続・真夏のもつ鍋 第20回 月刊中山祐次郎

本記事は、「真夏のもつ鍋 第18回 月刊中山祐次郎」の続編であり、さらに友人の外科医けいゆうさん(山本健人)が書いたこのnoteへの返歌として書かれたものです。

(前回までのあらすじ)
京都に移り住んだぼくは、「けいゆう」というふしぎなペンネームの男に出会った。「けいゆう」の口から出る言葉は、二人がつついていた真夏のもつ鍋よりも熱く、ぼくは掘っていないコタツに腰を痛めながらも熱狂が感染していた。ちなみにもつはほとんどけいゆうさんが食べていた。

***

それからというもの、僕らはたまに京都大学の医学部キャンパス内のG棟1階で会った。話していくうちに、そして彼の書いたものを読んでいくうちに、僕は確信した。

「この男なら、きっとやってくれる」

この男は、内に異常なまでの情熱を抱えつつも、それをほぼ完璧に制御することができる男だ。さらにその情熱は執筆のエネルギーにうまく変換させることができるのだ。もっと言えば、ちょこっと自慢体質ではあるものの、「人から良く見られたい」というような自意識をもかなりコントロールすることができる。言い換えれば、「冷静と情熱のあいだを自由に行き来できる」タイプだ。こんな人間はほとんどいない。

僕には魂胆があった。そうだ、彼に書いてもらおう。僕がどうしても書けなかったあれを。

「キング・オブ・実用書」

医療についての、完璧に実用に振った書籍だ。手にとった人が、明日からすぐに使えるような。どうしても病院で困った人が、「そうだったのか」と言うような。もちろん似たような本はあった。僕はぽんぽん類書を購入していった。しかし勝算はどう見ても明らかだった。類書には、僕とけいゆうさんのような熱気がないのだ。異常でないのだ。

かくして、30歳代後半の男たちの壮絶なLINE合戦が始まった。二人で思いつく限りのアイデア出しをしよう。例えばこんな具合に、僕とけいゆうさんはLINEの「ノート」機能を使ってアイデアを出しまくった。

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じゃっかん僕のほうが実用でない気もするが、とにかく僕は寝ても覚めても、トイレでもお風呂でも、四条大宮をウォーキング中にも、歯医者さんで虫歯治療中でも、鹿児島でもミュンヘンでも考え続けた。思いつくたびに二人のおじさんのスマホは鳴った。

本質を考えれば、そもそも「病院の使い方」を教えるような本などあってはならない。僕らはグーグル検索、ヤフーニュース閲覧、電車やバスを本など読まずとも簡単に使ってきたのだ。そもそも病院がユーザーライクではないのがいけない。しかし、現在の日本の医療では病院がユーザーライクにするためのインセンティブはなく、さらに病院間の競争も一部を除けばほぼ無いため、病院が使いやすくなるはずがないのだ。この状況では、致し方ない。あくまで次善の策として、「とてもいい病院のトリセツ」を作るほかないのである。

なぜこんなものを、と思う悔しさと、しかし「現実世界の改修工事」でしか歩みを進められない事実とを混在させたまま、僕とけいゆうさんの船はぐんぐんと進化していった。泥舟だった最初の船は、木造の船くらいにはなっていただろう。僕らはついに渾身の企画書を作成した。提出先は幻冬舎、新書編集長の小木田(こぎた)さんだ。僕の一冊目の新書担当であり、小説「泣くな研修医」の編集担当でもある。

小木田さんは厳しい。プロの編集者だ。今まで何人かを紹介し、そして何枚かの企画書を出したが、ほぼ全員断られている。僕も断られたことがある。だからこそ、小木田さんの勘所も掴んでいるつもりだった。僕は策を練り、小木田さんが納得するような企画書をけいゆうさんと作り上げた。返信はとても好ましく、僕はあまりに驚いて

な、なんと!リアクションが良い…珍しいですね^^

と返信したほどだ。

それから約1年の時を経て、けいゆうさんと二人で捏ね上げた泥舟は、プロ編集者の手と筆者の苦闘により立派な豪華客船になった。

この船は、11月28日の今日、街の本屋に並ぶ。さあけいゆうさん、本のことは今日から忘れよう。世界なんて変わらない。それでも、続けよう。

僕らの熱狂は始まったばかりだ。

(完)

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