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IBSA柔道グランプリ・トビリシ

今回もまたかなり遅れてしまいましたが、5月18日に行われたグランプリ・トビリシについて、振り返っておこうと思います。

今回の大会はパリパラリンピック最後の予選。大会前当時、世界ランキング1位、予選ランキング2位の私は出場は確定している段階でした。また、ランキングトップのカザフスタン・オラザリューリー選手はクラス分けで出場資格を得られていないため、実質ランキングトップ。また、4位のフランスのペティット選手とも440点の差があるため、第1シード、もしくは第2シードが確実に得られる状況でもありました。

つまりは、実際のところ必ずしも出場する必要はなかったということです。そんな中で今回の大会に出場した意義は、前回のアンタルヤで納得のいく試合ができなかった、勝てなかったため、より良い形で予選を終えたかったことと、本番前最後に減量、コンディショニングなど重要なところを可能な限り試行錯誤したかっとことが大きな理由です。
さらに言えば、ランキングの順位・シード順を調整することで、パリ本番で苦手な相手と当たりづらい組み合わせを作ろうという狙いもありました。

今回の結果は優勝ということで、前者の目的については概ね達成することができました。これまでで一二を争うほどに好調な状態で試合に臨むことができました。準備段階として前回課題に挙げた減量や体のメンテナンスなどの部分はかなり良い形を作ることができました。試合内容でも前回敗れたクランバエフに勝ったこと、これまで対戦経験のなかったイバニェスとペティットと試合ができたこと、彼らに勝てたことは、パリに臨むにあたって抱えていた不安のうちいくつかを解消する大きな成果だったと思います。

後者の目的については残念ながら断念しました。というのも、組み合わせが出た段階で勝ち上がりが非常に予測しづらく、あらゆるパターンを想定するという作業がちょっと面倒くさくなってしまったためです。
苦手とするカルダニがランキングで4位に入るようならば1位をサイドフに譲るというのが主たる思惑でしたが、4位争いが非常に複雑だったため考えるのを放棄しました。
結果としてカルダニは4位で予選を終える見込みですので、パリ本番では準決勝で対戦することになりそうです。

ここから、試合内容について振り返ってみようと思います。

初戦はスペインのイバニェス選手。東京パラ66kg級の銀メダリストです。東京以降は階級を上げて、なかなか入賞できていませんが、昨年9月のバクー、前回のアンタルヤで準優勝しており、東京パラもそうでしたが時々金星で表彰台に上がる選手です。
これまでの対戦経験はありませんが、合宿等で何度か乱取りはしたことがあります。
主に巴投や隅落など捨て身系の技がメインで、大外刈などもできる選手です。

開始からすぐに後ろに下がりながら強く引かれます。こちらの背負を警戒してのことだと思います。そのまま最初は巻込技。
待ての後、巴投。この時、引手で前に出ていた私の足を脇に挟むようにして引っかけてきました。半身で着地。やや甘かったように思いましたが、技ありの判定。今回も早々にポイントを先行されます。

こうして腰を引かれるとこちらは技をすごくかけづらい。間合いも遠いのでこちらの強みを出せません。どこか狙えるところはないかと様子見していると捨身技。またも足に腕をかける巴投こそはやや耐える必要がありましたが、他はいずれもかけ逃げに近い形。とはいえ、ここで開始40秒。どちらかと言えば私の方に指導が入りそうな頃合い。
これはまずいとやや苦し紛れに開始と同時に大内刈。効果はほとんどありませんでしたが、少し流れを作ることには成功したようです。相手が完全に腰を引く前に釣手で煽りながら、先ほどまでより運動量を増やします。
ペースが変わったからか、自分の形を作れなかったからか、相手はここで不用意な巻込技。こちらは体勢が整っていましたし、巻込技の回転もかなり浅くこれまで通り逃げるにも体が前に倒れきれていない技でした。そこで、相手の背中側に一歩踏み出して、狙っていたというわけではありませんがこういう状況だとたまに出てしまう裏投へ。
体感としてもなかなかうまく決まった感触がありました。一本。

苦手な形の相手をなんとか退けることに成功し一安心。準決勝進出です。

ここから待つことおよそ1時間、今度は想定よりも少し早く順番が回ってきました。

相手はウズベキスタンのクランバエフ選手。東京パラ66kg級の金メダリストで、前回のグランプリ・アンタルヤの準決勝で私が負けた相手です。ここまでの対戦成績は1勝2敗。
現在のこの階級では私にとっては最も厄介な選手です。

