乗ったことがあります。

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(2019年撮影)

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山の上から大和盆地を見下ろせる奈良の名刹です。今回の旅路ほど過酷ではないにせよ、ここも生駒山地の急な山道を走ってやってきます。それも踏まえて考えると、僕はバス事業についてそれほど詳しくないので断言できはしませんが、奈良交通の交通インフラとその技術はレベルが高く、とにかく運転士さんへの職人としての尊敬の念が強く湧き上がってきます。

30.このバスの存在意義

このバスは、8時から12時半頃までのおよそ4時間半の間、ほぼ山中でした。本文中に記した通り、山の中のバス移動に寂しさや不安を感じたことはありません。しかし五條の市内に下りてくると、そこには知っている奈良の土地にやってきたこと・街中にやってきたことへの安心感が少なからずありました。これは余所者の旅行者である僕の感情ですが、地元の利用者でも、これとは異なった形で似たような感覚を持っているのではないかと思います。

今回この八木新宮バスを乗り終えてみて、このバスは十津川村のアクセスとして重要な意味を持っていることを感じました。つまり、このバスは十津川村で生活する人にとって、五條市や橿原市、あるいは和歌山県の新宮市という、十津川村からみて最も近い都市に直通でアクセスできる唯一の公共交通機関なのです。どんな田舎であろうと「住めば都」と言います。しかし、日常の営みは地元で済ませられても、大きな買い物だったり、習い事だったり、遊びだったり仕事だったり病院への通院だったり、人間の生活上どうしても都会に出なければ出来ないことというのが多かれ少なかれあります。僕だって兵庫県姫路市の育ちですが、東京でしか学べない大学進学のために東京にやってきました。

橿原市に用事がある、新宮市に用事がある、あるいは、橿原まで出てそのあと大阪市内まで行かないといけない、さらには大阪から新幹線に乗って東京へ……、なんていうビッグなイベントや行事があった時、たしかにこのバスの存在は頼りになるのです。たとえ一日たったの3本だろうと、たとえ十津川村の住民の人生のうち9割以上がこのバスと無縁だったとしても。そしてそれは、定期便だからこそ地元の足のインフラとしてその真価を発揮します。それに、都市部からバスが通っていれば外からのお客さんが、都会に出た息子が孫が来てくれる。これらは十津川村の住民にとって大きな心の支えになるのではないでしょうか。一年間365日のうち、363日は乗らないけど、残り2日の冠婚葬祭のために必要であるとか、他にも実家への帰省時にしか乗らない新幹線・飛行機など、多くの人にもそのような交通機関の使い方は思い当たることがあるでしょう。

もちろんよそ向けの広告としては、「日本一走行距離が長い路線バス!」であったり、十津川温泉をはじめ各地の知る人ぞ知る温泉地、紀伊山地の観光地や、熊野三山・熊野古道への観光を目的とした人への観光の足にもなっていて、それらもこのバスの利用用途として考えられているでしょう。しかし、僕が今回乗ってみて思ったのは、その沿線地域に住む人々、メインルートから外れた小さな集落に住む人々、それら地元に対する奈良交通の細かな配慮があることでした。それは停留所の数の多さ、設置間隔の細かさを見れば一目瞭然かと思います。このバスが毎日走行しているという事実そのものが、十津川村は周りから断絶されていない・孤立していないという村の安心感につながっているのでしょう。

31.最後に

6時間半のスローな旅、移り行く景色を見続けて、車窓に飽きることはありませんでしたし、乗車中退屈しませんでした。今まで知らなかった奈良県の全てを知ることができた訳ではありませんが、このバスを乗り通したことで、今まで知らなかった0が、1や2になったというそれだけのことでも大変有意義な経験であったと思います。新宮駅から十津川村を介して大和八木駅に至るまでの6時間半かかる一本の線に、少ない人口ながらも人々の生活と、人と人との結びつき、地域同士の繋がり合いがあることを実感しました。

もちろん今回の旅行で僕は温泉旅行をしたわけでもなく、(谷瀬の吊り橋を除いて)十津川村内を周遊したわけでもないのですが、今回の旅行で「十津川村の景色はどういう雰囲気の場所で」「十津川村とその周辺はどの地域とのつながりがあって」「そして十津川村も確かに奈良の一部である」ということを知ることが出来ます。このバスは、知られざる奈良県南部のドラマを見ることが出来ます。それらの経験は、またこの地に訪れるとき、観光に訪れるときに大いに役立つことでしょう。

バスオタクの人にとっては「日本最長」というだけでも魅力満点ですが、狭隘な道路を走行している場面が多いことも面白いですし、またのんびり移動しながら自然の景色の変化を堪能することもできます。さらに様々な温泉地を抱えていますし、各地の旅館で宿泊すると、季節の山の幸・川の幸を活かした美味しい郷土料理をご用意してお迎えしてくれるそうです。奈良県側から海岸線でなく紀伊山地をぶち抜いて世界遺産・熊野三山にお参りしたい人、熊野古道を歩く自信はないが、バスの移動で熊野古道を疑似体験したい人にもオススメですね。あなたの知らない奈良県、そしてあなたの知らない紀伊半島を覗き込むことが出来ます。改めて冒頭の地図を再掲しますが、このバスは、要約すると、

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この「謎」「謎」じゃなくするのにうってつけの公共交通機関です。あなたの知らない紀伊半島の世界を案内してくれます。もし興味関心をお持ちになったら是非おいでください。このnoteを読んで「日本中の不思議を集める人」が一人でも増えてくれたら、日本紀行サークルとして幸いです。最後に地図上で今回のバスの旅の総括をして締めたいと思います。長らくのご乗車お疲れさまでした。

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おわり。

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