手越くんと鮫島−−『空想クラブ』の話 その6
コラムも6本目。肝心なことを書き忘れていたのだが、本作はカドブンで連載がなされていて、かなり終盤までウェブでお読みいただくことができる。小説読みは本というフォーマットに愛着があるものだが、最近はスマホで小説を読む人も多いはずなので、気になったかたはまずこのあたりから読んでいただけると嬉しい。
今日は軽めの話。作品の内容とはあまり関係のない、キャラクターの名付けについて。具体的には、『空想クラブ』に出てくる手越くんと鮫島の話だ。
といっても、お読みいただいたかたなら判るかもしれないが、作品内にはそんな人物は出てこない。これは途中で名前が変わったキャラクターなのだ。
『空想クラブ』には小瀬隼人(おぜ・はやと)という少年が出てくる。この物語のキーパーソンのひとりで、安定したメンタリティを終始発揮しみんなをリードするナイスガイだ。僕の作品は登場人物がみんな不安定というか、葛藤を抱えて悩む傾向にあるのだが、今回はメンタルが極めて安定している人をひとり出したいと思い、彼に登場いただいた。彼の名前が、最初は「手越」だったのだ。
小瀬くんはサッカーが得意で、明るく、ジャニーズに入れそうなイケメンとう設定である。ここまで書くと誰もがある人物をイメージするというか、手越祐也さんのことを思い浮かべるだろう。読書のプロである編集者がこれを見逃すはずがなく「読者が手越祐也さんを想定しながら読むため、ノイズになるので変えたほうが……」という当然の指摘が入り、苗字を変えた。
間抜けなのが、読者目線で読めば一目瞭然なこの瑕疵を、作者である僕は全然気づいていなかったことだ。もちろん手越祐也さんがジャニーズにいることは知っていたし、サッカーの腕前もプロ並みということも知識としてあった。が、書いているうちは気づいておらず、作中の手越くんと手越祐也さんを同一視することは最後までなかったのだ。
ただ偶然にしてはあまりにも一致点が多い。たぶん名前をつけた段階では、無意識のうちに両者を同一視していたのだと思われる。だがそれ以降、認知のバグに紛れ込んでしまい、原稿を書き終えて編集者に提出するまで気づくことができなかったのだろう。かくも創作というのは近視眼的になるもので、作品を俯瞰するのは難しい。
もうひとり名前を変えたのが、郷原という人物である。彼についてはあまり書かないが、もともとの名前は「鮫島」だった。
ミステリで鮫島といえば、これはもうミステリ読みならば誰しもがピンとくる大沢在昌さんの『新宿鮫』である。編集者からは「鮫島という名前は『新宿鮫』のものであり、出すのなら大沢先生の鮫島を超えるくらいのキャラクターをクリエイトしないとノイズになってしまう」という指摘を受け、その通りだと思って名前を変えた。編集者にそこまで言わせる強いキャラクターを作り上げた大沢先生に畏敬の念を感じた一幕であった。
僕はキャラクターの名前を考えるのが好きだ。名前は感覚的にクリエイトできるものであって、作品タイトルのように「どうやったら読まれるか」というファクターをあまり考えなくていい(タイトルは毎回苦悶している)。上記の小瀬隼人、主人公の吉見駿、ヒロインの久坂真夜、気難しい芸術肌の伊丹圭一郎、少し距離が離れてしまった真夜の親友・早乙女涼子、空想クラブの面々の名前を考えている時間は楽しく、いずれもいい名前がつけられたと満足している。読者の皆さんの心の中でも、彼らが末永く生き続けてくれたらこんなに嬉しいことはない。
続きます。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?