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「もしなる2」8、TOO MUCH PAIN

英語上級者は、よくこう言う。

「英語なんて『ただのツール』だ。だから、とにかく使え」「英語は『環境次第』だ。話せるようになりたいなら、とりあえず、話せる環境に行け」と。

フレーズ集や英作文などに挫折した私は、結局、英会話は一人でやっても無理だと痛感し、どうすればそういう環境が得られるかを、真剣に考えた。

もちろん留学がベストな道なのだろう。そういうアドバイスを言う彼らのほとんどは、海外在住経験があったり、今も英語圏に住んでいる人たちばかりだ。

ただ、当時の私のアルバイトは、「ヘッドスタート」での塾講師だけだった。留学資金を貯めるのであれば、アルバイトを掛け持ちしないといけない。それこそ、学業に支障をきたすほど、シフトに入らないといけなかっただろう。

もしかして父に相談すれば、少しは負担してくれたかもしれなかったが、私はなるべく迷惑を掛けたくなかった。母の医療費だけでも、大変だったに違いない。親戚にも頭を下げてお金を工面した、とも聞いた。だから、英語を話せるようになるなら、できれば国内にいながら、最低限の費用で済ませないと。

当時まず、私の頭に浮かんだのは大学にある、海外留学生の支援サークルだった。それまでキャンパス内でも、チラホラとその活動を見ることがあったが、そこにいる日本人学生は、かなり流暢に英語を話せていた。

もちろんそこに入ることもできただろうが、当時、私はもう、大学三年生だった。途中から入会して、輪に入っていける自信がなかった。

ちなみに私が所属したのは、ある読書サークルだった。活動はそれほど活発ではなかったが、部室やカフェなどで読書をし、どんな本がよかったか、などを語らうような、居心地のいいサークルだった。

もちろん、そこに入ったこと自体、後悔は全くしていない。友達だって沢山できたし、そこで得た知識や経験は、とても有意義だった。私の青春の、大事な1ページである。

ただ、もう一つ並行して、そのような、英語を使ったサークルにも所属しておくべきだった、と私はその時、深く後悔した。まさかこんなにも英語に苦労するなんて、入学時は思いもしなかった。

さて、そうなると、国内で英語を話せる環境といえば、もう選択肢は一つしかない。そう、「英会話スクール」である。

ネットを叩くと、沢山の英会話スクールがヒットした。そしてどこを見ても、入ればすぐに英語がペラペラになりそうな気がした。

そして私は、「値段」と「通いやすさ」を第一に考え、三つ四つ、立て続けに無料体験レッスンを受けた。

結論から言うと、どこも良かった。大学の英会話の集団授業とは比べものにならないくらい、レッスンが洗練されていた。

「・・・やっぱり、プロは全然違う」

そう、さすが「英会話」を専門にしているだけはある。外国人講師の盛り上げ方も素晴らしく、私の拙い英語だって、「You did a good job!」と、親指を突き立てて、ホメてくれた。目の前でそう言われると、モチベーションもぐんと上がり、死にかけていた私の英語に、「生きる魔法」が掛かりそうな気がした。

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そして、その中で、私の心を最も強く動かしたのは、体験レッスンの後に、私の発音、語彙数、表現力、文法、切り返しの速さなどの項目を、しっかりとチャートに書き起こしてくれたスクールだった。

私はそのサービスの手厚さに感動すら覚えた。こうやって自分の能力を「数値化」されると、自分のやるべきところがハッキリ分かる。そうか、これが私のスピーキング能力の「客観的数値」なのか。初めて見えた。

「あと、私たちのスクールは『話し放題』なんです。昼休みと夕方の一時間、毎日『チャットルーム』という部屋を開放しているので、そこにいるネイティブ講師たちとどれだけ話しても、無料なんです。よければ、毎日来て下さい」

もう、ここだ、ここしかない。そして授業料も一番安く、駅からも近い。

「ちなみに来週までにお申し込み頂くと、入会金は0円です。是非、前向きに検討されて下さい」

私は3日後、授業料30万円を一括で支払い、そのスクールに入会した。「助かった」と思った。自分の英語が、救われた気がした。

しかし、だ。「こんなはずではなかった」と思い始めてきたのは、それから3週間後のことだった。

ーそう、全く上達を実感できなかったのである。

そのスクールは、週1~2回の、「1:4」のグループレッスンがメインだったが、どれだけレッスンを重ねても、自分の発話量が増すことは一切なく、50分あるレッスンの中で、自分が話しているのは5分もなかったのである。

