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【映画】『LOVE LIFE』/どんな困難が起きようとも生きている限り歩み続けなければならない

皆さん、こんにちは、こんばんは。久しぶりの更新です。
とんでもない大傑作映画が公開されました。
『淵に立つ』や『本気のしるし』の深田晃司監督作品ということで、期待値は高かったのですが、その期待値を大きく超えてきました。

それがこの木村文乃主演『LOVE LIFE』です。

『LOVE LIFE』ポスタービジュアル

後述しますが、1991年にリリースされた矢野顕子のアルバム『LOVE LIFE』に収録された楽曲の一つ”LOVE LIFE”をモチーフに、深田晃司監督が18年もの歳月をかけて生み出した実写映画作品です。

私自身、矢野顕子は知っていても”LOVE LIFE”は存じ上げませんでした。
楽曲を知るきっかけとしてでも良いですし、日常生活と地続きで何事も正解があるわけではないという一連のドラマを描いた作品に圧倒されてしまいました。

この映画に登場する人々は、どこにでもいるような人たちです。
必ずしも善人というわけでもなく、悪人でもないーーそんな曖昧さが実にリアルで日常と隣り合わせの物語に感じさせられました。

この素晴らしい『LOVE LIFE』という映画作品が、1人でも多くの人に届いてくれれば良いなという思いで紹介をしていきます。

①『LOVE LIFE』/作品紹介(あらすじ)※ネタバレなし

妙子(木村文乃)が暮らす部屋からは、集合住宅の中央にある広場が⼀望できる。向かいの棟には、再婚した夫・⼆郎(永山絢斗)の両親が住んでいる。小さな問題を抱えつつも、愛する夫と愛する息子・敬太とのかけがえのない幸せな日々。しかし、結婚して1年が経とうとするある日、夫婦を悲しい出来事が襲う。哀しみに打ち沈む妙⼦の前に⼀⼈の男が現れる。失踪した前の夫であり敬太の父親でもあるパク(砂田アトム)だった。再会を機に、ろう者であるパクの身の周りの世話をするようになる妙子。
一方、⼆郎は以前付き合っていた山崎(山崎紘菜)と会っていた。哀しみの先で、妙⼦はどんな「愛」を選択するのか、どんな「人生」を選択するのか……。

映画『LOVE LIFE』オフィシャルサイト STORYより引用

バツイチ子持ちの妙子という女性が主人公。
最近二郎という男性と結婚したのですが、ややワケありで二郎の両親…特に義父からは認められていない状況です。
ただ、そんな悲壮感を感じさせる状況ながら、映画の冒頭は楽しげなオーラが漂います。
息子の敬太がオセロの大会で優勝し、お祝いをする名目でパーティの準備を進めているのです。妙子と二郎にはもう一つの目的があったのですが…。

それから彼らにとっての大事件が起こり、妙子の前には元夫のパクが現れて…様々な人間関係が入り乱れ、妙子の人生は大きく変化していくという大まかな内容です。

映画自体は「第79回ヴェネチア国際映画祭」「第47回トロント国際映画祭」それぞれに正式出品されています。深田晃司監督作品でまた海外映画祭の受賞作品が増えるのでしょうか。楽しみです。

▼こちらは私のネタバレなしの『LOVE LIFE』Filmarksレビューです。

②『LOVE LIFE』/監督とメインキャストの紹介

作品の内容に入る前に、監督とメインキャストを紹介します。

◆深田晃司(監督・脚本)

深田晃司(ふかだ・こうじ)監督

1980年1月生まれ、東京都小金井市出身の映画監督。

国際的に評価が高い監督で、映画ファンからも人気の映画監督です。
代表作品としては、2016年『淵に立つ』でしょうか。浅野忠信主演で、筒井真理子や古舘寛治ら演技派俳優と、複雑な人間模様を映し出すドラマ性が評価され、第69回カンヌ国際映画祭「ある視点」部門では審査員賞を受賞。
ほか、2010年『歓待』は東京国際映画祭日本映画「ある視点」作品賞、第15回プチョン国際ファンタスティック映画祭NATPAC賞(最優秀アジア映画賞)を受賞しています。

