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就職氷河期世代の生き方:変わりゆく世界での自己再定義

1980年代生まれの私は「就職氷河期」世代と言われています。私たち就職氷河期世代は、激動の時代を生きてきました。バブル崩壊後の厳しい就職環境、そして「失われた30年」と呼ばれる経済停滞期を経験し、今また大きな社会変革の波に直面しています。本稿では、私自身の経験と学術的知見を踏まえ、就職氷河期世代がこの変化の中でどのように生きていくべきかを考察します。


1. 過去の経験:繁栄の予感からサバイバルの日々

私が10代だった1990年代は、バブルがはじけながらもまだ未来に繁栄の予感を感じられました。CD売り上げの上位は100万枚以上、テレビ番組やゲーム、アニメなどのエンタメコンテンツも充実し始め、「このまま日本で生きて行けば僕らは豊かになれるんだろうな」そう感じながら多感な時期を過ごしました。これが2000年を超えたあたりから陰りが見え始めます。

20代の頃、私が働いていたIT業界は、まさに「弱肉強食」の世界でした。「ブラック企業」という言葉を聞くようになったのもこの時期です。長時間労働が当たり前で、スキルもないまま現場で叩き上げられる日々。ハラスメントを受けたり見聞きすることも日常茶飯事で、それに抗う感性さえ持ち合わせていませんでした。その状況を批判するよりも、そこに適応することに必死になっていました。

就職氷河期世代が社会に出た頃の環境は、まるで過酷な細胞実験のようでした。多くの若者に極度のストレスを与え、それに耐えられた者だけが成功を手にするという、STAP細胞の研究を彷彿とさせる状況でした。まさに「高負荷に耐えた細胞だけが生き残り万能細胞になる」という理屈を、人間社会に当てはめたかのような時代だったのです。

この環境は、ストレス耐性のある者だけが生き残る「自然選択」のようでした。良く言えば、この経験は私たちに強靭さと適応力を身につけさせました[1]。

就職氷河期世代がどのような時代背景で生きてきたかについては、YouTubeチャンネル「山田玲司のヤングサンデー」の"総力解説!「氷河期世代」と失われた30年〜今こそ語るべき「氷河期マインド」と「ワールドトリガー」に脈動する21世紀の“生の哲学”【山田玲司-373】"で、奥野晴信さんが非常に分かり易くまとめられています。

2. 変わりゆく職場環境

教職に就いてから10年ほどが経ち、多くの卒業生が社会で活躍しています。その彼らから聞く話によれば、近年、職場環境は私たちの知るものと比べて劇的に変化していることが伺えます。

  • 手厚いフォロー体制

  • ハラスメント対策の強化

  • 残業時間の管理

  • 充実した福利厚生

これらの変化は、主に以下の要因によるものです:

  1. 法令遵守の強化

  2. 働き方改革

  3. 若い世代の価値観の変化

  4. グローバル化による国際基準への適応

Edmondson (2018)は、こうした変化が「心理的安全性」を高め、イノベーションと生産性の向上につながると指摘しています[2]。

3. 価値観の衝突と適応

就職氷河期世代は、1990年代から2000年代初頭にかけての厳しい就職環境を経験した世代です。この時期、企業は「お前の代わりはいくらでもいる」という態度を取り、労働者に対して厳しい要求をしていました。しかし、少子化と人口減少が進む現在、企業は人材確保のために労働環境を改善し、従業員の満足度を高める必要があります。

現代の労働市場では、労働者の「優しさ」や「働きやすさ」が重視されるようになっています。これは、労働者のメンタルヘルスやワークライフバランスの重要性が認識されるようになったためです。企業は、従業員の満足度を高めることで、生産性の向上や離職率の低下を図ることが求められています。

このような変化に対して、就職氷河期世代は「このマインドで生きていけるのか」と焦燥を感じることがあります。この緩やかさの果てに繁栄があるのを、どうにもイメージしにくい。しかし、企業が競争力を維持するためには、柔軟な労働環境の提供が不可欠です。もうそうしないと人も集まらないし、私自身もそのような労働には耐える自信がない。労働者の多様なニーズに対応することで、企業は持続可能な成長を実現することができます。

しかし、Schein & Schein (2016)が指摘するように、組織文化の変化に適応することは、個人のキャリア発展において重要です[3]。私たちに求められているのは、過去の経験を活かしつつ、新しい価値観を受け入れる柔軟性なのです。

