失うものがない人vs守るべきものがある人、について考えてみた
昨日
「失うものがない人」と「守るべきものがある人」はどちらのほうが強いのか
をテーマにある番組が進んでいた。
番組では
・メンタルトレーナー
・精神科医
・芸能人
・一般の方(街頭インタビュー)
などに質問し
それぞれの経験や立場を持って回答する
という流れだった。
ずっと違和感だった。
失うものがない人
と
守るべきものがある人
これって比べられるもの?
何をもってして強い・強くないを判断するの?
それぞれの価値観の問題じゃない?
そんな疑問を持ちつつ
ずっと考えて1つの回答を導き出した。
「失いものがない」は
いろんなものにがんじがらめになったとき
「うわ、違った、自分は結局何もできない。
失うものなんてそもそもなかったじゃん。
自分は何に悩んでたんだ」
そんな気付きを得て
大きな決断を後押しする”強さ”
未来を生きるための希望を
与えるものだと思った。
一方「守るべきものがある」は
「生きるのって大変だ。
時間は有限、自分にできることも少ない。
でもぼくは○○のためにやっている。
そのためならこのつらさも乗り越えてやる」
そんな覚悟の上で
1つの守るものに向かって
歩み続ける”強さ”
今を生き続けるモチベーションを
与えるんだと思った。
「失うものがない」は
・人生において瞬間的に発揮されるもの
・目の前が真っ暗になったときに決断を後押しするもの
「守るべきものがある」は
・人生においてある程度継続して発揮されるもの
・何かを持続するときのモチベーションを保つもの
ぼくの回答はこうなった。
ただ、番組の街頭インタビューで
興味のわく年齢別のグラフが出た。
ある1つの年代以外は
「失う」が強い:30%
「守る」が強い:70%
くらいだった。
ある年代だけは
だいたい50%、50%だった。
「失う」が他より20%も高い。
それは80代の高齢者のみなさん。
その「失う」が強いと回答した方の
コメントを聴くと
「戦争で特攻隊で駆り出されたときは
失うものも何もなかったからね。あのときは…」
「空襲で焼け野原になって
なんもなくなって。あのときは…」
だった。
うまく言葉にできないのだけれど
「そのとき守りたいものはなかったの?」
「たしかに状況的には
失うものが0になってしまったくらい
生きるのが大変だったのだろうけど、でも…」
そんなふうに思った。
う~ん、難しい。
友人と話して出た意見は
ここで言っている
「失うもの」は
お金、権力、立場…
そんなものがあてはまって
(本当はお金とか権力を持っていることで自分に自信を持てる、みたいなプライドのようなものな気がする)
「守るもの」は
人…
があてはまるんじゃないか、と。
もしかしたら
「失うものがない」のと
「守るべきものがある」は
同時に一人の中に存在しうるのかもしれない。
なんか書いていてよくわからなくなってきた。
けど、こうやって書いていてしっくりきたのは
人って常に
「なくしたほうが楽になれる何か」
を抱えていて
「本気で心から守りたいと思える何か」
を探し続けているのではないかと思った。
「なくしたほうが楽になれる何か」
は自分の心の中にあって
「本気で心から守りたいと思える何か」
は誰かなんだと思う。
その”何か”を探す旅を、人はしているのだと思う。
まとまらなくなったので、このあたりで。
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