2020年にはめ〜てれでテレビドラマとして放送された『本気のしるし』を再編集した『本気のしるし《TVドラマ再編集劇場版》』は232分の長尺の映画ではありますが、第73回カンヌ国際映画祭「Official Selection」に選出され、改めて深田晃司の名前を世界に知らしめました。
私はテレビドラマ版しか観ていないのですが、かなり強烈で個性的なキャラクターが悍ましいほどの人間ドラマを演じているので作品についつい引き込まれてしまいます。

▼こちらは私の『本気のしるし』ドラマ版のFilmarksレビューです。

ちなみに本作『LOVE LIFE』のモチーフとなった矢野顕子の同名楽曲については、深田監督が20歳の頃に出会ったそうです。
クラシックや映画音楽、ゲーム音楽を好んで聴いていた深田監督は、当時ラブソングばかりの印象があった日本のJ-POPの中で異色の曲調に魅せられハマってしまったとのこと。
実写映画化するまでに魅了された本作について、どんな作品に仕上がっているかは未鑑賞の方はいち早くチェックしていただきたいものです。

◆木村文乃(大沢妙子役)

木村文乃(きむら・ふみの)

1987年10月生まれ、東京都出身の俳優。
余談ですが、私は同じ年齢ということもあり、彼女が若手時代から応援しています。特に意識し出したのは濱田岳主演の『ポテチ』でしょうか。

デビューは2006年『アダン』で、公募型のオーディションでヒロインに抜擢。同年『風のダドゥ』ではいきなり映画初主演を飾り、第38回エランドール賞新人賞を受賞しました。

近年では『ザ・ファブル』シリーズや『居眠り磐音』、『BLUE/ブルー』など引っ張りだこ。テレビドラマ主演作『七人の秘書』は今年2022年10月7日に劇場版として公開予定です。

今回、深田晃司監督とは初タッグ。
私がインタビューやパンフレットで印象的だったのは、これまで演技・芝居を仕事としてこなしていた感覚を持っており、「本当に芝居が好きなのか」「本当にしたいことは何なんだろうか」と悩みを抱えていたということ。
今後の彼女の芝居との向き合い方次第ではあるかもしれませんが、この作品が大きな転機になりそう…そんな予感がしています。

◆永山絢斗(大沢二郎役)

永山絢斗(ながやま・けんと)

1989年3月生まれ、東京都板橋区出身の俳優。
兄が同じく俳優の永山瑛太ですね。

2010年、初主演映画の『ソフトボーイ』で、第34回日本アカデミー賞新人俳優賞を受賞。
主演も脇役もこなす多彩さで長く活躍していますが、個人的にここ最近の永山絢斗は目覚ましい活躍をしている印象があります。

特に映画では伊藤健太郎主演『冬薔薇(ふゆそうび)』では、一見伊藤健太郎らチンピラたちのまとめ役として粗暴で権力ある男を演じましたが、実はさらに大きな権力に弱く小物感ある二面性をうまく演じていました。
役所広司主演の『峠 最後のサムライ』では、役所演じる河合継之助のそばで仕える寡黙な従僕の松蔵役も印象的でした。

本作の二郎役は、決して悪い男ではないんですが、人間の弱さとかズルさを抱えた真っ当ではあるのにどこか足りない部分がある、という役柄を細かい所作含めて見事演じていたと思います。

◆砂田アトム(パク・シンジ役)

砂田アトム(すなだ・あとむ)

1977年4月生まれ、愛媛県出身の俳優。
本作に登場するパク同様、砂田アトム自身も聾唖者です。

聾学校小学部時代から父の影響で演劇や舞台に興味を持ったそうで、1999年には映画『アイ・ラヴ・ユー』でデビュー。
NHKのEテレ『みんなの手話』や『手話で楽しむみんなのテレビ』に出演、書籍やDVDの手話表現モデルとしても活躍をしています。

自身のYouTubeチャンネル『砂田アトム』では手話トークを動画にて更新中。

今回はオーディションでパク・シンジ役に抜擢されたようですが、やはりパクが韓国人の設定ということもあり、深田晃司監督に事前に相談したそうです。
パクの親が1人は韓国人、もう1人は日本人のハーフ設定にしたいということですね。
そういった細かい背景設定までこだわった点にも注目いただきたいです。

◆山崎紘菜(山崎理佐役)

山崎紘菜(やまざき・ひろな)