開始早々は前回と同様に釣り手を少し高い位置で握り肘を浮かすようにしてこちらの首の動きを制限してきます。これをやられると背負投には入りづらくなるので、私はこの釣手を弾き手で絞りながら顎を使って落とそうと試みます。お互い低い姿勢での展開。私の動きが少し緩やかになったところで、クランバエフは引き出しながら小内で足を外に払い背負投。これは横に逃れます。

再開するとまた同じような展開。私の小内巻込の不発で崩れた組手をお互い立て直しながら、クランバエフが高い背負投のフェイント、次に私が大内刈。これは力の向きが崩れて不発。ここから三度お互い立て直そうとした時、クランバエフが引手の高い位置を叩いてから小内刈。これも腹ばいで逃れます。

寝技から起き上がって1分経過というところですが、中盤までの展開で危うかったのはここくらいでしょうか。
しばらくはこちらは釣手で相手の体を落としながら背負を窺いつつ支えなどで崩す、クランバエフはこちらの釣手を殺しながら巴投げなどを仕掛ける、互いに効果的な技が打てないままさらに1分。

残り2分手前、ここからクランバエフは疲れてきたのか戦い方を変えてきました。釣手を逆側の肩越しに背中を叩き、巻込技。これに対して私は距離をとって潰すか、密着して技を受けて押し潰すか。まともに組むパターンでもクランバエフの巴投などで防御の場面が割合多くなります。所々背負を撃ちますが、反対側に逃れられ不発。

残り40秒、どうしたものかと思案した末、あちらが釣手をはなす前に思い切ってこちらが釣手を切ってみました、腕を相手の釣手に上からかけるようにして小内巻込の素振り。そのまま引手の方向へステップ。クランバエフが切れた引手で背中を取りながら密着したところに合わせて一本背負。ほぼ半身というところでしたが技ありの判定。いい加減私もしんどかったので寝技で時間潰し。あわよくば抑え込もうかとも思いましたが返せず。残り21秒で待て。

ここで勝ちを確信。これが良くなかった。気持ちが消極的になってしまっていたのかもしれません。はじめからまもなく再び背中を叩くクランバエフ。ここを引手で抑えられていればそのまま勝てたかもしれません。完全な形で背中を叩かれて回り込みながら中途半端に下に逃げてしまいました。片膝をついた状態で相手の釣手は背中。当たり前のように押し倒されます。なんとか耐えて宙で体を半回転捻り、後方に半身で左肩から着地。かわしきったように思いましたが判定は技あり。その後ビデオ判定でも覆らず。

残り10秒。再び背中を叩き、今度は帯にまで達したクランバエフに対して裏投で応じますが、腹ばいでノースコア。残り2秒、再開際に背負を仕掛けますが、これも潰れてしまい時間切れ。私自身5年ぶりのゴールデンスコアに突入します。

しかし、幕切は呆気なく。またも釣手で背中を狙うクランバエフ。防ごうとするも結局再び帯を握られました。しかし、そこから仕掛けてきた技は帯取返。潰れたところをそのまま上になり、足を抜いて袈裟固。最初こさはやや不安定でしたが、途中から腰を切って安定。10秒で合技一本。決勝進出です。

ここの勝因としてはまずは体力。私も息絶え絶えでしたが、スタミナ切れは圧倒的にクランバエフの方が先でした。そして、彼の傾向を改めて掴むことができました。
どうにも彼は疲れてくると釣手を離して肩越しに背中を叩く組み方に変化するようです。これは非常に厄介で、どちらかと言えば正常に組んでる方が投げにくくはあるものの、投げられる心配をほとんどしなくて良いからです。正常な組手からの技なら防ぐ自信があります。
一方、背中を持たれると、巻込系の技こそは潰すのに難はありませんが、後ろの技、小内巻込などはかなり警戒が必要になります。前回も開始際とはいえ、投げられたのは小内でした。ただ、この体制になれば、あるいはなるまでの過程で投げるチャンスが生まれてくるのも確かです。そこを逃さないようにすることがクランバエフとの試合で重要になってくると思われます。

この試合で私は完全に疲労困憊。もうこの瞬間にでも現役を引退してやろうとさえ考えました。というか、そう周りに曰いました。
両腕も足もパンパンに張り、アップ会場に戻るなり寝転がると起き上がることができず、まるで王であるかのようなマッサージを受けました。
こんなにもしんどい試合をしたのに、なぜか監督の遠藤先生だけは嬉しそうで、「こういう試合が良いんだな」などと満足気でした。死闘が大好きな格闘家気質の遠藤監督です。
私としてはもう二度と御免ですが。

