見出し画像

第3のPC・Chromebookヒットのワケは【パソコンではないから】

2020年、第3のPC・Chromebookが学校現場を中心に大ヒットした。

教育市場において築いた地位を足掛かりにして、今後は家庭やビジネスシーンでの存在感も急速に高まっていくと予想されている。

Chromebookが売れた要因に
・コロナで教育現場の一人一台PC施策が進んだから
・価格が安い、管理しやすいから
などはよく挙げられる。

ただ、これらはここ1,2年における直近の事象を切り取った指摘に過ぎない、と私は考えている。

またChromebookは2011年の発表以来、メディアから低スペックなパソコンと酷評され続けた歴史がある。
その前評判を覆してヒットした理由もあまり振り返られていないように見える。


メディアでは第3のPC(パソコン)と評されるこの製品だが、本質的にChromebookが売れた理由は

・本来Chromebookは【パソコン】ではない
・正しくは、インターネットの向こう側にある巨大なクラウド(サーバー)群に接続するための【インターネット(クライアント)端末】
・Webの進化によりインターネット端末だけ出来ることが増えたので、パソコンよりインターネット端末を選ぶ。

からではないか、と私は考えている。

2011年のChromebook発売以来その動向を追い続けたいちユーザーとして、改めて今回のヒットが示すコンピューターの歴史的歴史的意義について考察したい。

インターネット端末とパソコンの違い

インターネット端末】は私の造語ではなく、20年ほど前から予想されていたパソコンの次に来ると言われていた新ジャンルの製品だ。
破壊的イノベーションを唱えたクリステンセン教授の著書「イノベーションのジレンマ」(日本語版・2001年刊行 P.23)にもその存在が確認できる。


まずは今日におけるChromebookの特性も踏まえて
「パソコン」と「インターネット端末」の特徴・メリット・デメリットを改めて紹介したい。

【インターネット端末】
特徴:
インターネットブラウザ(Chromeなど)を利用することに特化した仕様

メリット:
・パソコンに比べて必要なスペックが低く済むので、端末価格が安い
・OSの設定・管理が簡単。定期的なアップデートも素早く済む

デメリット:
・従来のインストール型ソフトウェア(デスクトップ版Officeなど)は動作しない。インターネットブラウザ越しに行える作業だけが行える


【パソコン】
特徴:
パソコンで利用したい業務ごとにソフトウェアをインストールし、利用することを目的としたパソコン

メリット:
・過去の資産である豊富なソフトウェアを活用可能

デメリット:
・OSの設定・管理が煩雑。長時間アップデートでパソコンを動作させられないタイミングが多い
・十分に軽快な動作をするにはスペックが必要なので、端末価格が高い


この2つを厳密に区別するには理由がある。
Chromebookヒットの背景を理解するためには、コンピューターの歴史を踏まえて

なぜパソコンはPC(=Personal Computer)と呼ばれるのか?

を理解することが欠かせないからだ。

なぜパソコンはPC(=Personal Computer)と呼ばれるのか?

パソコンでないコンピューターとして
・サーバー
・クライアント端末
の用語定義も改めて振り返っておきたい。

かつてコンピューター高価で巨大だったので、企業や研究所に設置してあるコンピューター(サーバー)を共用で使うものだった。


そのうち、コンピューターの前にあるたった1つの操作コンソールに移動して順番待ちしなければなかったのは不便なので
クライアント端末」といった概念が登場する。

1つのサーバーに複数のクライアント端末から同時に接続・操作することで、コンピューターをあたかも複数の人が同時に専有しているかのように使えるようになった。
このような形態をクライアント・サーバー型(クラサバ)ともいう。
(※時代によって似たような概念を指す用語は変遷)

しかしこの「クライアント・サーバー型」によるコンピューターの専用利用環境は、あくまで擬似的なもの。

・他の誰かがサーバーのスペックを思いっきり消費する処理をすれば他の人に影響が出る
・そもそも組織のなかにあるサーバーを一般の人は使えない

といったデメリットがあった。


パソコンが登場したのは、こういった「コンピューターは一部の人が共用でしか使えないもの」の閉塞感が続いていた頃の話だ。

「あなたたち一人ひとりが個人的(Personal)に使えるコンピューター(Computer)になりましたよ」

がパソコンのウリ文句なのだ。

これが趣味用途でコンピューターを使いたい層に大ヒット。
Personal Computer=PC=パソコンによって、一気にコンピューターは限られた人のモノから普通の人々にとって身近なツールとなった。

