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書評:『入門 米中経済戦争』

米中の経済下における対立が激化し、それが軍事的な対立につながるのではという不安が日に日に高まっている。米中の貿易対立がなぜ発生し、それが今後どのように進むのかについて、判りやすく解説したのが、『入門 米中経済戦争』だ。
著者は、一橋名誉教授の野口悠紀雄氏。経済学に関する著書だけでなく、「超」整理法という情報の整理術に関する著書でも有名。

最近の主な米中貿易戦争の動き

米中の貿易戦争が激しさを増したのは、トランプ前大統領が就任してからだ。「アメリカ第一主義」を掲げるトランプは、中国からの輸入品がアメリカ企業の製品の販売機会を奪っていて、やがて雇用の減少につながるという理由で、2018年7月に中国からの輸入品に対する制裁関税を発動した。それに対し、中国が報復関税で対抗した。
米国はさらに同年の8月、9月に、第二弾、第三弾の追加の制裁関税を発表するだけでなく、2019年1月にすでにカナダで逮捕されていた中国の大手通信企業ファーウエイのCFOを起訴し、同社を産業安全保障局のエンティティリストへの追加した。このエンティティリストとは、米国にとって好ましくない判断された、個人・団体などが登録されたリストで、米国企業はリストに登録された企業との取引が難しくなるものだ。
米国の制裁関税による措置はまだ続く。2019年5月に制裁関税率の引き上げと9月に第四弾の追加制裁を行った。
米国第一主義のトランプから、多国主義を掲げるバイデンに大統領は変わったものの、中国への方針は変わっていない。

米中対立の背景にあるもの

これら米国の強硬な姿勢の背景にあるのが、中国経済の急速な拡大だ。
中国の経済規模は、購買力平価で見た場合、すでに2017年に米国を抜いている(購買力平価とは、ある国である価格で買える商品が他国ならいくらで買えるかを示す交換レート)。2050年に中国は、米国の1.4倍の経済規模になると予想されている。市場為替レート換算で見た場合でも、中国は2027年までに米国を追い抜くと予想されている。
しかし、一人あたりのGDPでは中国やインドなど人口の多い国は、欧米各国と比べ低いレベルにとどまているが、徐々にその差が縮小している。

米中対立が何をもたらすのか

この米国と中国の世界経済における覇権争いは、新型コロナ対策と先端技術管理が主戦場になっている。
これまでにも、米ソ冷戦や日米貿易戦争などの対立はあったが、今回の米中対立の方が深刻だ。なぜならば、米ソ冷戦ではアメリカが対共産圏貿易に制約を加えても、民主主義国の経済には悪影響を及ぼさなかった。しかし、世界経済における中国の存在感(世界の工場、市場)が増しており、多くの国との結びつきが強まっている。このため、日米貿易戦争の時ように一国だけをターゲットにした制裁措置を講じても、その効果が薄くなっているのが現実だ。

一連の制裁発動によって、 アメリカの対中輸入が減少し、貿易赤字が縮小した。この点では、成果があったといえる。対世界経済の視点で見た場合は、逆に輸出減となり、貿易赤字が拡大している。結局、アメリカはこの戦いに勝てたのだろうか。

アメリカが苦戦している理由の一つが、中国という自国とは全く違うシステムで運営されている国と戦わなければならないことだ。例えば、AI(人工知能)の開発では、どれだけ大量のデータが収集できるかが鍵になる。この点、中国ではコロナ対策時に「健康コード」というスマホのアプリを配布し、国民の行動履歴情報の取得したり、街のいたる所に監視カメラを設置して、ビックデータの構築を国家レベルで着実に進めている。
中国は科学技術全般について中国がアメリカをまだ抜いていないものの、圧倒的な物量で米国を凌駕している。米国の人工知能国家安全保障委員会も、アメリカがAI分野で中国に支配的な地位を奪われる危機に瀕しているのを認めている。

しかし、中国が今後とも安泰かというと必ずしもそうとは言えないようだ。中国共産党が一党独裁を続けるためには、貧富の格差の拡大の解消、所得分配の不公平、巨大IT企業の横暴など中国大衆の不満をどうおさえるかが鍵になる。習近平政権は「共同富裕」というスローガンを掲げて取り組んでいる。その一例が、アリババ、テンセント、ディディなどのIT企業への規制強化や、裕福な企業・個人への「強制的な」寄付の実行による富の分配などだ。

最後に

この本で著者は貿易戦争はどちらも敗者になる可能性が高く、国が豊かになるためには世界経済での自国の位置を正しく認識し、世界経済に分業体制の中で正しい役割を演じることが大切だと言う。特に日本に対しては、欧米と比べて対中依存度が高い。米国に追従した対応ではなく、同じような対中依存度にある韓国やオーストラリアと連携し、グローバル経済の中でバランスの取れた政策を実施すべきと提言している。米中貿易戦争を理解するには、まずは読んで見る価値のある一冊です。

『入門 米中経済戦争』野口悠紀雄、ダイヤモンド社

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