1994年4月生まれ、千葉県出身の俳優、ファッションモデル。
映画ファンからはTOHOシネマズの上映前の幕間映像「シネマチャンネル」のナビゲーターとしてもお馴染みで、2012年〜2021年までナビゲーターを務めました。
2022年現在は福本莉子がナビゲーターを務めていますが、やはり長年山崎紘菜の通りの良い声を聴き続けていたので、今だに彼女を見るたびに変な寂しさを覚えてしまいます。

もとは第7回「東宝シンデレラ」オーディションで審査員特別賞を受賞して、2012年映画『僕等がいた』で女優デビュー。同年『高校入試』でドラマ初出演を果たしました。
2021年には実写映画版『モンスターハンター』でハリウッドデビューをするなど話題にもなりましたが、俳優としては今が一番脂が乗っている頃ではないでしょうか。

というのもデビューから活躍の場をとどまることなく、映画やドラマに出演し続けてきましたが、あんまり俳優としての印象には残っていませんでした。
しかし、今年2022年6月公開の『わたし達はおとな』や本作『LOVE LIFE』での演技は一段上に上がったような印象を受けました。

まぁ何目線なんだというところではありますが、ここ最近はとても印象に残る演技をしているので、今後の更なる活躍に期待したいところです。

◆その他脇を固める俳優陣

実にユニークなキャストが名を連ねる本作ですが、ほかに二郎の両親役で田口トモロヲ、神野三鈴という実力俳優がキャスティングされています。
序盤はこの2人の一癖も二癖もある役柄が、映画の良いスパイスになっているので注目いただきたいところ。

あとは妙子の息子・敬太役の嶋田鉄太、妙子の職場の後輩・近藤洋子役に『映画賭ケグルイ』の三戸なつめ、二郎の友人であり職場の同僚の1人・富山文子役に『本気のしるし』や『辻占恋慕』、リポビタンDのCMなどに出演する福永朱梨などが出演しています。

せっかくnoteを更新しているので、この人も紹介します。
今回二郎の職場の同僚で特に一番仲の良い友人の大槻治役には東景一朗。
私自身、実は友人ではあるのですが、近年は『今日から俺は!! 劇場版』や『KAPPEI カッペイ』、ドラマ『お茶にごす』などに出演。

今回の『LOVE LIFE』では、役名だけでなくセリフも結構与えられていたりと、陰ながら応援している者の1人としてはかなり嬉しかったですね。

東景一朗(あずま・けいいちろう)

是非ともこのnoteを読んでくださっている方には、東景一朗を覚えていただき、応援していただけたらと思います!

③映画モチーフとなった矢野顕子『LOVE LIFE』という歌

さて、前置きがかなり長くなりましたが、この映画を語るにあたりモチーフとなった矢野顕子『LOVE LIFE』に触れないわけにはいきません。

私もあまり詳しいわけではありませんが、1996年には小林恵や山口沙也加が歌唱した映画『モスラ』の挿入歌の作曲を担当されていたのですね。
これまで30枚以上のシングルCDを発売し、アルバムは1976年『JAPANESE GIRL』をはじめとして28枚を発売。そのうちの一つが1991年に発売した『LOVE LIFE』というわけです。

様々な歌手や俳優の歌手デビューの楽曲提供もしていて、アグネス・チャンや糸井重里、松田聖子、小泉今日子、山瀬まみ、薬師丸ひろ子、KinKi Kids、のん、MISIAと、一部ですが名前を連ねただけでも錚々たる顔ぶれです。

矢野顕子(やの・あきこ)

どんなに離れていても 愛することはできる
(中略)
もうなにも欲しがりませんから そこに居てね
ほほえみ くれなくてもいい でも
生きていてね ともに

楽曲「LOVE LIFE」歌詞より一部抜粋

矢野顕子作詞・作曲のこの『LOVE LIFE』ですが、上に引用した歌詞が特に印象的な部分です。
劇中にも流れますが、「愛」と「人生」について並行して歌われていますが、これを喜びの歌とするか、悲しみの歌とするかは聴く人によって解釈が変わりそうな曲ですね。

おそらく失恋の曲なんだろうな、と想像はできるのですが、これは夫や妻などの夫婦関係で離婚した場合、恋人関係で失恋した場合、ほかにも大切な人(親、兄弟、子ども、友人)と誰に当てはめても良い気がします。

この歌詞を自由に解釈するように、私が映画でとても感銘を受けたのは「映画の解釈は何通りもある」と自由でいいんだと思わせてくれたことです。

映画パンフレットの木村文乃さんのインタビューで「「どんなに離れていても愛することはできる」ってどういうことだろう……とか、そうやって悶々としてるのがたえことしては良かったんだろうなって。」と答えています。

