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パリの青空を、イカは泳ぐ〜飲兵衛による、夏の終わりの自由研究

8月31日。
世間では、今日をもって夏休みが終わる。

まだまだ30度ごえの日々が続く残暑厳しい日本とちがって、私の住むフランス・パリでは、すでに先週の時点で夏は終わりを告げたようだ。

今年の夏は、前代未聞の制約の多いバカンス期間だったように思う。
この時期のために生きていると言っても過言ではないバカンス大好きフランス人も、様々な制約、そして不安のもと、おそらくいつもより近場でそれぞれの夏を過ごしたに違いない。

私はといえば、通いなれたフランス北部に行く以外、なんら変わらないパリの狭いアパルトマンでの生活。

SNSの世界で、友人たちが海や山や太陽を満喫する様子を指をくわえながら見つめつつ、まあ長い人生、こんな時期もあるよねえと思いながら犬を愛で、過去の思い出にひたりながらnoteを書き、ロゼをがぶ飲みしていたら、夏が終わった。


夏休み、といえば

小学校の夏休みの宿題。私は勉強が嫌いじゃない子どもだったので、課題帳のようなお勉強系は最初の1日2日でさくっと終わらせるタイプだった。

一方、典型的優等生で、出る杭になるのが怖い。
なんのクリエイティビティも面白味もない子どもでもあったので、一番頭を悩ませたのが自由研究。

自由って言われても、どうしていいかわからない。
結果、特に変わりばえのしない朝顔やミニトマトの成長記録、桑の葉をとってきて蚕を育てて繭玉をつくる…くらいしかテーマを覚えていない。三陸の祖母宅で過ごしている間、お留守番のA型几帳面な父が毎日欠かさずつけてくれた成長記録を、最終日にただまとめただけだけど。

時はすぎ、今はキッチンを舞台に毎日が自由研究みたいなもの。創作意欲がダダ漏れした日など、下手すると昼から夜までぶっ続けでキッチンに立っていることもある。

コロナの外出禁止下で身にしみついた「なければつくればいいのよ」の精神が、好奇心と創作欲に火を付ける。

こうして、大人になって研究好きとなった私なのだが、夏休み最終週、時間をかけてでもどうしても食べたかった酒のつまみをこさえてみた。
夏休みの終わりにふさわしく、今日はそれを披露しようと思う。

題して、「飲兵衛による夏の終わりの自由研究」だ。

書き始める前から長くなりそうな予感しかしないので、お酒でもちびちび飲みながら、私の1週間にわたる壮大な研究記録をご一読いただけると、うれしい。


Zoom飲みの、もぐもぐ(土曜日)

ちょうど1週間前の土曜日、学生時代の同じクラスの同級生でZoom飲みをしたときのことだ。

コンパ長のAKが企画してくれたこのバーチャル近況報告飲み。
東京、富山、シンガポール、パリをつないで、最大8人くらいの少人数開催となった。

長年会っていない旧友との語らい。私なんてそうそうにセミリタイア状態だけど、社会貢献しようと大きなキャリアチェンジした友人がいたり、日本を背負って企業戦士として奮闘していたりと、大体同い年ながらみな頑張っているなあと、いい刺激を受けたものだ。

そんななか、大学の入学後オリエンテーションで初めて声をかけあって以来の大親友、AY。画面越しで、レモンサワー缶を片手にずっともぐもぐしている。

気になって仕方ない、もぐもぐの正体。

会話の合間を縫って聞いてみたところ、おもむろに見せてくれたのは、「いかそうめん」だった。
どのコンビニの乾きものコーナーでも売っている、あのいかそうめんだ。

お風呂あがりに颯爽と登場した、幼な子の息子くんももぐもぐしている。
この歳でイカソーメンとは、いいセンスをしてるじゃないか。
いつか私と一緒に乾杯しよう、息子くんよ。

その後の会話中もずっともぐもぐ、もぐもぐしているAY。
もぐもぐが気になりつつ、なくなくカシューナッツをかじる私。

イカソーメンなんて当たり前に私のパリ生活圏内に売ってないよ・・・
もぐもぐしたいよ、私も・・・・・・

いてもたってもいられなくなって、手帳兼アイデアノートに、メモる。

「いかそうめん、つくる」

その後も楽しくリモート飲みは続いたのだが、頭の中はもぐもぐいかそうめんでいっぱいだった。

楽しく飲んだ、翌日のこと(日曜日の朝)

