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難民絵本を100 冊集めて気付いたことーー『ぼくのなまえはサンゴール』(2)

翻訳絵本『ぼくのなまえはサンゴール』が2024年5月30日に出版されました。4人の共訳者のひとりで、ゆぎ書房・代表の前田が、同絵本出版の背景を個人的に綴ります。

【このページで書いていること】
約100冊の難民絵本を収集分析したところ、英語絵本には、海外から難民として来た子どもたちの定着を描くものが多かった。
しかし、日本で制作された絵本では、日本にやってきて定着する人たちの物語がほとんど見られず、緊急支援や難民キャンプについての資料型絵本が目立った。

難民絵本約100冊を提供し 京都市国際交流協会と共催した、
「世界の絵本展2021~絵本から難民と出会う」
フロント写真のポスターも同様

1.「難民プロジェクト」絵本タスクチーム


「難民絵本」という呼び方は、不遜な気がしてあまり好きではない。しかし、難民(*1)をテーマとした絵本――「難民になること」や、「期せずして難民になった(ことがある)人たち」を描いた本のことを、便宜的に「難民絵本」と呼ぶことがある。

2016-2018年の「難民プロジェクト」絵本タスクチームで収集した難民絵本の一部(1)
のちに邦訳刊行されたものも含む 【出版情報詳細】

『絵本フォーラム』誌(NPO法人「絵本で子育てセンター」)で「遠い世界への窓」という絵本紹介の連載をしていたことがある。異文化、とくにイスラームをテーマにした絵本を紹介していたが、絵本という媒体は、読者にとって<なじみのない文化>や、<理解しがたい感じる、世界の出来事>への「窓」や扉になってくれるものかもしれないと改めて思った。

このことをもっと学ぶにはどうしたらいいだろうと、飛び込んでみたのが、日本国際理解教育学会の2016-2018年の特定課題研究のひとつ「難民問題から国際理解教育を問う」というプロジェクト(通称「難民プロジェクト」)だった。

やがて、この「難民プロジェクト」で絵本タスクチーム(『ぼくのなまえはサンゴール』の共訳者4人)を結成し、100冊以上におよぶ「難民絵本」を収集することになる。

プロジェクト過程で、筆者が企画提案・翻訳した、『石たちの声がきこえる』
なお、本作品が孕む問題点については、シンポ「《文学》からシリアを考える―独裁、”内戦”、そして希望」2017でも討論された。

2.  難民問題の学びの素材として

日本国際理解教育学会の「難民プロジェクト」は、筆者個人とっては初めてのことばかりだった。難民問題をどう学ぶか、また、難民問題を子どもたち(そして大人たち)が学ぶためにはどのような実践や仕掛けが可能かなどという捉え方をしたことがなかったからだ。

そのときに聞き知った、「難民教室」というよく知られるワークがある。小学校などのあるクラスで数人だけを、となりのクラスの数人と交換する。交換された子たちは、いつものクラスとは違うアウェーな教室で、授業や給食時間も含めた丸一日を過ごすというものだ。

たったそれだけのことだが、子どもが自分のホーム(クラス)から切り離されて過ごす一日の不安や寄る辺なさは、想像して余りあるし、それを体感させるアイディアも興味深い。自分の身に置き換えて疑似体験する「学びのための仕掛け」についても考えさせられた。

100近い実践方法の紹介と実践教材を収録した『グローバルクラスルーム』

そもそも、難民問題について学ぶ際、国際情勢と統計データのみをなぞって、たとえば「2020年(途中)の南スーダン難民の数は、約228万人」と数字を提示されても、とくに子どもたちにとって、現実感を伴った想像をすることは難しい。

しかし、もしスーダンや南スーダンの歴史を詳しく知っていたら、さらに、彼の地に行ったことがあったり、友だちがいたりしたら、受け止め方も沸き起こる感情もまったく違うものになるだろう。

2016-2018年の「難民プロジェクト」絵本タスクチームで収集した難民絵本の一部(2)
のちに邦訳刊行されたものも含む 【出版情報詳細】

絵本という媒体には、とくに物語の場合、名前があって顔の見える主人公がいる。そして、その〇〇くん/〇〇ちゃんが見たもの、直面したできごと、投げかけられた言葉、感じた世界が描き出され、読み手は主人公とともに旅をし、様々な事象をより具体的に疑似体験することになる。絵から気付くこと、発見できることも多い。

3. 難民絵本を100冊集めて気付いたこと

難民絵本を100冊集めることを目標としていたわけではない。ただ、難民をテーマとした絵本にはどんなものがあるのだろうと調べてみたら、あっという間に100冊を超えていた。

プロジェクトメンバーたちも面白いと共感してくれて、研究予算での購入を認めてもらった。【収集と分析の詳細】

2016-2018年の「難民プロジェクト」で収集した難民絵本の一部(3)
のちに邦訳刊行された作品も含む 【出版情報詳細】

<英語絵本>、<邦訳絵本>、そして<日本で制作された絵本> 計86冊を分析対象としてリスト化したが、このほかにも、ドイツ語、フランス語、アラビア語の絵本やパレスチナ関連の絵本も数冊ずつ収集した(途中から英語と日本語に限定し、さらに、歴史的起点がいわゆる「インドシナ難民」以降のものに限った)。

出版年代別に見ると、英語の難民絵本の出版数が増加したのは 2010年代で、中東やアフリカから戦禍を逃れてたくさんの人たちが、欧州へ押し寄せた時期とも重なる。邦訳絵本も これを後追いする形で、とくに2017年以降に増加した。【収集と分析の詳細】

京都市国際交流協会と共催した、「世界の絵本展2021~絵本から難民と出会う」

収集した絵本を分析して、まず顕著だったのが、英語絵本と日本で制作された絵本の違いだった。

私たちは難民絵本を便宜的に「物語絵本」と「資料型絵本」に分類したが、そもそも英語の物語絵本で多かったのが、遠い国から戦禍を逃れた人々が「ぼくたちの国」にやって来て定住・定着する物語だ。

危険のあった場所から脱出し、苦難の旅を経て安全な場所までたどり着き、さらに心の居場所を得るまでの物語として構成されている絵本も多かった。

それは、「行きて帰りし物語」と呼ばれ絵本でも多用される、子どもに受け入れられやすい物語の型でもある。『ぼくのなまえはサンゴール』もこの型を踏襲していると言える。

『ぼくのなまえはサンゴール』ゆぎ書房2024

ところが、日本で制作された難民絵本には日本にやってきた人たちの物語がほとんどなかった(一部、児童書はあった。また、支援団体が活動報告の一環として制作配布しているものもあった)。これに対し、数も多く目立ったのが、難民キャンプを題材とした資料絵本である。

戦争によって負傷した人たちの緊急医療、また、内戦が長く続く地域にはびこる銃器や少年兵の問題を取り上げたものもあり、日々の暮らしや人生よりも、緊急性や非日常の困難や凄惨さに焦点をあてたものが印象に残った。

京都市国際交流協会と共催した、「世界の絵本展2021~絵本から難民と出会う」

以上は、あくまで、私たちが収集・分析した時点での、観察結果の一端にすぎない。さらに、個々の絵本を活用したワークショップで、参加した人たちがどんなふうに絵本を読み、何を語り合ったかを改めて綴りたい。

(*1) 上記プロジェクトでは、「難民」を「難民の地位に関する条約」(1951年)での規定にとどめず、また、難民認定されているか否かに関わらず、「政治的、経済的、文化的、自然環境(災害)的理由などで避難を強いられた(force to flee)人々」「迫害性・強制性ゆえに避難した人々」と、定義づけている。


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