私たち映画ファンは、映画を観た後に映画の解釈をまるでそれが正解かのように語る時があります(そういう人もいます、という言い方が正確かもしれません)。
後述しようと思いますが、本作の考察や解釈はあくまで私が感じたそのままです。それが正解でもないし、不正解というわけでもありません。

演じた俳優自身がどういうことだろうと思い悩むものなんです。
だから自由にゆっくりと自分なりの解釈を育てていくというのも映画の楽しさなのかなと。

とにかくこの映画を観て、自分だったらこう感じる、こう解釈する、と自由な発想で映画を楽しんでもらえたらなと思います。

④オセロやCD…効果的に使われるアイテム(※以下、ネタバレあり)

実に効果的な演出だなと思わせられたのが、劇中に登場する様々なアイテム。
特にオセロやCDは本当に随所に巧さを見せてくれるんです。
よく「映画の登場人物が説明セリフでペラペラ喋りすぎ」なんか、説明セリフの多い映画はよく批判されがちですが、本作はそれをセリフでなく、時には中心に、時には脇に映っている小道具が演出してくれています。

オセロ盤の役割

あらすじでも紹介しましたが、妙子の息子・敬太はオセロ大会で優勝するほどのオセロの実力者です。
父二郎はあまりオセロが得意じゃないらしく、リアルの場ではオセロの対戦相手は決まって母の妙子。
オセロに夢中になっている敬太は暇さえあればオセロを妙子に対局させようとするのですが、大抵は妙子が家事やNPOの仕事で忙しいので「一旦ここまで」と対局の途中で終わるのです。

この中途半端にオセロを終わらせてしまうことが後に効果的にきいてくるわけです。

本作の衝撃的な事件として描かれるのが、息子敬太の死。
突然の予想だにしない出来事で、私自身鑑賞中に「ビクッ!」としてしまったんですが、急に風呂場で浴槽に転落し、抜き忘れた風呂の水の中で溺死してしまうのです。

この息子の死の後で、最後まで仕事をするのが”オセロ盤”。
夫の二郎が敬太のオセロ優勝の飾りを外す行為も、妙子は「外していい」という選択をしました。
しかし、オセロは敬太が死ぬ前に対局途中だったそのままで時が止まっている状態。妙子は息子との思い出が生きているオセロだけは動かすことができません。

妙子が自宅に1人でいる時に、大きな地震が起きましたが、彼女が守ろうとしたのは敬太の遺影でもなく、オセロ盤でした。
地震で盤上の白黒のオセロが動いてしまうのは、何も前に進む準備もできていない彼女にとってはかなり苦しいことだったのでしょう。

そうやって敬太の死を受け入れる、乗り越えるにはオセロをそのままにしておくか、自分で動かすなりしないと前に進めないわけですね。
ただ、彼女はパクが韓国に渡航しようとする直前に、「敬太の死を乗り越える必要はない!」と手話で説かれたことで、これまで「息子の死を乗り越えなければならないのではないか」と悩み苦しみ前に進めなかった彼女を動かすきっかけになったのです。

楽しそうに過ごす大沢一家

団地のベランダで揺れるCDの役割

とある集合住宅に暮らす妙子と二郎と敬太の3人家族。
妙子はベランダに鳩のフンよけのアイテムとして、CDをぶら下げています。
太陽に照らされると反射して光が随時家の中や外を照らす効果があります。

団地という構造の中、妙子たちはB棟、二郎の両親は向かいのA棟に住んでおり、妙子に「その鳩よけって効果あるの?」と聞いて、妙子は「わかりませんけど、おまじないみたいなものですね」という返答をします。

その後、義母が真似したかどうかはハッキリとセリフでは説明されませんが、ある重要なシーンでCDの鳩よけが効果的な演出をするのです。

生活保護を必要とする元夫のパクの住居をあてがった妙子は、二郎の両親が引っ越した後のA棟の空き部屋にパクを住まわせます。
二郎は遠出をしている最中ということもあり、特に警戒心もなく、昔の2人に戻ったかのようにベランダでいちゃついているわけです。
そこで二郎の両親が引っ越した後もCDが残されており、妙子とパクがいちゃついてもみ合っている最中、CDが揺れ、帰宅中の二郎を光が妨げるのです。
これで二郎は妙子とパクが楽しそうにしているのを見つけてしまい、怒りの感情を抱きながらパク宅へ急いで向かうという一連のシーンがあります。