結局、レッスンの大半は外国人講師が一方的に話し、他の受講者もそれをただ「ウンウンウン」と聞いているだけだった。むしろ、私が一番話していたようにさえ思う。

そしてある日のレッスン終わりのことだ。私は同席していた受講者の方に、「どれくらい、こちらに通われていらっしゃるんですか?」と聞いてみた。

すると、「うーん、もう1年くらいかな」という返事に、私はびっくりした。
え、1年も通っているのに、私よりも話せないの? ドス黒い煙が、私の中にモワッと広がった。

ーもしかして、このレッスンをどれだけ受け続けても、私は英語を話せるようにならないのじゃないだろうか?

それは恐ろしい妄想だった。しかし、確信に近いものもあった。

こうして私は、レッスン以外にも、そのスクールに通うことにした。そう、チャットルームの「話し放題」に突破口を見出そうと思ったのである。それまで、行こう行こう、とは思っていたが、大学の授業やアルバイトなどで忙しく、まだ一度も行けていなかったのだ。

しかし、だ。

同じように考えている受講者が、他にも沢山いたのだろう。チャットルームは、日本人でごった返していた。

そう、外国人講師一人の周りを、6人以上の生徒がぐるりと囲んでいたのである。私は血の気がサーッと引いた。そう、これでは、グループレッスンと何ら変わらないではないか。いや、割合的には、「それ以下」だ。

ひとまず私はその場に足を踏み入れてみた。しかし、更に誤算だったのは、みんなレベルが高い、ということだった。

そう、レギュラーのグループレッスンは、予め均等のレベルの人たちで構成されているので、スピーキング力が偏ることは、そんなにない。

しかし、このチャットルームは当然、レベルなど無関係だ。上級者も初心者もごちゃ混ぜの、無差別階級制だったのである。

そうなると、上級者がペラペラと外国人講師と会話しているのを、周りが「ウンウンウン」と、ただ聞いているだけの構図になるのは、不思議でも何でもなかった。
違う、これは全然、「話し放題」ではない。私は家に帰って、そのスクールのパンフレットを見直した。そう、そしてやはりそこに載っていたチャットルームの写真は、外国人講師と生徒が「1:1」の構図だったのである。

その時、私は悟った。そうか、これはあくまで「イメージ写真」だったのだ。実際の「話し放題」とは、外国人講師一人に日本人受講生が群がり、英会話初心者が割ってはいけないような空間だったのだ。

その後、私はスタッフさんにもそのことを相談したが、その歯切れは入学前と比べて、極端に悪かった。

「まぁ、あくまでその、チャットルームとは、講師と生徒さんの、その『自由な場所』なので、その、私たちには入場制限はできないんですよ。そして、その、講師もレッスンではないので、特に初心者さんに話を振る、ということも、その、あえてお願いしていないので」

そ、そんな。どうしてそんな事情を、入会前に一言も言ってくれなかったの?「いつ来ても、沢山話せる」って、強調されていたじゃないですか?

そう、ただ、向こうとしても嘘は言っていないのだ。単に私がしっかりと現場を確認もせず、勝手に「1:1」の空間が毎日取れる、と思っただけなのである。分が悪いのは、私の方だ。

こうして私は、このスクールの「話し放題」を諦めた。もう、レッスンで結果を出していくしかない。

しかし、だ。やはりどれだけレッスンを重ねても、上達を感じることは全くなかった。

いや、むしろ、だ。段々「下手になっていっている」気さえした。そう、日によって話せる日もあれば、全く話せない日もあったのだ。一体、何なんだろう、これは。あまりにも不安定すぎる。

ただ、それなのに、だ。定期的に行われるスタッフとの面談で差し出されるチャートは、着実に数値が伸びていっていたのである。

「いい感じですね、若松さん。どの項目のスキルも少しずつ上がっていっている、と講師もホメていましたよ。さすがですね」

う、嘘だ。私の英会話力は段々落ちていっているじゃないの。誰が言ったの、「私のスピーキング力が上がっている」って。講師だって、毎回コロコロ変わっているじゃないの。誰が、どうやって、私の上達具合を判断しているの? っていうか、そもそもスピーキングって、どうやって客観的に数値化できるの? 全部、「主観」じゃないの。