インターネットによる【パソコン】の【クライアント端末】化

パソコン登場当初の時代はインターネット網も十分でなく、一人ひとりの家に置かれたパソコンはどこにも繋がることなく使うことが当たり前だった。

よって、そのパソコンでできることはパソコンの性能自体で左右されるので、ユーザーは自分の財布と相談しつつも、よりハイスペックなものを好むのが当たり前だった。


先進的な人々が「パソコンの在り方が変わる」と気づいたターニングポイントは95年頃のインターネット普及
これまで各家庭に独立して存在したパソコンは、単にパソコンとしてだけでなく

インターネット越しの「サーバー」に接続し、
さまざまな処理を受け取る「クライアント端末」

にもなることが出来る。

かつてパソコンが人々に求められたのは
「コンピューターへアクセスできるのが一部の人に限られたから」だ。
インターネット越しにコンピューター(サーバー)へ誰もがアクセスできる手段が実現すれば、パソコンの存在意義そのものを見直す必要がある。

必要な処理はネットの向こう側にあるサーバーに任せ、手元の端末はインターネットに接続して処理の指示を出したり受け取ったりするだけの必要最低限のスペックさえあればいい。
それがインターネット端末だ。

だからインターネット普及から数年で既に、今後デスクトップパソコンを置き換えうるものとして「インターネット端末」の予想が登場していた。

手元のパソコンで何でも処理するのは正しい?

とはいえこの仮説を聞いても、少しパソコンに詳しい人なら

「わざわざネット越しのサーバーに処理を任せるより、手元のパソコンで全ての処理をしたほうが、便利で安価なのでは?」

と感じるかもしれない。これは半分正しく、半分間違いだ。

まず反論としては、インターネット越しのサーバー群は、パソコンとは比べ物にならないほどのハイスペックなもの
設置面積・消費電力に限りある家庭用パソコンでは絶対に実現できない。

当然サーバーは他人と共有する、ネットでやりとりするラグがあるといったデメリットはある。
だがそれを差し置いてでも、コンピューターの性能が上がって価格が下がり、ネット網も進化するとなると


・手元に高価なパソコンを買って処理する
よりも
・ネット越しの巨大システムを共用で使い、都度利用料を払う

の方が、トータルのコストやスペック面で有利となる処理は多数存在し得る。

実際、パソコン全盛の時代においても引き続き企業の情報システムでは「クライアント・サーバー型」環境が主流であり続けた
企業システムの莫大なデータを処理するには、パソコンでは各種コストやスペックが見合わない面が多かったからだ。

早すぎた原点回帰予想

ただ「インターネット端末よりパソコンのほうが良い」の主張も、あながち全てが間違いではなかった。

特にこの予想が登場した2000年代初頭はまだまだ
「ネット越しにできること」は「パソコンにできること」
と比べて非常に乏しかった。


足りなかったのは特に「機能面」「容量面」だろう。
まず機能面。昔からパソコンを使っていた方なら、特定のサイトを見るためにAdobe Flashのような「プラグイン(拡張ソフト)」
をインストールしなければいけなかったことを覚えていないだろうか。


ブラウザ標準の機能で行えることが少なすぎたため、ちょっと凝ったことをしようと思えばこのように拡張ソフトの導入と、それが端末上で十分に動くだけのスペックが必要だった。
このような状況では「ブラウザしか動かない」「スペックを低く抑える」インターネット端末で実現できる処理は非常に限られる。

容量面にしても、昔は音楽や動画、はたまたメールデータまでを手元のパソコンに保存して使うのが一般的だった。
だから、パソコンにはそれらを保存できるだけの大容量記録デバイスを搭載する必要があった。
ここも安価故に搭載容量に限界があるインターネット端末に求められる要件としては不利になった。