ここは実にハラハラしました。

⑤作品が炙り出す人間の本質

この映画『LOVE LIFE』は人間の本質をイヤというほど炙り出してきます。

映画はあくまでエンタメとして観ることもできますが、やはり作品ごとに伝えたいメッセージや役割が異なると思います。
本作は決して共感性を求めるような作品ではありません。

主人公の妙子の気持ちがわかるとか、二郎って実はゲスいやつなんじゃないかとか、パクがなぜ妙子と敬太を置いて家出してしまったのか気持ちがわからないとか。

もちろん共感できる部分は共感してもらっても全然構わないでしょう。
ただこの作品の面白いところは、前述したオセロのように”白黒ハッキリとしないわからなさ”にあると思っています。

二郎の両親の人間性

とても印象的だったのが冒頭の二郎の両親です。
バツイチ子持ちの妙子と大事な息子の結婚を認めていないのは、どちらかというと義父の誠の方でした。
一時は時代遅れで多様的な生き方を認められない時代に取り残された人のような見せ方をするのですが、場面変わって義母の明恵が第一印象とコロッと変わります。

病院での義父誠と義母明恵

冒頭では妙子の境遇を理解して親切に振る舞う明恵の姿が印象的でした。
「あぁお義父さんの方が理解してくれなくて、お義母さんは味方なんだな」と。
それを一瞬にして砕けさせるのがたったひと言「次は本当の孫のことでお祝いがしたいわ」といったニュアンスのセリフを言い放つわけです。

もちろん義母の明恵には悪気はありません。本心でただ1人の母として、息子とその嫁さんの子どもが見たいーーただそれだけなのです。

ハッキリ言ってタブーのようなひと言ですが、じゃあこの一言で義母明恵は”悪だ”と言い切れるかというとそうではありません。それは義父に認められない窮屈な環境の中で常に味方でいてくれたのは義母明恵なのですから。

そして、さらに息子の敬太が亡くなって病院での一幕で2人の立ち位置が一気に逆転します。
「本当の孫じゃない」と、世間体を気にした義母から放たれたセリフは実に残酷なものでした。そこで次に妙子や二郎の味方になってくれるのが義父の誠です。

このように人間は何がきっかけで変貌するかもわからないですし、人によって怒りの沸点が違うので、何がトリガーとなって急に好意が敵意に変わるのかわかりません。

夫・二郎の人間性

妙子の夫である二郎の人間性も実に不可解です。
地震が起きたときに遠方にいた二郎はいの一番に妻の妙子を心配して電話をかけます。「無事か?」と。

ここだけ聴くといい夫じゃないか、と思われるかもしれませんが、電話を切った直後にカメラが捉えるのが、二郎の乗った車の助手席に座る元恋人の山崎理佐です。
映画冒頭で二郎は、息子のオセロ優勝祝いと父・誠65歳の誕生日祝いに同僚たちに協力してもらいます。
その中で人数招集したメンバーの1人が二郎と理佐の関係性を知らずに、理佐を呼んでしまったのです。

元カレの家庭のイベントに来る理佐も理佐ですが、彼女の中にも葛藤があったのでしょう。結果的に理佐はイベント本番を目前に逃げ出します。
そのショックを引きずってか、仕事も休むようになって、それを心配した二郎が彼女の実家にまで会いに行ったのです。

別れた後でもそこまで心配してしまう二郎の心理もわかるようでわからない。
二郎は結婚相手に妙子を選んだのですから。ただ、結婚生活を1年続けたことで、芽生えた何かがあるかもしれませんし、妙子と結婚した後も理佐のことが忘れられなかったのかもしれません。毎日職場では顔を合わせるわけですからね。

こんな複雑な人間心理を見せながら、彼は次の日まで彼女のそばに残り、キスをするという行為までやってしまいます。これもわかるようでわからない人間心理です。

理佐に会いに行った二郎

劇中では「目を見て話さない」ということを理佐に指摘されます。
この目を合わせないという行為も、劇中一貫して二郎のパーソナルな特徴として活かされていました。

「僕らはいつから目を見て話さないようになったんだろう」と二郎は妙子に語りかけるシーン。浮気相手で元カノの理佐に気付かされた自分のクセを、妙子に聞くという不思議なシーンです。