翌日、マルシェで果物でも買おうと愛犬を連れて家を出た瞬間、もぐもぐ親友AYが1枚の美しい写真に一言を添えて、送ってくれた。

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「ビーチでも、いかそうめん」


「最高」以外の言葉が出てこないボキャ貧ぶりよ。。。。。。
そしてあなたも最高だよ、AY。あまりに衝撃的に素敵だったから勝手に写真使った。この場を借りてごめん。。

腹は決まった。ぜったいに私、いかそうめん、作る。
食が絡むと、とたんに執着心が芽生えるのだ、私は。

こうして最終週の研究テーマは、「いかそうめん」に決まった。


なかなかの難易度だぞ、いかそうめん(日、月曜日)

むかったのは、日曜日に空いている割と大きなマルシェなのだけど、お目当てのイカはどの魚屋もイカリング的なものしか売っておらず。火曜日の別のマルシェにイカの仕入れは持ち越すことにした。

それでも頭の中はいかそうめん。
そもそもどうやって作るのか調べなくちゃと正気に戻って、とりあえず、Google先生を通じて「いかそうめん」と検索。

「いかそうめん」も「イカソーメン」も、生のいかを細く切ったお刺身のそうめんの作り方しか出てこない。

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ちなみにこちら、うちの三陸の祖母宅、朝ごはんの定番。
朝からイカ刺しって、昔から当たり前にいただいていたけれど、今思うとめちゃくちゃ贅沢じゃないか。私の場合、まずはこのままでいただき、次に納豆とめかぶに投入し、海苔に巻いていただく。その後、このイカ納豆めかぶに卵を投入し、飲んだりごはんにかけたり。

・・・って、いかん、いかん。
今は生のいかそうめんの話してるんじゃなかった。

気を取り直してふたたび検索に入るも、イカの一夜干しまでは自作している人を見つけることができるが、いかそうめんは全くいらっしゃらない。

私の出した結論は、これだ:

「まあ、一夜干しの要領で干して、細く切ればそうめんになるっしょ!」

一夜干しは、このYoutubeを参考にすることにして、火曜日を楽しみにまつことにした。



イカを仕入れ、下処理を行う(正念場の火曜日)

胸が高鳴る、火曜日。
日曜とは違って少し規模は小さめだけど、個人的には魚屋豊富で好きなマルシェを訪れる。・・・が、お目当ての大きなイカは見つからず。

常設の魚屋さんに行けばあるかもしれないが、とにかくはやく下処理を終えて干しはじめたかったので、小さめのイカを700gくらい仕入れた。

釣りはしたことがないけれど、いつか自分で釣ってみたいものだ。

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ここからは、Youtubeの詳しい解説を聞きながら、みようみまねでイカをさばいていく。

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まず、イカの腹側を、はさみか包丁で開く。

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墨袋と内臓を慎重にこそげとり、透明な甲とおめめとクチバシをこれまた慎重に取り除いて、水でよく洗い流す。

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まじで手がイカくさいので、
撮影用のipadがイカ臭くなったのはここだけのお話

これをくりかえした後の様子が、こちら。頑張った私。
イカの水分は、キッチンペーパーなどでしっかりふきとっておく。

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このままそうめんにして食べてしまいたい欲望をおさえつつ、次の作業、イカを漬け込む塩水をつくる。

一般的に、干し物用の塩水は、3.5%〜10%程度の塩分濃度でつくることが多い

とのこと。イカが小さいし、身も厚くないので、ここは間をとって大体6%の塩水に。水1リットルに対して64gくらいの塩でだいたい6%。

今日も元気に躍動している(=ブレている)けど、お気になさらず。。

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塩水ができたら、イカの半分の量を塩水に浸け込む。15分くらい。

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イカソーメンって、醤油っぽい味するよなあと思って、もう半分は水500ccくらいに醤油大さじ2と酒とみりんを適当に入れた醤油風味の水に浸けてみることにした。こちらも15分ほど。

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イカに味をしみこませたらば、クッキングペーパーで水分を十分にふきとって、干しの準備にはいる。実はここからがもっとも頭のつかいどころ。

