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忘却

私は、なんでもすぐに忘れる。自慢するわけではないが、忘れ物や、やり忘れは当たり前。「何時から始まるの?」と言われ、何時からだったっけなあ、とスケジュール表を見てみて、あれ?ほんとにこの時刻であっていたかな?と、入力したときのことすら思い出せない、というレベル。「あれ持ってきてくれた?」には、あ、玄関に置いて来ちゃった。「それいいの持ってるね、いくらだった?」と聞かれ、さあ、大体の金額さえ皆目思い出せないので、なんとなく、安かったよ、高かったんだー、ということすら答えられないこともままある。このように、忘却力に関しては、かなりの自信がある。

中学高校時代のクラス、どのクラスで誰と一緒だったか、いつの修学旅行でどこへ行き何を見たか、就職後、最初の会社で、これは天職だ!などと自己満足しながら楽しんだ様々なプロジェクトの中身。最も酷いなあと思うのは、(最初に)婚約した人のこと、、、。幸い、その後結婚しなかったので、あまりどなたにも失礼せずに済んでいるがー。

そうなると思い出話も苦手ということになる。あの時、「こんなことしたよね」には、ん~、したっけ?と思いながら、そうだったねえ。「あれ食べたお店の名前なんだった?」は、思い出せるわけがないから、もう最初から思い出そうとすることすらしていない(かもしれない)。もうちょっと頑張ろうよ、私。そうすれば、「思い出す」というスキルがつくかもしれないよ、と自分に言ってみた若き日もあったが、今はそれすらしていない。

物を捨てるのが苦手なところから推察すると、恐らく頭の中のどこかの引き出しに、ポイッとは入れているはずだ。その瞬間から、取捨選択して、大事なことではないから忘れてしまおう、ということができるような器用さは無い。ただ、その無秩序な引き出しの中をあれこれ開けてみて探すことを拒否しているらしい。なぜか。

眼の前に新しく現れてくることに対する関心が非常に強い。厳密に言えば、ちゃんと眼の前に現れていない、通りすがりの視界に入ってくることすべてに対してなのだと思う。車の助手席に座れば、あの看板に出ている俳優はなんであの服を着ている?あの街路樹の葉っぱはそろそろ黄色くなるんだけど、そこの家、1階をカフェにしたんだね、有機野菜売って、売れてるのかな?と、もう忙しい。遠慮なくすべて口に出して言ってしまえる相手が運転している場合には、大体、やめて、と言われる。

脳内の引き出しの容量がどれほどあるのかは知らないが、その中身を引っ張り出す活動よりも、そこに新たな中身を放り込む活動により多くのエネルギーを配分していると思われる。適当にどんどん放り込む活動を「こちらの活動」、記憶の引き出しの中身をきちんと整理して保存し、必要に応じてリトリーブすることを、「あちらの活動」とすると、こちらとあちら、どちらがより大事か?もし私が司法試験に受かりたいとか、映画評論家になって、いつ頃ヒットしたあの作品の監督と俳優は誰で、どんな賞を受賞していて、こんな作品も作っていて、それに比較すると、これは駄作ですね、なんてことをしゃべる必要があるならば、あちらの活動が大事、ということになるだろう。

やはり学生時代には、覚えられない、というのはマイナスポイントではあったが、今となっては、弁護士も映画評論家も目指していないので、「こちらの活動」中心に生きていても、支障はなさそうだ。むしろ、強味にさえ感じ始めたからこそ、今コレを書いている。

半世紀生きてくると、楽しいことや幸せに感じることもたくさんあったけれども、嫌なこと、思い出したくないこと、考えると悲しい気持ちになること、なかったことにしてしまいたい恥ずかしい経験、見なければよかったこと、などもかなり積もってくる。これらは、「あちらの活動」がほぼ停止している私の場合、よほどの必要に迫られない限り、自力で引き出しから飛び出してくることは無い。たまに、自虐的に思い出してみようか、と思うことが無いわけではないが、簡単には思い出せない。

そして、幸いにも、楽しかった記憶や幸せの感覚は、引き出しになどにしまい込まれることなく、自分自身のものの考え方や行動の一部となったり、あたたかい光を帯びた大気のようになって私を包んでくれている。私が子どもの頃の理想の家は、「ものぐさ太郎の家」だった。真ん中の炬燵に陣取って、手を延ばすと必要なものすべてに手の届くコックピットのような家。忘却力の賜物として、厳選されて私をとり囲んでくれている素敵な出会いや出来事とその記憶にフォーカスして生きていけることが、これまたラッキー。


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