「しかし、まだまだ発音が弱いと聞きました。どうでしょう、若松さん。実は今月から、発音矯正コースというものが新たにできまして、今お申し込みされると、普通よりも20%安く受講ができるんですけど、どうしますか?」

その日、私は家に帰って、号泣した。もう、全てが分かってしまったのだ。単に私は、彼らの「金づる」に過ぎなかった、ということに。

失意

入会時にもらったチャートも全部グシャグシャにして、捨てた。こんなの、全部でたらめだ。私のスピーキング力なんて何にも上がっていない。ただ単に、私を入会させるために、操作された、一枚のシートに過ぎなかったのだ。あんなに高いお金を払って、期待に胸を膨らませて、馬鹿みたい、私。

翌日、私は途中解約を申し出たが、案の定、もうそれはもうできないということだった。そう、私に残された選択肢は、ただもう、通うことしかなかったのである。

こうして私はいつしか、「払った授業料が勿体無いから」という理由で、スクールに通った。そしてそれは、何の生産性もない時間だった。ただ、レッスンさえ消化できれば、それで良かった。「英語を話せるようになりたい」というモチベーションなど、いつの間にか行方不明になっていた。

そして、そんなある日のことだ。私はこの日を境に、そのスクールに一切通わなくなった。私はその日のことを、生涯、忘れない。

そう、その日、レッスンルームに入ってきたのは、女性の新人講師だった。そしていかにも授業マニュアルを覚えたて、という感じだった。

「Hi, my name is Yuri Wakamatsu. Nice to meet you.」

「Hi.My name is  Jeniffer. Nice to meet you too. How’s it going?」

「え・・ええっと。うん、fine。I’m fine, thank you. And you?」

「I’m good! Thanks for asking! Since this is our first meeting, please introduce yourself briefly.」

「お、OK.えっと、As I said, my name is Yuri Wakamatsu. えっと、I like to listen to music.」

「What kind of music do you usually listen to? 」

「え、えっと。I like Japanese pop.」

「Which bands do you listen to??」

「うわっ」となった。そして、その日の面子はちょうど、私以外、みんな男性だった。そして、ニヤニヤと私の方を見ていた。

言いたくない、私がいつもどんな音楽を聞いているのか、この人たちの前で。そんなの、プライベートなことだ。

「Hey, Yuri.Don't worry about making any mistakes. Come on!」

違う、答えられないのは、別に、間違いを恐れているわけじゃないの。ただ、言いたくないだけなの。

こうして私は、「何でも聞きます。というのも私の母が昔、歌が大好きだったので、一緒によく何でも歌ったんです」と、咄嗟に言おうと思った。しかし、だ。それが、全然英語に切り替えられなかったのだ。

もう、ボロボロだった。頭の中が、日本語と英語の文字でごちゃ混ぜになり、主語や動詞が全く出てこず、馬鹿みたいにどこかで覚えた繋ぎ言葉や、一言フレーズを連発した。もちろん発音なんて、目も当てられなかった。

そして、自分でも話しながら、文法をメチャクチャ間違えているのが分かっていた。三単現のSが抜けていたり、時制だって全然一致していなかった。そして、「her」というところを「his」と言ってしまったり、冠詞がボコボコ抜けたり、単数・複数形が全く揃っていなかったり、自分でも泣きなくなるほど、「ガチャガチャな英語」だった。情けなくなった。自分はもちろん、誰にも聞かれたくなかった。

そしてその時、私はハッキリと確信したのだ。そう、自分のスピーキング力は、ここに入った時と何一つ、変わっていない、と。いや、違う。大学入学時、いや、自分が中学生だった頃と、何にも変わっていないんじゃないか、と。

そう、あれだけ受験を頑張っても、そこからフレーズ集や英作文をどれだけやっても、海外ドラマを見ても、そして英会話スクールで大金を払っても、何一つ向上していなかったのだ。ものすごい脱力感が、津波のように私を襲ってきた。

