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私と父をつなぐ音楽

好きな曲を聴いていると、
「こんな風に弾けたらとても気持ち良いだろうな」と思うことばかりだ。



最近、上手く弾けるようになりたい曲を指折り数えてみた。小品(3,4分の曲)もあれば、コンチェルトのような30-40分の長い曲まで、両手では足りない。

次に、今のような生活、あるいは今以上に仕事が生活の中心になるなら、どのくらいの時間を練習に捻出できるか考えてみた。小品ならまだしも、超絶技巧のコンチェルトなど、一通り譜読みをするだけで数ヶ月、いや半年以上かかるかもしれない。「そこそこ」弾けるようになるには1年以上は軽くかかりそうだ。もっとかかってもおかしくない。

人生は、自分が思っている以上にあっという間に過ぎていきそうだ。周りの同世代、特に女性陣は「もう20代後半に入った…」とこの年齢を悲観しているけれど、昔からマイペースな私は、時間が限られていることを意識しながらも「まだ若い」と思っていた。そんな私でも、人生でヴァイオリンに費やせる時間を考えると、これまでにないくらい焦っているのが少し滑稽だ。



時間がかかるからといって、上達を諦めたりはしない。上達に時間を要する楽器はそれだけ敷居が高くなるけれど、ヴァイオリンのとっつきにくい特性は、楽器の奥深さ故かもしれない。


父の習慣

私がヴァイオリンを聴くようになったのは、中学生の頃だ。ヴァイオリンを習い始めたのも同じ時期だった。「ヴァイオリンを始めるなら3歳から」と聞いたことがある方も多いように、私は一般的な基準からすると、「レイト・スターター」の部類だ。



思い返せば、私のクラシック音楽との出会いはずっと幼い頃に遡る。会社から帰宅した父は、夜のニュース番組が終わると、すぐにテレビを切ってクラシック音楽のCDかクラシック音楽のラジオ番組を流していた。平日も、休みの日も、毎朝、毎晩。リビングで流れるBGMはクラシック音楽だった。今の私が好んで聴くヴァイオリンの曲は少なく、オーケストラの長い曲ばかりで、当時の私は退屈で仕方なかった。「テレビ番組を観ていたい」と思ったことがよくあるものの、チャンネルの主導権を持つ父親には閉口していた。

「なんだか聴いていて落ち着くなあ」とか「このメロディはとても美しい」と思ったり、「トルコ行進曲」のようなリズミカルな曲が流れると嬉しかったのを覚えている。そんなこんなでクラシック音楽を毎日のように耳にしていたお陰で、いつの間にか親しみを持っていたのだ。

最近になって母親に聞いたところによると、父方の祖父もクラシック音楽を好んで聴いていたようだった。「クラシック音楽を聴くと落ち着く」と父は口にしていたという。昔は、クラシック音楽ばかりかける父親にうんざりしていた。今となっては、ヴァイオリンに出会うきっかけの種を撒いてくれた父に感謝している。

私とヴァイオリン



これからは、寝ても覚めても好きな楽器、ヴァイオリンの魅力についても綴っていこうと思う。自分にとって大きな存在なのに、今までその思いを言葉にあまりしたことがなかった。

ヴァイオリンを弾きこなすことはとても難しく、中学生の頃から趣味として始めた私は、まだまだ素人だ。それでもヴァイオリンは、すでに私にとってのライフ・パートナーである。

ヴァイオリンを通して出会った先生、曲は、私にとって人生の支えのような存在だ。好きな演奏家とはサイン会でしかお話ししたことがないけれど、その演奏と生き方が私をいつも励ましてくれた。



私は音楽を専門に学んできたわけではないので、素人目線で音楽を語る。音楽を専門に勉強されてきた方からすると、稚拙な解説だったり、時には間違った説明をするかもしれない。これまでクラシック音楽やヴァイオリンに馴染みがなかった人にとって、入り込みやすいお話になればと願う。



「高尚」とよく思われるクラシック音楽は誰にも開かれている。多くの若い人にとって、クラシック音楽は退屈かもしれない。それでも

クラシック、ヴァイオリンの意外な一面をもっと伝えていけたらと思う。実はヴァイオリンは、楽器、演奏する人、そして曲などによってガラリと印象が変わる楽器だ。音も、まるで人間の声のように様々な色彩を帯びている。ヴァイオリンのために書かれた曲には、華やかな曲はもちろん、一日の終わりの疲れを癒す曲、悲しみに包まれた心に美しい風景を浮かばせてくれる曲、灼熱の太陽のようなエネルギー溢れる曲、ジェットコースターのような浮き沈みを華麗に描くドラマチックな曲まで、その奥深さにいつも驚かされる。一言で言い表すことのできない魅力が溢れる、まるで「生き物」のような楽器だ。

私の音色になるもの

「一番大事なのは、どんな音色を出せるかですよ」

ヴァイオリンの上達には、とにかく時間が必要なのだと考え詰めていた私は、ヴァイオリンの先生と話していて、ハッとした。

先生は、私が習い始めた頃、
「音を聴くと、その人のことがよーく分かるんです。風邪をひきそうだとかもね」
と言っていたのをよく覚えている。同じ楽器でも、弾く人によって音色は全く異なる。同じ楽器も、何年も引き続けると音色は変わる。


何が自分の音色を豊かにするのだろう。いうまでもなく、日々の練習も大切だ。それ以上に、その人の生き方、日々の生活の積み重ねだと思う。その人の内面だ。そう考えると、ヴァイオリンに全く関係のないような日常の出来事、一瞬一瞬を慈しむことができる気がする。

個人的には、20代のうちは自分のキャリアに専念したい。それでも、限られた時間の中で、地道に楽器の練習を続けたいし、ヴァイオリンをしていないときも、自分の音色を作っているのだと思う。そう思うと、「ヴァイオリンに向き合う時間はまだたくさんあることに気付く。

受験などでしばらくヴァイオリンから離れていたけれど「再開したい」と言ったとき、母はこう言った。
「またYukaのヴァイオリンを聴けるんだね。楽しみだわ。」
私の音を楽しみにしてくれている人がいる、母の一言を思い出すと、いつも私の胸は震える。

思うように弾けない私はまだまだもどかしい。それでも、10年後や20年後、その先もずっと、自分の楽器と一緒に音を作り続けたい。笑顔に花が咲く日も、悲しみに明け暮れる日も。

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スキをありがとう!もっと上手く書きたいな
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/ 卒業後にギャップイヤー / ライティング/ インタビュー /feminist / 和菓子、🎻/ Coding
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