和室。

「いちばん古い記憶」から母が亡くなるまで一年とちょっと。

結局のところ、僕と母の思い出はこの短い間にしかなかったことになる。
いわば、この「短いあいだ」から僕の人生は始まった、僕は「生まれた」といってもいい。

僕が住んでいたお寺には会席用の和室があった。
広い和室の真ん中にぽつんと白いふとんが敷かれていて
そこで寝かされている人の顔には白い布が被せられていた。

それがどういうことかを「理解する」には早すぎたし、一方で
それがどういうことかをありありと「感じ取る」にはじゅうぶんすぎた。

感じ取りすぎて、味わいが広がりすぎて
それが背中からじわじわと
どろどろの液状のものが全身を包んでいくのをこらえきれなくなって
おばあちゃんの袖をぎゅうっと握ったのである。

握れば握るほど
背中から広がる何かは薄まっていったけれど
握れば握るほど
胸の中をぎゅうっと締め付けているような気がした。

こらえきれなくなって
思わずこぼしたのである。

「僕のお母さんはどこですか?」

~つづく~

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