こうしてその日のレッスンは、通った半年の中で、一番酷い出来となった。

しかし、だ。そのレッスン終わり、極め付けにその講師は私に、こう言ったのだ。

「Hey, Yuri. You did a great job today!」

私は「え?」と、なった。聞き間違えたのかと思った。

「I said “You did such a FANTASTICK job today!”」

そう言って、講師はキラーンとした笑顔で、私に親指を突き上げたのである。

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馬鹿にされていると思った。

そう、この講師は何も分かっていないのだ。私が今まで寝る時間も削って受験勉強やTOEICなどを頑張り、その後、フレーズ集などで自主勉強もし、そして今はこうして英会話スクールに数ヶ月も通い続けてきたのに、「ガチャガチャな英語」しか話せなくて、今、絶望のどん底にいる、私のこの気持ちなんて。

もしも少しでも分かるのなら、「ファンタスティック」なんて残酷な言葉、とてもじゃないが、言えない。むしろ、呆れて欲しい。哀れんでほしい。「お前には才能がない。英語なんか諦めろ」と言って欲しい。むしろそちらの方が遥かに親切だ。
レッスンルームから出て、私は次回の予約を入れずに、受付を素通りした。もう、二度とここには来ないだろう、という確信に近いものがあった。

そして、下りのエレベーターを待っていた時だ。先ほどのグループにいた、一人のサラリーマン男性がニヤニヤと近づいてきて、「ねえねえ、君、音楽が好きなんでしょ? 実は俺もよく聞くんだけどさあ。どう? 今度、一緒にライブとか行かない?」と、声を掛けてきたので、私はキッと睨み付けて、エレベーター横の階段を、涙目で駆け下りた。

情けなかった。悔しかった。苦しかった。孤独だった。そして、すべてが虚しくなった。ここでのレッスンも、今まで必死にやってきた勉強も、「話せるようになりたい」という純粋な気持ちも、何もかもが、だ。

結局、授業料は3分の一くらいは未消化のまま、そのスクールとは縁を切った。初めは何度も電話がかかってきて、「もう一度来ませんか?」と説得されたが、もうそれが親切心からなのか、それともただの営業だったのか、分からなかった。ただただ、もうそことは二度と関わりたくなかった。

孤独

そう、これが私が味わった、英会話スクールでの苦い経験である。

しかし私は、入ったスクールが極端に悪かった、とも思えなかった。きっとどこに行っても、同じ結果だったような気がした。

そして、私は分からなくなったのである。というのも、私が英語を話せなかったのはずっと、「環境」の問題だけだと思っていた。しかし、こうやって英会話スクールに入り、「話せる環境」を買ったのである。

それなのに、何にも話せなかったのは、そして全く上達をしなかったのは、一体どうしてなのだろうか。

レッスン時間が圧倒的に足りなかったのだろうか。もっと授業料を払い、週に1~2回などではなく、毎日通わないといけなかったのだろうか。であれば、私の経済力では無理だった。それにそんなお金がもしもあったら、留学だってしていただろう。

ただ、だ。もしも「時間の問題」であったのであれば、レッスン回数と比例して、段々話せるようにもならないといけなかったはずだ。ただ、どれだけ受けても、全く変わらなかったのである。いや、むしろ下手になっていっている印象すらあった。これは一体、どうしてなんだろう。

いや、それとも、だ。時間とは全く関係なく、私のメンタルに非があったのだろうか。例えばあのチャットルームの中に、無理にでも割って入るくらい、しないといけなかったのだろうか。いや、しかし、そんなのは無理だ。もしもそんなメンタルがあるのであれば、留学支援のサークルに途中入会したり、街中で外国人に話しかけるくらい、できるだろう。

そもそも、それが出来ないから、私はこうして大金を払ってまで、環境を買ったのではないか。一体、あのスクールの中で、どこに出口があったのだろう。

やはり英会話は諦めようか。そう悩んでいた時に、私はふと、あるアドバイスを耳にした。

それは、「外国人の恋人を作れば、英語を確実に話せるようになる」というものだった。

国際カップル例

確かに街の中でも、日本人女性と外国人男性のカップルを、たまに見かける。そして、当然ながらその場合、日本人女性は流暢に英語を話している。そう、このアドバイスは、当たりなのかもしれない。それに、お金だってかからないではないか。

