YUKAとJAZZ
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YUKAとJAZZ

YUKA (村石有香)

JAZZの話を始めたら
止まらない
もしも 今 隣に  
JAZZに詳しい方がいたら
寝る時間も無くなるほど盛り上がるだろう

結論から先に言うと
私はJAZZが好きである
しかし「JAZZボーカリスト」と名乗るには
おこがましい
JAZZシンガーと名乗るには知識も実力も全く足りない 
多くのJAZZミュージシャンに批判されるだろうから 笑
「JAZZが好きな とあるシンガー」の呟きとして
この記事を読んでいただけたらありがたい

「JAZZ」という文字を目にした時に
様々なミュージシャンとのセッションを思い出す

楽しいばかりではない

譜面の準備
キーの設定
歌唱力
発音
パフォーマンス
トーク
衣装
メイク
集客
選曲
ミュージシャンとの調和
お店のオーナーや従業員との調和
ステージ後のお客様との交流 お礼まで

全て含めて
JAZZだった

全てがパーフェクトだった日は1日もない
その中のどれかが際立ち
鮮明な記憶となって
未だに心の奥でキラキラしている

思い出すと
とにかくキュンとする
お店の香りを思い出す
葉巻とか高級なブランデーや
濃厚なワインの香りとか
グラスがカランと響く音
軋んだ木の床を高級なヒールがコツコツ
と響く音など
バーテンダーがグラスを磨いている姿も

様々なことを思い出す

ある時突然JAZZを歌うことを辞めてしまった



銀座の老舗での本番日
「君の歌はJAZZじゃない!」と
怒りをあらわにされながら、レジで2万円も払って帰っていったお客様を見た後に
肩にドーンと悲しみややるせなさがのしかかり
すっかり尻込みしてしまった
地元の駅のマクドナルドで深夜2時まで
涙が止まらなかった

書き溜めた譜面もその後全て捨ててしまった
それからライブではJAZZを歌っていない


私は29歳からJAZZを学び始めた
幼い頃から家の中では父の影響でラテンジャズが流れていて馴染みがあったのだが
理解していた訳ではない

29歳で結婚して
夫がJAZZセッションに参加しているのを見に行っては、JAZZが歌えたらどんなに楽しいだろうと思っていた

結婚後、子供も欲しかった為ツアーの仕事なども抑えていた私は今後の音楽活動についてあれこれ妄想していた

東急東横線の自由が丘駅から15分ほど歩くと目黒通り沿いに「ラフアンドレディー」というJAZZ弾き語りのお店があり、ふらりと一人で数回通った

「ユミ・マーシー」というシンガーがオーナーで
弾き語りをしていた
自由が丘という立地に自身の店を構え、そこで弾き語りをされていたのだ

その空間はマーシーさんの生き様そのもの
そして太く優しく響く声に涙してしまった

「是非ご指導お願いします」

「あなたも、ポップスばかりではなくて
様々な曲を歌いなさい。頑張って」と言っていただいた
妊娠中も週一で通い、様々なことを教えて頂いた

時に感情的になり先生にキツい表現をしてしまったことがある
JAZZを歌うと喜怒哀楽がフルになってしまう
思い出すと申し訳ない気持ちが込み上げる
マーシーさんは今 天国にいらっしゃる

高音で金切声をあげるJ-POPが流行っていたその頃、私は中低音の厚みのある声で表現したい願望があった

もともと中低音が一番響く声質なのだが
日本のポップスの仕事では高い声を求められる
喉も耳も消耗していたのかもしれない

話は変わるが「マリア・カラス」
というオペラシンガーの映画を観たことがある

自身の声質と合わない歌を役のために歌い続け、消耗したという事実もあったと言う

一流のシンガーが時代の求める声に寄り添っていく苦労はどの時代でもあるのだろう

オペラシンガーの神的存在のマリア・カラスを例えに出すなど、大変おこがましいとは思いつつ

私のような悶々と歌うシンガーがどれだけ励まされたのだろう

JAZZシンガーと言えばサラ・ボーン、エラフィッツ・ジェラルド
巧みなテクニックとパワーと繊細さ
どこまでも太く厚く響くサラ・ボーンの声は到底真似できるものではなく、声質だけに留まらない様々なコンプレックス、苦悩がスピーカーから生きたまま伝わってくる