庭どころかベランダさえもないこのアパートで、いかに室内で日に当てながら干すか。

洗濯竿はもちろん、日本で使うような洗濯バサミ一体型の洗濯干しなど我が家にはない。困った。

Youtubeでは、釣りに使う透明な糸を使って洗濯竿的なものにつるして庭に干す、という技が披露されていた。

とりあえず、何に吊すかは置いておいて、この透明な糸をイカに装着することからはじめてみよう・・・
と、裁縫箱をあさってみたら、ビーズアクセサリーにハマっていたときのテグス糸を発見。器用貧乏の多趣味はこういうところで役に立つ。

イカの先っちょ部分にキリやナイフなどで穴を開けて、適度な長さに切ったテグス糸を通し、輪っかをつくる。

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「干すとどうしてもイカは丸まろうとする」といろんなサイトに書いてあった。ということで、爪楊枝をさして固定する。

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これを全てのイカに対して丁寧に行う。これぞ手仕事。
どんどん画がシュールになっていくなあ。。

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さあ、何につるそうこのひとたち。

つるす、吊るす、つるす、吊るす・・・吊るしてあるものってなんだ。
画鋲でカレンダー、S字フックで調理器具・・・あ、ハンガーで洋服。

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ということで、相成りました。ハンガーでイカ吊るし。その名もイカハンガー。

これを窓際のへりにうまいこと引っ掛けて、干すことに。

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この時点ですでに夕方なので、1日目はあまり日に当てることができず。

日がくれる前に、室内に移動して、フランス式置き型室内洗濯干し器にイカハンガーを引っ掛けて、Otto氏にバレないよう、周りを布で覆って知らんぷりをした。

1日、太陽をたっぷり浴びよう(水、木曜日)

翌日は、朝から窓辺に。

日光に照らされて、きらっきらのイカたち。
阿佐谷姉妹が息子のように豆苗を愛でるように、私もこのイカに愛情が湧いてくる。

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ちなみにパリでは、外に洗濯物を干すのは禁止されているのだが、これはぎりぎり室内なのでご容赦いただきたい。それに洗濯物じゃないし。

また、日本ではよく、洗濯物を外に干していると靴下などを下に落としたりするものだが、2度ほどハンガーをかけるときにうっかりイカを地上に落としてしまった。

一瞬にして顔真っ青。ダッシュで下に取りにいくも、2度目に落としたときは先に住民のマダムが建物のエントランスを出ようとする姿が見えた。これは気づかれたらやばいかも!と危惧したが、まったくのスルーだったのでことなきを得た。


1日しっかりと日に当たった水曜の夜、前日のように室内に移動させて隠していたのだが、匂いをかぎつけたOtto氏の探索が始まってしまった。

海産物を好まず、特に珍味なんておそらく拒絶反応が出るに違いないOtto氏。ああこれ絶対怒られるな…と思っていたら、予想外にまったく怒られず、玄関への場所移動だけで済んだ。

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木曜の朝の時点でかなり乾いてはいたのだけど、例のやる気ないモード絶頂期だったので、干したまま放置してしまって、金曜の朝を迎えた。

玄関がめっちゃくちゃイカくさくなったのは言うまでもない。建物内で飼われている猫が集まってこないことを祈ろう。


鎧をはずし、つかのまの自由期間(金曜日)

かっちかちに乾いたイカたちを、ハンガーからはずし、テグスをとり、矯正用の鎧のような爪楊枝をぬきとる。

ん?たしか11吊るしたはずなのに、10しか残っていない・・・カラスにでも持っていかれたかな??

パリのカラスも、一生のうちでまさかこんな珍味に巡り合えるとは思ってもいまい。ジャポンの味だよ。

これまでの健闘をたたえ、レットカーペットで優秀の美を飾る。

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この美しいアスティエのお皿も、皿の一生でまさかこんな乾いたイカを大量にのせることになるなんて、思ってもみなかったことであろう。貴重な経験だ。

ぼーっと光のもとで眺めていたら、一種のアクセサリーのようにも見えてきた。
ピアスの穴が耳に空いてたら、試しにつけてみたいくらいだ。

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ちょっとフライングして、クッキング中に、一番小さいイカを少量の日本酒とともにいただいてみることにした。お供はもちろん七味マヨ。