実際、2007年にはインターネット利用を主目的にしてスペックと価格を低く抑えたWindowsパソコン「ネットブック」が登場している。


だが当時としてはインターネット利用だけで活用できることは少なく、また同時期にiPhoneをはじめとするスマホ市場が立ち上がったことも相まって
「パソコンとしては性能不足」
「スマホよりもモバイル性に劣る」

と、まさに帯に短し襷に長し。わずか5年後、市場から消えてしまった。

十分にネットが進化したと人々が気づいた2020年

しかし昔は出来なかったことも「未来永劫実現できないこと」ではない。
人々がはっきりと気付かないうちに、技術そのものの進化や周辺環境の変化により、上記の「機能面」「容量面」の弱点が解消しつつあった


機能面でいえば、主要なWebブラウザで標準動作するプログラミング言語【JavaScript】の進化
昔はJavaScriptを使ってもホームページをちょっと派手に動作させられる程度。むしろ悪戯やセキュリティ攻撃の温床になることも多く、JavaScriptを「切る」のも当たり前だった。

ところが2000年代半ば、他ならぬグーグルがJavaScriptを発展させた【Ajax】と呼ばれる技法でグーグルマップなどのサービスを実現させた。
これは、ウェブの開発者的に

「拡張プラグインなどを追加しなくとも、ウェブブラウザに標準搭載されたJavaScriptだけでここまでのサービスを実現できる」

ことを突きつけた。

これを皮切りに、JavaScriptを取り巻く開発環境は一気に発展。
ブラウザ標準機能の進化によって、Flashを始めとする拡張プラグインの活用場面は激減した。

他ならぬ2020年末、Flashのサポートが終了となったことで話題となったが、それと同じ年に起きたChromebookの大躍進は、決して無関係な事象とは言えないだろう。


(あるいは、もしAjaxがなかったら、FlashがJavaScriptの代わりにインターネット端末に欠かせないプログラミング言語になっていたかもしれないとの予想もあった)
(歴史が少し違えば、2020年に大ヒットしたのはGoogle ChromebookではなくAdobe Flashbookだったのかもしれない)



容量面の課題解決は、技術面進化に加えてスマホ登場による影響が大きい。

モバイル性のために筐体スペースが限られるスマホでは、容量面はパソコンに比べて圧倒的に抑えざるを得ない。
それにスマホとパソコン、どちらでも同じファイルを取り扱いたいニーズもあった。あるデータはパソコンに、あるデータはスマホにと保存先が分断されるのも面倒だ。


これを解決するために起きたのが、人々のデータがネットワーク上のサービスに保存されること―――いまどきの用語でいうなら
「クラウドにデータを保存する」である。

たとえば電子メール。人々の使い方はこんな風に変化している。

昔:
メールサーバーからメールデータをパソコンにダウンロードして保存。
過去のメールはそのパソコンでしか見れなかった。

現在:
メールデータはGmailのような電子メールサーバーに保存しっぱなし。
パソコンからでもスマホからでも過去のメールを閲覧することができる。

こうして比較すると、昔からパソコンを使っていた人は
「いつの間にか、自分のデータ保存場所がローカルからクラウドに移行している
と実感できるのではないだろうか。


また昔はネットでやりとりするのが困難なファイル筆頭といえば動画ファイルがある。なので、パソコンに大容量記憶媒体を用意して保存する必要があった。
これも2010年代にはウェブ機能面の進化によって、ユーザーは特別な操作なしに高画質の動画をブラウザ越しに再生できるようになっている。
結果、動画ファイルですらNetflixのようなサブスクリプション型のサービスが台頭し、ネット越しで動画を利用できるのはごく当たり前になった。


人々は自分たちのデータを「手元に保存する」必要はなくなり、
「使いたいときにネット越しでアクセスすればよい」時代になった。

Chromebookはスマホ程度の記憶容量しか持たない製品が多いのは、こういった時代背景によるものだ。

「早すぎた10年」をChromebookが生き延びた理由

このようにネットの進化を鑑みれば、Chromebookが2020年にヒットしたのは必然に見えてくる。

だがこの端末の登場は2011年
ネットブックが辿った最期のように、インターネット端末にとってはまだまだ厳しかった2010年代をなぜChromebookは生き延びられたのか。

