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読書も、ゲームも、観劇も。大量消費が次の道を開く

まもなく、東京に帰ります。
二泊三日の鹿児島の旅、講演も無事に終わったし、温泉やプールでひたすらゆるまったし、とても良い旅になりました。

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私の毎日は忙しくなくもないけれど、本や漫画を読んだり、宝塚を観たり、ドラクエウォークのようなゲームをする時間は自然と取っています。

紙の本を目で読むというのは、今の私に取っては贅沢すぎること。だから本はkindleで購入し、スマホの読み上げ機能を使ってひたすら耳で聴いています。これは、数年前からの習慣です。

本を耳で聴くようになって、私は読書の時間を確保することができました。それまではやっぱり仕事、家事、子育てとそれなりにやりたいことがあったので、本を読む時間は電車の中くらい。
しかし、職住近接を重要視しているので、その電車の時間自体は15分くらいしかないという…。

もっと本を読みたい。その欲求を満たしてくれたのは、テクノロジーとコミュニティの力でした。

詳しくは、過去に書きました。

読書は、朝食を作ったり片付けたりする時間やメイク時間、駅まで歩く時間などが当てられます。もともと一人でするものを読書時間に当てているので、家族との会話の邪魔にもなりません。
合計すると、だいたい一日1時間弱をこれに当てています。
ゲームはそれこそ隙間時間でちょこちょこだから大した時間ではないのかもしれないけど、宝塚は観に行ったら、それこそ3時間はかかります。

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やることもやりたいこともたくさんあるけれど、1日の何パーセントかはこんなことに時間を割く。こういった消費活動に費やす時間は、案外大切だと思っているんです。
もちろん、時間は有限です。時間は、人が持っている資産の中で増やすことのできない貴重なもの。だから、浪費はしないようにしています。

消費をしない人は、消費者の気持ちはわかりません
少なくとも自分がビジネスで関わっている、もしくは関わりたい分野についてはある程度の大量消費をしていかないと、精通することができないと思うのです。

例えば、結構な割合で「書く」仕事をしている今、読書によってたくさんの言葉を取り入れることも、こうしてnoteを書くことで言葉を紡ぐことも、大切。
目の前の仕事を進めて行くことには直結しないけれど、これらを怠ると私は何も思いつかなくなるでしょう。

以前読んだ本に、こんな一節がありました。

ひらめきに対する人々の考え方にはひとつ問題がある。ひらめきは魔法のようなプロセスだから、ひらめくために努力する必要なんてないと考えているのだ。しかし、ひらめくためには一定の知識を築く必要がある。知らない物事についてなにかをひらめくことなんてありえないのだ。

『クリエイティブ・スイッチ 企画力を解き放つ天才の習慣』

本では、一日に三、四時間、起きている時間の二〇パーセント近くをこうした消費活動に費やすことを強調しています。
結構な時間ですよね。
でも、すごくよくわかる気がします。

「ちょっと」やってみても、あんまり意味がなくて、大量にやるからこそ蓄積されていく。もちろん、やることはまったく無意味ではないけれど、少なくともその分野において専門家くらいになりたかったら、ある程度異常な量やり抜くことは必要かなと。

一万時間の練習を積めば、誰でも何かのエキスパートになれるという、いわゆる「一万時間の法則」。これは、厳密に言えば正しくないという話も本書には出てきますが、読み進めていくと、正しい方向への努力はやっぱり必須なことがわかります。


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まぁ、そんなことをグダグダと考えながら、鹿児島県ではドラクエウォークのお土産を3つゲットしましたよ、というお話です。(違)


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Yuka Shibayama
会社を経営したり、オンラインサロンを運営したり、秘書をしたりしているワーママです。


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