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日日是好日

今からちょうど一年前、わたしはこんな歌を詠んだ。

年間の二百余日は家にいて窓から世界をながめていたい

社会人になってまもないころ、仕事云々以前に毎日決まった時間に会社に行かなければならないことが苦痛で仕方なかった。好きなときだけ軽やかに働いてつつましく日々を送れたらそれでいいのにと切実に思っていたのだけれど、まさかあれから一年後、こんな形でその願いが実現されるなんてもちろん想像してもみなかった。

リモートワークになってからというものずっと座ってばかりいるので、お昼休みに散歩に出た。
シャワーを浴び、新しく買った桜色のスカートを履いておもてに出る。家からほど近い公園をぐるっと一周したあと、歩いたことのない道へと足が向いた。公園の外側を彩る花壇は近くの小学校に通う子どもたちがつくったものらしく、スペースごとにその名称や花の説明を書いた札が立っているのが微笑ましかった。

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ダイナミックな花だん、いいねえと感心しながらきれいに咲いた花々をながめていると、うしろからやってきたおばあさんに声をかけられた。
「一生けんめいお花の種類を説明してくれてるでしょ。でもほら、どれがどれだかよくわからないわねえ」
ひとりごとともつかない調子でそんな風に言って、また花壇に目をやる。たしかに、子供たちが書いた花の種類は、どれがどれだか判別のつきにくいものが多かった。
ほんとですね、と顔を見合わせて笑ったあと、彼女はつづけた。
「あなたのバッグ、お花の柄がとっても素敵。遠くからでもぱっと目についたもの」

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カナダで買ったものなんです、お気に入りですというと、まあやっぱり、日本では見かけないデザインだと思ったわなんて言ってくれる。
「この先もずっと使えるわね。こーんなおばあさんになったって」
おどけたジェスチャーをしながらそう言って笑う。ご婦人が首に巻いているスカーフがとても華やかでおしゃれだったので、そちらもよくお似合いですと告げると、なんと10代のころから使っているものなのだというから驚いた。笑ったときの目尻の皺までチャーミングな方だった。

おばあさんと別れたあと、遠回りをしながら家を目指した。
いつもは通らない駅の向こう側、恋人と喧嘩したあと並んで歩いた道、はじめて渡る歩道橋、梅雨の時期お世話になったコインランドリー。大通りを抜けると人影はぐんと減り、穏やかな静けさだけが耳についた。機嫌よく晴れた空の青さと、太陽の光がつくる濃い影のコントラストが綺麗。よくない部分ばかりを気にしてうじうじと腐っていたけれど、そういえばわたしは平日の昼間がとても好きだった。

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