しかし、だ。当時、私は町田さんという、サークルの先輩に恋をしていた。どことなく、天沢聖司くんに似た雰囲気の人だった。

ただ、彼には、他に「想う人」がいたのである。一度、思い切って、自分の胸の内を伝えたが、やんわりと断られてしまった。

「ゴメン、実は二年くらい、ずっと好きな人がいてさ。ぶっちゃけ、フラれ続けているんだけどね(苦笑)だから今、由璃ちゃんとは付き合えないかな」

ショックだったが、町田さんの誠実さや、私への優しさも伝わってきた。

もしかして、外国人の彼氏でもできたら、この辛い気持ちだって消えるかもしれない。

そう、初めは本当にそんな、軽い思いつきだった。

こうして私は、あるアプリをダウンロードした。それは外国人利用者も多い、マッチングアプリだった。ここで外国人の彼氏をゲットできた、という成功談もネットに沢山載っていた。

私は、アカウント登録を済ませ、一番見栄えのいい顔写真を載せ、プロフィール文を書いた。

「Hi. My name is Yuri. Please call me Yuri. I want to be able to speak English fluently. Thank you.」

それから僅か、数時間のことだ。私はその反響の多さに驚いた。そう、たったその数時間で、私の元に約30件のメッセージが届いたのである。

始めは事態がよく飲み込めなかった。そもそも、こういうアプリ自体、今まで使ったことがなかったので、全く免疫がなかったというとそれまでだが、ネットには、こんなにも「男性からのお誘い」が溢れているとは思ってもいなかった。

ひとまず一件一件、メッセージを読み、顔写真やプロフィールなどをチェックした。そして、年齢が離れすぎていたり、遠方に住んでいたり、自分に合いそうにないと思った人には、英語でお断りのメッセージを返した。しかし、しつこく食い下がってこられたり、中には逆ギレされたりもした。

もちろんそういうアカウントは、ブロックすることもできたのだが、私は段々怖くなってきた。やはり、不特定多数に向けて、自分の情報を晒すのは賢明ではない。そして、もしかして知り合いにも見られるかもしれない。

そう思って、私はアプリごと削除しようかと思ったのだが、一件だけ引っかかるアカウントがあった。

それは「Jason」というアメリカ人で、カッコいい顔写真がプロフィールに一緒に載っていた。そして住まいは東京で、年齢も21と、私と近かった。何でも最近来日したばかりで、友達がいなくて寂しいようだ。

しかし、何よりも惹かれたのは、好きな映画の項目に『Whisper of the Heart』とあったことだ。そう、これはジブリ映画『耳をすませば』の英語タイトルである。
何だか運命のようなものを感じた。私はジェーソンという、その男性に「Do you like “Whisper of the Heart”?」と返信をした。そう、そして、そこからLINEの交換までは、3日も掛からなかった。

原宿駅

こうして会うことになったのは、それから2週間後のことだった。私は珍しくサークル活動を休み、オシャレをして、待ち合わせの場所に向かった。

ドキドキだった。もちろん彼の顔は分かっているので、大体のイメージはついていたが、実際とは大きく違うかもしれない。

どんな人が来るんだろう。写真通り、イケメンなのだろうか。そして、約束時間ちょうどだった。後ろから、「Are you Yuri?」と声が掛かった。ビクッとなり、恐る恐る振り向くと、そこには一人の外国人男性が立っていた。

「Hi. I’m Jason! We're finally meeting! You look great!」

私はいきなり、ハグをされたのだ。

そうか、この人が、今までLINEのやり取りをしていたジェーソンか。しかし、ハグをされながら、私は強い違和感を覚えていた。写真と全然違う、と。

そう、彼は写真を加工していたのだった。それも、かなりだ。年齢だって実際は、26歳だった。

その後、カフェで詳しく聞くと、彼は自分の容姿に自信が持てないらしく、そういうアプリを使った、と正直に話してくれた。

ただ、思った以上に、誠実な人だった。私は外国人ということもあり、必死にそうやって苦労して、日本人女性と知り合いになりたい、と努力をしていることに、かえって好感を持った。

そして、何よりもそのやり取りは全て「英語」だったのである。私は気持ちが高揚した。もちろん、私の英語は相変わらず拙かったが、こうして今、私は英語を「使って」、コミュニケーションを取っているのだ。それが、感動だった。一つ、壁を越えたような気がした。そして、カフェの中でも、周りの視線が気持ち良かった。

こうして私たちはそれから何度も会った。色んな場所に行き、そこで言葉を重ねた。『耳をすませば』についても語り合った。そして、その度に私は自分の発話量が増えている実感がした。英語が言葉として、根付いてきている気もした。そしてそれは、今までの受験勉強や英会話スクールのレッスンでは、味わったことのないものだった。