ネットブックの敗因は端的には「パソコンらしさ」を捨てきれなかったこと。
多くのネットブックはWindowsOSをそのまま搭載しており

「インターネット利用がメインの製品だけど、パソコンらしくも使えますよ」

がメリットだった。

だがWindowsOSを動かすにはある程度の端末スペックが必要で、頻繁なセキュリティアップデートや煩雑な設定管理も欠かせない。
一方でネットブックは価格を抑えるために端末スペックを極端に抑えたものだから、起動も遅く動作も遅く不具合も多く・・・と
「安かろう悪かろう」と体現した製品になってしまった。


一方でChromebookは「パソコンらしさ」を徹底的に捨てて「インターネット端末」としてチューニングされた

Chromebookが搭載するChromeOSは、2020年の今でこそAndroidアプリが動くなど「パソコンっぽく」使える端末である。
だが10年前の登場時は完全に「Chromeブラウザ」しか動かない製品だった。
しかしそこまで割り切って設計をしたことで、ネットブックと同様、あるいはそれより下の価格帯の低スペックであっても、ネットブックとは比べ物にならないほどの動作快適性や、管理の簡素さを実現することができた。

この「インターネット端末」に早くから目をつけたのがアメリカの教育市場。

教育現場にとって高価で動作も重く管理が煩雑なパソコンの導入が遅々として進まなかったのは日本のみならずアメリカでも同様。
対面授業にプリント配布といったアナログな現場はパソコン登場以降もほとんど変わらなかった。

ところがインターネット端末であるChromebookであれば、ドキュメントの共同編集による授業の効率化や、遠隔テレビ会議によるリアルの場に囚われない授業の実施など、デジタルによる授業の効率化としては十分。

アメリカの教育現場で飛ぶように売れたChromebookは、2016年時点で既に当該市場シェア58%という驚異的な普及を達成した。

そして主にアメリカの教育市場で売れ続けた間、ChromeOSは上記で言及した通りAndroidアプリとの互換性を搭載したり、他にLinuxモードを搭載する改良を進めてきた。
「インターネット端末」でありながら「パソコン」的用途にも耐えうる機能を拡張したのだ。

結果、

・企業が従業員に配布する業務端末
・一般ユーザーの娯楽用途
・エンジニアの開発環境

等、従来は「パソコン」しか選択肢がありえなかった用途にも、Chromebookが選択肢として浮上している。

パソコン全盛世代ほど一度Chromebookを触ってみよう

ネットの進化により、もはや
「インターネット端末」には不向きで「パソコンでないといけない」
分野は急速に狭まりつつある

それは即ち、パソコンにとっては
メリット(このパソコンソフトでしか使えない)は減衰する一方で
デメリット(高価さ、複雑さ)が際立ちつつある状況だ。

それに対して、Chromebookのようなインターネット端末は
デメリット(パソコンに比べてできる処理が少ない)の幅は時間と共に減少し
メリット(安価さ、簡素さ)による圧倒的な競争力でパソコン市場を侵食している。

私自身に心当たりがあるのだが、パソコン全盛期の80〜00年代にコレを使いこなしていた層ほど
「手元のパソコンで全てを処理することが正しい」との先入観はないだろうか。

先述の通り、パソコンはコンピューターにおける利用の一形態(選択肢)でしかなく、インターネット端末の登場も決して予測不可能な荒唐無稽な話ではなかった。


パソコン全盛期世代ほど「パソコンが絶対に必要」の先入観を一度捨てて
インターネット端末としてのChromebookに触ってみることをおすすめしたい。

インターネットの進化により、日々のデジタル生活で必要なことのほとんどが、安価なインターネット端末であるChromebookで出来るようになっていることを実感できると思う。



#COMEMO #NIKKEI

最後まで読んで頂きありがとうございます! いただいたサポートは記事を書く際の資料となる書籍や、現地調査に使うお金に使わせて頂きますm(_ _)m