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・・・イカだ。

ちょっとしょっぱめだけど、日本酒と合わせれば全然OK。正真正銘の、干したイカだ。

このままだと日本酒が進みまくってしまうので、残りのイカたちを密閉されたタッパーにしまって、おやすみいただくことにした。


フィナーレ、そうめん化をこころみる(土曜日)

3日間、しっかり乾いていただいたイカたち。乾かしすぎてしまった感は否めないが、今回のゴールはあくまで「いかそうめん」。

このドライなイカたちのそうめん化をこころみる日がきた。

私のnoteでもっともスキを頂いた記事、涙の自家製唐辛子を作ったときのように、包丁で細く切れるレベルの硬さではない。

大切な釜浅商店の包丁を傷つけるわけにはいかないので、ここはふわふわウインナーロールで紹介したRobotにつづく我が家の飛び道具第2段、スライサーに登場していただくことにしよう。

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この仰々しいスライサー。こちらは、ワタクシ所属。

手に入れた経緯は、2年前の夏の終わりに遡る。

前に書いた2018年の夏休み、バスク地方から東京に帰ってきた際、バイヨンヌの老舗シャルキュルトリーでハムをひとかたまり買ってきていたのだ。

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せっかく買ってきた本場のハムを、どうせならきちんとスライスしたいという欲望のままに、Amazonで購入したのがドイツ製のこのスライサー。

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家庭用にしては十分なくらい、カットできる。固いバゲットやカンパーニュ、ハード系のチーズなんかも厚さを調整してきれいに裁断することができるので、重宝する。

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ただしこちら、日本用に電圧変換してあるから、日本ではそのまま使うことができるのだが、逆にフランスにもってきて使うとなると、変圧器が必要。移住するってわかってたらこっちで買ったのになあ。。

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バスクのチーズもきれいにスライス

このスライサーなら、超ハードタイプの私のイカたちもうすく切ってくれるのではないかという淡い期待から、採用することにした。


イカたちをまず胴体と足に分けて、胴体のみカット対象とする。

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胴体を、スライサーで慎重に裁断していく。大事なところで躍動感が出過ぎる私の写真。

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さあ、仕上がりはいかに・・・??

・・・

・・・・・・

・・・・・・・・


う、うん。いかそうめんっていうより、細いあたりめ?

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めげずに全部裁断した結果が、こちら。さすがに指を切る直前までいきそうなので、左側はスライスできなかった部分。

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こちらは相変わらずイカ臭がすごいので、ジップロックに部位ごといれて密封し、私のクッキング中のドリンキングや酒処開店の際にちびちびいただくことにしよう。


出来上がりに関する、考察

いかそうめんの出来上がり総合満足度としては、甘めにつけて6割といったところだろうか。

まず、見た目。イカが小さいのは致し方ないにしても、あの均整の取れたいかそうめんには程遠く。やはり大きくてもう少し味が厚めのイカを使うべきなのだろう。そして、乾かしすぎた感は否めない。市販のいかそうめんにあるあのしっとり感は見た目からして一切感じられない。

味については、塩味は若干しょっぱかったけれど、醤油味はかなりイケる。あたりめとして食べればまったく問題ない。これ、すこし炙って七味マヨで食べ始めたら、おそらく永遠に日本酒が飲めてしまうのだろう。危険だからまだ味見以降試してないけど。。

製造過程については、買い足すものゼロ、うちにあるものを駆使してここまでできたのだから、自分をほめてあげよう。パリにいるのにサバイバルしているようで楽しかった。

次回、もしまた作るとしたら、やはり大きくて味が厚めのイカを使い、味は醤油味がよさそう。干す期間は少し短くするべし、ということだな。

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それにしても、大人になってからの自由研究って、なんでこんなに楽しいのだろう。

真面目なのがとりえで、型にはまろうとしすぎて自由な発想ができなかった小学生のときの私に教えてあげたい。

大人の顔色を伺わないで、本能のおもむくまま、自分が食べたいものやつくってみたいもの、したいことを書き出してごらん。他のひとがなんと言おうと、自分で考えて、試行錯誤して取り組んだことは、なんでも自由研究になるんだよ、と。

20数年後にはまさか花の都パリで、嬉々としてイカを干している未来なんて、あの頃の田舎の優等生な私には想像だにできないだろうなあ…と思いながら、ちびちびとイカをかじることにしよう。8月31日の夜に。


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タイトル『未知との遭遇』

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