そして出会って、ちょうど4回目の時だった。ジェーソンが、自宅に誘ってきたのである。

私は、どうしようか悩んだ。別に私たちは付き合っているわけではない。もちろん彼のことは好きだったが、恋愛感情は何一つ持っていなかった。

ただ、私の中で、正直、こう思ったのも事実である。「もしも彼と恋人関係になれば、私は確実に、そして無料で英語を話せるようになる」と。

そしてちょうどその時期、町田さんに恋人ができたことも聞いていた。そう、フラれ続けていた人と、うまくいったらしいのだ。

少し自棄になっていた気持ちもあり、私は悩んだ挙句、彼の自宅にお邪魔することにした。ほんの一時間程度のつもりだった。

しかし、だ。彼の自宅に上がり、チラリと、彼の本棚が目に入った時、私は強い違和感を覚えた。そう、そこには大量のアニメ雑誌が置いてあったのである。

ー「・・・違う」

私の本能がビンビンと、そう告げていた。そう、これは私が好きな人の本棚ではない。私もアニメは好きだが、やはり自分が好きな人の本棚は、文学作品に溢れていないといけない。

母の、「流されず、自分を大切にしなさい」という声が、どこからか聞こえてきた。何だか、ここにはいてはいけないような気がした。

すぐに帰ろうと思ったのだが、彼が勧めてきたお酒を前に、その気持ちはトロンと溶けてしまった。そう、私はお酒に強くないのだ。そして彼にも、その旨は伝えてあった。思った以上に、アルコール度数の高いお酒だった。

こうして私たちは成り行き上、いつしかベッドの上に移動して、唇を重ねていた。彼の強い香水の匂いが、プンとした。

しかし、その時だ。ジェーソンは私に向かって、こう言ったのである。

ー「I love you, Yukako.」と。

その瞬間、私の自制心がハッと目を覚ました。

「Excuse me? Who is Yukako? I’m Yuri.」

「Oh, my God.No, it’s nothing.」

ジェーソンの動揺が、手に取るように分かった。そして、ちょうどその時だ。私は枕の上に、一本の長い髪の毛を見つけたのである。

「Whose hair is this?」

「I have no idea.It’s yours, isn’t it?」

「え? But…」

そう、明らかにそれは、私の髪の毛ではなかった。黒髪の私に対し、それは鮮やかな「茶髪」だったのである。

モワッと黒い煙が私の中に吹き上がった。そして、ふと私は先ほど、ジェーソンのケータイが「LINE!」と鳴ったのを、思い出した。あ、もしかして。

スッと手を伸ばし、私は近くにあったジェーソンのケータイを奪い取った。

「Hey, come on! Give it back!」

そう、やはり思った通りだった。スクリーンには、LINEのメッセージが浮き上がっており、それはハートマークで溢れていたのだ。

ただ、驚いたことに、その差出人は「Yukako」ではなく、なんと「Natsumi」だったのだ。

私は、キッとジェーソンを睨んだ。そう、この人はこの手口で、今まで日本人女性を何人もこの部屋に誘い込んできたに違いない。日本人の女友達は私しかいない、と言っていたのに。結局、私を含め、三人以上の女性と関係があったことになる。いや、もしかして、もっとかもしれない。

しかし、だ。私はそれを問い詰めたかったが、言葉が英語にならなかった。浮気、を英語で言えない。そして、恋人関係も英語で表現できない。付き合う、すら分からない。もちろん、酔って頭が回らなかったのもあるが、私は自分の英語力の低さに、愕然とした。

「You know I wouldn't do that to you. What’s the matter? Let's have fun!」

私が必死に言葉を探している間に、ジェーソンは強引に覆いかぶさってきた。今までに見たこともない、「男の顔」がそこにあった。

「い、いやあああっ!」

私は必死に抵抗し、ベッドから逃げ出した。恐怖だった。

そして、その後のことは、ハッキリと覚えていない。ほぼ下着のまま、着てきた服や荷物を持って外に飛び出し、私は追いかけてきたジェーソンを振り切った。その際、後ろから「Oh, shit!」という、野太い声が聞こえた。

着替えたのは、路上のゴミ置き場の陰だった。何人かの人に、白い目で見られた。屈辱だった。そしてその時初めて、私は彼の部屋に、コートとマフラーを忘れてきたことに気づいた。もう、取りに行けない。

