お互いに緩やかに繋がって_ヘッダー画像_

【連載】お互いに緩やかに繋がって 第16回

 別に僕はこの団地が気に入っている訳ではない。団地なんて別に自慢できるような家ではなかったし、僕ももう26歳だった。いつまでも親元にいるのも少し躊躇われるし、何より近所の人たちからの目が痛かった。ここには僕を子供の頃から知っている人がたくさんいるし、影で「あの子はまだ実家にいるのよ」なんて言われているんじゃないかと、不安になったりもする。もちろん実際に直接そう言われることなんてなかったのだけど、偶然すれ違う度に「ああ、紀之(のりゆき)くん、こんにちは」と声を掛けてくれる近所のおばさんたちは、暗にそう思っているんじゃないかって思えてならなかった。

 そりゃ、この団地を出られるものなら、僕だって早く出たいとも思う。しかし僕には一人で生活をしていくだけの稼ぎがなかった。……いや、もちろん、それを作り出していないのは僕の責任であって、真面目に就職して働いていれば、それも可能だと思う。だけど僕はそうではなかった。中学生の頃、音楽というものを知り、僕はその世界へとどっぷりとハマっていってしまった。バンドを組み、小さなライブハウスで何度もライブを行ってきた。客のほとんどいないライブハウスは、自分たちの存在意義を考えられずにはいられないけれど、それでも今演奏出来ているこの現実は、ささやかでも幸せだった。バンドのメンバーだって何度も変わっている。もう十年くらいやっているし、周りのバンドも皆、メンバー間でのトラブルには頭を痛ませていた。自分がやりたいと思っている音楽性の違い、音楽に対する熱量の違い、理由は様々あるけれど、結局はそれは”やるかやらないか”の違いでしかない。僕はいつだって「お前は熱すぎる」とか「紀之みたいに本気でやりたい訳じゃないんだ」と言われてきた。僕はいつも何かしら物体のないものに苛立ち、焦り、その感覚が感情を通してメンバーへと伝わっていた。僕が望むくらいの熱量を持った人はずっといないままで、いつだって僕がただ一人だけで突っ走っていたような気がする。僕はただ純粋に音楽が好きだったし、楽しみたかった。もしこれでプロになれるとするならば、それほど幸せなことはないだろう。そう思っているのだから、熱くなるのだって当然の行為だと思える。

古びた町の本屋さん
http://furumachi.link 

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?