4. 教育者としての役割

現在、私は情報系の実務家教員という不思議な肩書で、次世代の育成に携わっています。ここでの課題は、「社会の厳しさ」と「思いやりの心」のバランスをどう教えるかです。

Twenge (2017)の研究によると、現代の若者は以前の世代よりもストレス耐性が低い傾向にあります[4]。しかし同時に、多様性への理解や社会貢献への意識は高いのです。

私たちの役割は、自らの経験を活かしつつ、新しい時代に適応できる人材を育てることです。具体的には次のとおりです。

  1. レジリエンス(回復力)の育成

  2. 批判的思考力の養成

  3. 多様性への理解と尊重

  4. 創造性とイノベーション力の醸成

5. 自己再定義の時

就職氷河期世代である私たちにとって、今は自己再定義の時期です。Mannheim (1952)の世代論に基づけば、私たちの世代特有の経験は、独自の視点と価値観を形成しています[5]。この独自性を活かしつつ、新しい時代に適応していくことが求められています。

具体的なアプローチとして次のものが挙げられます。

  1. 生涯学習の姿勢: 常に新しいスキルや知識を習得する

  2. メンターシップの実践: 若い世代への指導と、彼らからの学びを両立させる

  3. ワークライフバランスの再考: 「タフさ」と「優しさ」のバランスを個人レベルで見直す

  4. ネットワーキングの拡大: 異なる世代や背景を持つ人々との交流を増やす

おわりに

変化は私たち就職氷河期世代に新たな課題を突きつけていますが、同時に予期せぬ機会ももたらしています。厳しい就職環境や働き方を経験してきた私たちの多くは、ストレス耐性や問題解決能力を培ってきました。一方で、新しい価値観や働き方に適応する必要性も感じています。

例えば、リーマンショック後の2009年から2019年にかけて、35-44歳(就職氷河期世代の多くが含まれる)の正規雇用者数は約120万人増加しています[1]。これは、厳しい環境下でも多くの同世代が自己研鑽やキャリアチェンジを通じて状況改善を図ってきたことを示唆しています。

しかし、同時に課題も残されています。2021年の調査では、40代の約15%が非正規雇用のままであり[2]、キャリアアップや生活の安定に苦心している人も少なくありません。

このような状況下で、私たち一人一人に求められるのは、これまでの経験を活かしつつ、新しい環境に適応していく努力です。その一つは、AI・データ分析などの新技術への理解を深めるなど、デジタルスキルの強化していくことが挙げられます。人間の限界を補完するものは工学であり情報技術だと感じるのです。

これを踏まえて、私たちは組織内での自分の役割を再定義し、価値を高めていくことができるでしょう。ただし、全ての人が同じ道を歩む必要はありません。個々の状況や価値観に応じて、自分なりの道を選択することが重要です。

変わりゆく世界の中で、私たちの経験は確かに貴重な資産となり得ます。しかし、それを活かすかどうかは個人の選択と努力次第です。自己研鑽と環境への適応を通じて、各々が自分なりの形で社会に貢献していくことが、私たち就職氷河期世代の一つの可能性として考えられるのではないでしょうか。私自身も時代の潮流の変化に戸惑う一人として、そのように思います。


参考文献

  1. Luthans, F., Vogelgesang, G. R., & Lester, P. B. (2006). Developing the psychological capital of resiliency. Human Resource Development Review, 5(1), 25-44.

  2. Edmondson, A. C. (2018). The Fearless Organization: Creating Psychological Safety in the Workplace for Learning, Innovation, and Growth. Wiley.

  3. Schein, E. H., & Schein, P. A. (2016). Organizational Culture and Leadership (5th ed.). Wiley.

  4. Twenge, J. M. (2017). iGen: Why Today's Super-Connected Kids Are Growing Up Less Rebellious, More Tolerant, Less Happy--and Completely Unprepared for Adulthood--and What That Means for the Rest of Us. Atria Books.

  5. Mannheim, K. (1952). The Problem of Generations. In Essays on the Sociology of Knowledge. Routledge & Kegan Paul.

  6. 総務省統計局. (2020). 労働力調査 長期時系列データ.

  7. 内閣府. (2021). 就職氷河期世代支援に関する行動計画2021.

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