こうして私は凍える寒さの中、泣きながら家に帰った。途中、雨まで降ってきて、体の芯まで冷えた。

夜の雨

帰宅するとともに、私は熱いお風呂に飛び込み、家族に聞こえないよう、風呂桶の蓋を被って、嗚咽した。

自分が嫌になった。「英語を話せるようになりたい」というだけで、色仕掛けで相手を利用しようとし、そして逆に性欲の処理に利用されるところだったのだ。

まるで娼婦にでもなったような気がした。安っぽい、汚らしい人間だと思った。そして、こんな目に遭って、当然だとも思った。好きでもタイプでも何でもない男性に、ただ「ネイティブだというだけ」で、全てを許そうと思ったのだ。

たとえお酒が入っていたとしても、それは言い訳にはならない。飲んでしまった、いや、自宅に上がってしまった私に全て非があるのだ。もしも母がこの場にいたら、どんなに悲しい顔をするだろう。

そして、しかも、だ。私の心の中には、まだ忘れられない人もいたのだ。そしてその町田さんだって、フラれ続けて2年も待ったのだ。

私には、人を好きになる資格もないと思った。ましてや、町田さんの彼女になりたいと願ったこと自体、おこがましいと思った。

そして、長いお風呂から上がり、私はぐったりとして自分の部屋に戻った。少し熱がある気がした。雨の中、20分も歩いたから、風邪を引いても当然だった。

ドア越し

するとその時、まるでずっと待っていたかのように、ドア越しから、兄の声が聞こえてきた。

ー「なあ、由璃。お前、大丈夫か? 父さんがさっき、風呂の中で泣いてたんじゃないか、って心配してたぞ」

しまった、父に聞こえてしまっていたのか。そして恐らく心配になって、兄を差し向けたのだろう。

私はドアに向かって、「ううん、大丈夫。何でもないよぉ」と、わざと明るい声で返した。

「そっか、なら、別にいいんだけどさあ。あ、そう言えばお前、最近、外国人の友達ができたんだって? 英語は大丈夫なのか?」

ビクッとした。そして、「あ、うん、平気平気。もう結構喋れるよ」と、返した。

「そっか。まあ、色々と気をつけなよ。彼らだって、『普通の人間』なんだからな」

そう言って兄は、遠ざかっていった。もしかして、ピンとくるところがあったのかもしれない。昔から兄は、勘だけは鋭いのだ。

フーと息を吐いた私は、ひとまず本棚の日記を取り出そうとした。

すると、日記の隣に置いてあった英会話フレーズ集を間違えて取ってしまった。そう、それはジェーソンに使ってみようと思って、最近新たに買った本だった。なんだかそれが、とても虚しく見えた。

そうだ、そもそもなのだが、こんなことになったのも、英語を話せるようになりたい、という思いからだった。

しかし、それなのに、どうして私は今、こんな「惨めなところ」に辿り着いているんだろう。どうして私はここまで、英語に振り回されているんだろう。フレーズ集を手にしながら、また私は泣きたくなった。

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一体私が、何をしたというのだ。ただ単に、上や周りに言われてきた通りに、一生懸命頑張って勉強してきただけではないか。それなのに、どうして私は今、ちっとも話せるようになっていないんだろう。英会話スクールで大金だって払ったのに。どうして報われていないのだろう。

単語だって沢山知っているのに、スペルだって正確に書けるのに、文法問題だって余裕で解けるのに、長文だって速く読めるのに、そして塾で子供にも、得意げな顔で毎日のように教えているのに。どうして英語を話せるようになるためだけに、ここまで「苦痛」を受け続けないといけないのだろう。

その時、ふと隣の兄の部屋から、音楽が聞こえてきた。ザ・ブルーハーツの「TOO MUCH PAIN」だった。

(次回「9、英語が話せない遺伝子」に続く)

※「もしなる」文庫本品薄状態です。電子書籍でも新書版が読めます。現在、幻冬舎にて、重版の検討中とのことです。

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英会話講師。小説家。上智大法学部国際関係法学科卒。元大手英会話スクール本部社員。元塾講師。脚本賞受賞2回。日本人の英語の真の問題点、全部気付いています。ツイッター@eigo1201、インスタyukanazawa1201。https://english-kanazawa.com