大量に汗も吹き出し、マッサージを終えた後の畳には水たまりができていました。
これはまずいと道着を脱ぎ乾かします。
第一シードの特権、ずっと白道着というのも、締まって見える点、着替えなくて良い点などはメリットですが、汗をかくと悲惨というのは最大のデメリットでしょう。
パリを第一シードで迎えられたなら、ぜひ汗をかかない楽な試合をしたいものです。

決勝の相手はサイドフだろう。そこに何の疑いもなく昼休憩に入りました。軽食をとって、準決勝の映像でも見ておくかと、電波のほとんど届かないアップ会場を出て、試合会場の観客席へ向かいました。人が少ないあたりの席にどかッと座って準決勝の映像を見ます。
すると、びっくりサイドフが抑え込まれて負けているではありませんか!!!
相手はフランスのペティット。どうやら怪我をしていたらしく今年はまだ大会に出てきていませんでしたが、地元でのパラリンピックに向けて仕上げてきているようです。

ということで、決勝の相手はフランスのペティット。初めての対戦です。
彼は元々81kg級の選手で、東京パラでは3位決定戦まで進んでいます。
見た感じの相性としてはかなり良さそうに思います。長身でやや懐が深いですが、背負には入りやすそうな体型をしています。注意すべきは長い手足。内股で跳ね上げられたらなかなか逃げるのは難しいでしょう。

組手はケンカ四つ。
ペティットという選手は非常に紳士的なのか、ルールに従順なのか、釣手は下からが好みのようですが、先後の決まり以上の持ち替えは一切してきません。
試合を通して釣手の上下は交互になりました。

試合開始早々、低い体勢に引き込みます。完全に相手の腰を折ることができており、なかなか良い感じ。しかし想像以上に「近い」という印象。相手もうまく腰を落として、足の位置をかなりこちらに近いところに置いていました。案の定内股、から大内掛に変化。しかしこれは相手の頭を下げさせておくことができたため足を上げて外せました。そこから背負投。しかしこれはワンテンポ遅かった。もう一息早ければもっと深く入れたかもしれません。

待ての後再開。再び低く、そして近く。今度は小外掛。掛けられた右足に重心を置いて耐え、その足を軸に体を入れてから相手の足ごと滑らせながら下に背負投。これもやや浅い。と言うよりペティットの足が長すぎて、横に少し逸れれば出した足で耐えられてしまう。後ろに返されそうになったのを腹這いで逃れて待て。

そこからはこちらもやや攻めに転じました。低い体勢から大内刈り。掛けた後も体は浮かさないように。向こうの体が少し浮けばそこに横から背負投。いずれも不発に終わりましたが、意外にも攻めの姿勢が強く出ていたようで、1分経過のあたりでペティットに消極的指導。
私より先に相手に状況指導が与えられることなど今まであったでしょうか。いや、何度かはあったかもしれませんが、決勝という実力のある選手を相手取る試合ではそうはなかったはずです。きっと明日は雪が降るでしょう。

ともあれ、指導が入る時というのは流れが変わるタイミング。これを逃す手はありません。幸いにも今回は私が釣手を下から持てる番。
はじめと同時に例のアレ。

背負投、これ以上ないというくらい綺麗に決まりました。まるで投込み。
もちろん一本です。

これを見せてしまったのは、次の対戦がパラ本番かもしれないというところを見据えると戦略的には失敗であるかもしれませんが、どうせ私の背負は警戒されるでしょうからまぁ良いでしょう。


ということで、2大会ぶりに優勝。パラ予選となる世界ランキングで1位を確定させました。
冒頭でも記したように今大会には今までにないくらい良いコンディションで臨むことができました。階級に対して未完成の体は常に状態が変わるので、パラ本番でも同じ方法で同じコンディションが作れる保証はありませんが、最高の状態を作ることができたのなら、絶対に負けることはないという自信を得ることができました。

次はいよいよパラリンピック本番。階級を変えて苦しい3年間でしたが、ランキング1位で終えられたというのは、十分通用しているということ。
ここに慢心せず、残りの3ヶ月、これまで積み重ねてきたものをさらに磨いて本番に臨みたいと思います。


-公開前追記-

執筆が遅れており、大まか完成はしていたものの校閲が間に合わず公開がパラの後というなんとも変なタイミングになってしまいました。ごめんなさい。
パリパラリンピックの記事もなるべく早い段階で公開できるよう書いていきますので、引き続きよろしくお願いします。

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