見出し画像

創業メンバーはひとりもいなくなった

2015年2月
会社を設立した。

インターネットサービスの会社だ。


創業メンバーは4人。
わたしが社長で、ほかの3名は役員だ。

その頃には わたしもさすがに
ガラケーをパカパカやってる場合じゃない。

ようやくいっちょまえに スマホを買って
facebookとか始めたりしていた。

AWS? Ruby?
なんだそれ?

そんなヤツが立ち上げる
インターネットの会社。

ほんとうに、どうかしてる。
よくもみんな 力を貸してくれたものだ。

彼らには、いまも心から
ほんとうに心から、感謝している。

彼らがいなければ
わたしはきっと 漕ぎ出せなかった。


そして、のっけから、
残念なお知らせだ。

ベンチャー界隈、よくある話で、
創業メンバーは2年ほどで 船を降りる。

きっとなにか 彼らの人生の分岐で
わたしの船は 選ばれなかったということだ。

あるいは選んでもらえたのに
その期待に
わたしが応えられなかったのかも知れない。

要するに、わたしの器量が乏しいから
いま 彼らはここにいないのだ。


縫製業界への憎しみを糧に
事業を立ち上げることを決意した。

波は高く 闇は深く
ひとりではとても漕ぎ出せない。

わたしのこれまでの
人生の来し方を明示するような
ほつれて か細い 人とのつながりを
千切れないように 慎重に
たぐり寄せるようにして ようやっと
わたしを選んでくれる仲間に出逢えた。

設計図を書いて
ともに 木を切り出して 釘を叩いて。

図面が間違っていることもあれば
金槌で指を叩いてしまうこともあった。
あるいはノコギリで指を切ることも。

なにせ そこには
やったことない工程しかないのだ。

文字通り 血を滲ませて
やっとできた小舟。

とりあえず 漕ぎ出せる。
足りないところは 漕ぎながら増築する。

ともかくも わたしたちは 漕ぎ出した。


起業。
スタートアップ。
ネットベンチャー。

華々しい勝者と、
それを讃える取り巻きと。

起業のすばらしさを語るのは
起業してない奴と、勝った奴だけだ。

誇張でもなんでもなく
そこにあるのは、中世の航海。

漕ぎ出す時は いつも大シケ。
底にはだいたい 穴が空いている。

浸水して、帆はもげて
転覆の恐怖に顔を上げそうになっても
歯を食いしばって 黙々と漕ぎ続ける。

漕ぎ続けていくと、破片が流れてくる。

前に漕ぎ出した船が難破して
その一部が流れてくるのだ。

文字通りの、海の藻屑。
船はたいがい 転覆するのだ。

いよいよ恐怖に苛まれて振り返っても
漕ぎ出した岸辺は はるか遠く
戻ることは 許されない。

ゲームでは済まされない
ホンモノの 命のやりとり。

背追い込んだ責任。
支払った犠牲。
結実しない 空転の日々。

どれだけ かき集めても
今日 払うカネがどうしても足りなくて
バスの中で こみ上げる胃液を飲み込んで
会社に向かう。

そんな朝を これから何度も迎える。

負けたらもちろんのこと
勝っても無傷では いられようもない
ホンモノの地獄。

それが起業の現実だと感じているのは
わたしの器量が乏しいからか。
それとも古い人間だからか。


御多分に洩れず わたしたちも
大シケに次ぐ大シケ。
荒波に次ぐ荒波。

振り降ろされる高潮に
甲板は割れ 底はきしみ
煽りつける向かい風に
心が折れる音さえ かき消されても
掲げた旗の 正義を問うため
歯を食いしばる。


いよいよ食いしばる奥歯もすり減って
マストは折れて 船が大きく傾く頃
仲間たちは 船を降りた。

人にはいろいろあるし
人生は ほんとうにいろんなことがある。

会社に入るせよ
家庭を築くにせよ
お互いに 相手を選ぶ権利がある。

そしてもちろん
選ばれるためのハードルも。

わたしの船は
彼らが望む航海を提供できなかった。

彼らには船を選ぶ権利があって
わたしの船は 選ばれなかった。


自分を選んでもらうこと。

小さな船しか持たない者には
選ばれるのは ほんとうに大変なこと。

自分を選んでもらうのは
ほんとうに、大変なことだ。


選ぶ権利と、選ばれるハードル。

この2つを対等にしていくこと。

縫製職人が 下請けから脱却して
選ぶ権利を獲得すること。

その旗の正義を問うため
今日も明日も 船を漕ぐ。


新たに船に乗ってくれる人もいる。
降りていく人もいる。

だいたいいつも 大シケだけど
たまに晴れ間が差すこともある。

底が腐れ落ちることもあれば
丈夫な金属で増築できることもある。

航海は続く。
荒波にのまれても 誰が船を降りても。


船の名前は【nutte】という。


このnoteは、
旅路の途中でつける 航海日誌である。


(つづく)

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?