星芒鬼譚 前日譚・弐 バンシー

その日の狩りは、妙に容易かった。
ミスを犯していることに気づかなかったのは、連日狩り続きで疲れていたからかもしれない。
最後のヴァンパイアの首を剣で凪ぎ払う。
どっと重い音を立てて、頭が転がった。
それでもなお向かってこようとする体を捕まえ、心臓に杭を打ち込む。
頭を失った体が脱力し、崩れ落ちた。
---これで終わりだ。
出かけに見た、娘の寂しそうな顔が頭をよぎった。帰ったら抱きしめてやろう、と思った。
ふ、と息をついたそのときだった。
後ろから両肩を掴まれた。
振り向こうとしたとき、何かが首の付け根に刺さる感触がした。
間違いない、牙だ。
ヴァンパイアが他にもいたのか。
とっさに銀の弾丸を込めた銃で、肩越しに頭をぶち抜いた。
発砲音に耳鳴りがしたが、幸い鼓膜は破れなかったようだ。
振り向くと、頭の半分を失ったヴァンパイアがもがいていた。
こいつの心臓にも杭を打ち込み、周囲を確認する。
静かだった。
---面倒なことになった。
と、急にひどい寒気に襲われ、体が震え出した。
噛まれた傷口に触れようとして気がついた。
傷が、ない。
そんな馬鹿なことがあるか?
ふと、左腕の袖を捲り上げ、うっすらと血の滲んだ包帯を外してみる。
数日前に狩りで負ったはずの傷が、きれいさっぱり消えていた。

俺は教会に戻ると、お抱えの医者・エドワードに診てもらうことにした。
ドアをノックすると、少し時間をおいてぼさぼさ頭が顔を出した。

「…エイブラハム?どうしたんだい、こんな時間に」

エドワードは俺のただならぬ様子になにかを察したらしく、まぁ入りなよ、とすぐ部屋に通してくれた。
俺は、事の顛末を順を追って説明した。
最初は怪しむような様子で聞いていたエドワードが、だんだん前のめりになってきた。
彼は医者であると同時に研究者でもあり、ヴァンパイアをはじめとする人ならざるものについて長年研究をしている。この話に興味を持たないわけがない。
一通り俺の話を聞くと、エドワードは診察を始めた。
聴診器で心音を聞いてみたり、傷口があった場所を丹念に調べたりしてくれたが、最終的に首を傾げながら椅子に座り直した。

「見たところ、とくに異常はないようだね」

丸眼鏡を押し上げながら、カルテにみみずがのたくったような字で何かを書き込んでいる。

「だが傷口が消えるなんておかしなことがあるか」

診察のために脱いだシャツを着直しながら尋ねると、エドワードは考え込みながら言った。

「これはおそらくだけど…」

こんなこと僕も初めてなんだ、と付け足す。
それはそうだろう。俺も初めてだし、こんな事例は聞いたこともない。

「君は今、半分だけヴァンパイアの状態なんじゃないかと思うんだ」

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