人間とは何と不安定なんだろう

聾者で耳の聞こえないパクに背を向けながら自分の気持ちを告白するいやらしさも印象的でした。元夫のパクに見せつけるように、無理矢理妙子とキスするシーンも何もかも、すべて観ている我々の頭の中には直前の理佐とのキスがあります。
とにかく不安定な男なんだけど、パクを追いかけていく妙子に「行くな」と車をバックしながら追いかけるシーンも「どの口が言うんだ」と思ったのは私だけではないでしょう。

元夫・パクの人間性

パクの初登場シーンはあまりにも強烈でした。
息子の葬儀に突然現れ、妙子にビンタ。

妙子と敬太を2人置いて家出して、何年も音沙汰ない男の言動としてはあまりにも身勝手です。

ただ、生活保護を受けようと市役所に訪れ、また妙子と接するようになってからの彼は実に穏やかな男で、傍から見たら「いいやつじゃん」としか思えないんです。
迷子の子猫を胸に抱えて「ニャー」なんて場面も実にユニークだし、その後ずっと猫を大切に飼っている様子を見ても親切な人間としか思えないんですよね。

猫が逃げ出した時も、二郎が見つけ出してくれたことをきっかけに「その猫はあなたを選びました」といささか勝手ではありますが、あんなに可愛がっていた猫をすんなり手放すのも意外性がありました。

ですが、また彼の人間性が大きくぐらつくのがその直後。
韓国の父が危篤だという便りをきっかけに、韓国の旅費を妙子と二郎に借りて韓国に帰ろうとする無神経さ。
実はその裏には”父の危篤”ではなく、随分昔に別れた元妻との間の”息子の結婚式”に招待されたからそれに行きたいというのが真実だったのです。

基本的に根が優しいと思わせた彼のパーソナリティも、このような大きな嘘をついて韓国に帰るための決して安くない旅費を借りるという行為で大きく揺らぎます。

本作に登場する人物たちはいずれも一貫性がなく不可解。だけど、自分たちの人生を見つめ直したときに、清廉潔白と言い切れるかというとそうではない人が多いはずです。
そんな瞬間に気づかせてくれる映画でした。

主人公・妙子の人間性

妙子は物語の中で、一貫して悲劇のヒロインとして描かれています。
ただ、必ずしも共感できるヒロインかというとそうではないでしょう。

序盤こそ献身的に家庭に尽くしながら、仕事も頑張る頑張り屋として描かれますし、旦那の両親とうまくいっていないことも彼女に対する同情心を芽生えさせます。

しかし、元夫のパクが登場してから、彼女の真っ直ぐに見えたパーソナリティが大きくグラつき始めます。
夫に「置いていかれたくない」という心情を吐露し、二郎に甘える場面を見せたかと思いきや、パクを「放っておけない」と住処を提供するだけでなく、身の回りの世話までしてあげる浮遊ぶり。

結果的にパクが韓国に渡るときに、夫を裏切ってついていき、騙されたと気づいたら、そのまま日本に帰国していつも通りかのように帰宅。
夫とは「昼ごはんどうする?」という日常的な会話を始めるわけです。

ここも想像を巡らせられるラストシーンで、妙子が韓国に行ってしまいパクを選んでしまった直後のことなので、もしかしたら二郎はまた理佐のもとに行ってしまったかもしれません。
そんな後ろめたい状態で妻が帰ってきたもんだから、強く叱責もできなかったのかもしれないのです。この辺りは私の想像でしかありませんが、結果的に「離れても戻ってきて、そばにいる」「もうなにも欲しがりませんから」という『LOVE LIFE』の歌詞にあるような帰結となり、とても見事な締めくくりだと感じた次第です。

韓国に渡航する妙子とパク

⑥おわりに

いかがだったでしょう。
『LOVE LIFE』という映画の魅力について自由に語っていきましたが、この映画は観た後に人それぞれで持つ感想が大きく異なるであろうところが面白い部分かもしれません。

まだ公開されたばかりですし、色んな人の解釈を読んだりして、またもう一度劇場に観に行きたいと考えています。

とにかく長回しの撮影が効果的に使われている映画でもあり、ラストシーンは近年の映画の中でも抜群に印象に残りました。

2022年の邦画は『LOVE LIFE』抜きでは語れません!

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