自分がジャズを表現するならば
どんな表現が出来るだろうか
もっと様々なシンガーを知りたい

数回共演させて頂いていた宮川泰先生のカルテットのメンバーで、ベーシストの青島信幸さんにJAZZを教えていただくことになった

譜面の書き方や
様々なシンガーを教えていただいた
ステイシー・ケント ダイアナ・クラール
ロバータ・ガンバリーニ エバ・キャッシディ 他

一つの曲を様々なアレンジをして歌う
それぞれのシンガー
私の声は当然サラやエラにはほど遠い
ムキになって真似をした時期もあるが
本当に恥ずかしい

明るいポップスが合う声で
どちらかと言うと幼稚な印象を受けられることも多い私の声は 元気に歌うと
悩み一つない 〇〇キャラだ
それは自分でもよくわかっていた

けれどそれなりに
年相応 色々な経験があり
日々繰り返される様々な出来事や想いを
音楽で表現したい

上記のシンガーは さらりと明るい中に透明な柔らかさと素朴さを持ち合わせていると感じた
少し、真似をして練習してみようという気持ちが生まれJAZZへのハードルが低くなった

青島先生に感謝
出会いは宝

振り返れば
親愛なるダイアナ・ロスの映画
「ビリーホリデー物語」
ミッシェル・ファイファーの「恋のゆくえ」
を観てJAZZに憧れた20代前半

それから10年ほど経ち JAZZライブハウスで歌うことができるようになった時の喜びは大きく
当時の私は自信に溢れていた

JAZZを歌うとその場の雰囲気に呑まれ
ミュージシャンに陶酔し
お客様の紳士も素敵に見える
上品にワインなど傾けながら、ブランドのスーツに身を包んだ良い香りの女性は
客席で女優の様に華やいでゆらめいていた

洗練された大人たちが集う銀座や六本木、渋谷などのJAZZライブハウスで3年ほど月1.2回のペースで歌わせていただいた

30代前半
JAZZライブハウスでは若手と呼ばれた
日頃のポップスでの活動が功を奏して
ファンの方が来てくださったので
小さなライブハウスは満席になることも多く
オーナーにも喜ばれた

しかし
生粋のJAZZシンガーではない
ポップス、ダンスミュージック、アニソン、歌謡曲、ロック、などとにかく様々な歌を歌わせて頂いていた自分には
負い目があった

JAZZミュージシャンとしてブレず
日々JAZZを勉強し続けるミュージシャンやシンガーの苦労を目の当たりにしては
なんとも言えないやるせなさが生まれていた日々は悶々たるもの

JAZZシンガーに限った事ではないが
知名度の有る無しで集客力が全く違う
知名度のあるJAZZシンガーは一握り
それ以外のシンガーは大変だ

人気タレントがたまにJAZZを歌いたくて
ライブをするとあっという間に満席になる
JAZZライブハウスのオーナーはもどかしいかもしれない
でも仕方ないという悔しさもあるだろう


バークリーなどの海外で本場のジャズを学び流暢な英語の発音で最高のテクニックがあるにも関わらず集客できないシンガーも大勢いる

お店側にとったら
どんなに素晴らしいシンガーでも
集客できなければ経営が成り立たない

女性のJAZZシンガーの一部は
歌った後に客席へ座り
お酒をご馳走になっている人もいた

私も何度か言われた事がある
お酒をご馳走してもらいなさい
指輪は外しなさい と

飲食店でのバイト経験もあった為
それほど苦ではなかったのだが
やはり
シンガーは
歌を歌って、お金をいただくと言うことが
自信になっていくものだ

やはりブレてはいけない

プロのミュージシャンにとって
お金と音楽は
切っても切り離せない

そして
知名度のあるJAZZシンガーやミュージシャンは、決して音楽だけを極めてきたわけではなく
人知れず音楽以外の努力もしていることを
理解しなければ嫉妬の念に呑み込まれるだけ
自分自身に何のメリットもない

やはり成功している人たちの面(おもて)だけでなく裏の裏まで知ることが
大切だと感じる
そしてどんなにベテランになっても
自信満々のミュージシャンなど一人もいないことを知った

常に前を向いて
自分と戦って
音楽を表現している
一流の方々は
とても気さくで優しい

JAZZは奥深い
英語の発音はいつまで経っても自信がないが
これからも歌い続けたい
またライブでJAZZを歌える日には
ずっと応援してくださるファンの皆さまと
再会したい

その時は なにか吹っ切れたYUKAのJAZZが
歌えたらいいな

楽しみはこれから 盛りだくさん

長い記事を読んでいただき、心から感謝いたします✨🥰YUKA



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YUKA (村石有香)
シンガー。代表作はキテレツ大百科「お料理行進曲」ドラゴンボールZヒット曲集 伝説の勇者ダ・ガーン マクロス7挿入歌など多数