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シーユーレイター・アリゲーター

地下は薄暗く、足元は湿った土でぬかるんでいた。

メキシコとの国境に壁がある。その壁の下に溝を掘りワニを棲ませるという。「我が国をもう一度偉大に」と掲げるかの大統領が突飛なことをするのはこれが初めてではないが、そこにはいつだって前例があった。もう一度、と嘯くからには過去に倣う。それが大統領の考え方だった。

ワニの飼育費用の見積まで指示しているこの政策は一体どこに前例があったのか。自国にそんなものはない。かの国は敵から学んだのだ。

宇宙開発の時代。冷たい戦争。東西の陣営が分割したドイツの都市ベルリンにそれはあった。西ベルリンを有刺鉄線で囲い込むように封鎖したのは今はなきもう一つの超大国、ソビエト連邦。のちに有刺鉄線はコンクリートの壁に置き換えられ冷戦の象徴として語られるようになる。

分断と対立の象徴はコンクリートだけだったか。そうではない。メキシコ国境の壁がそうであるように、ベルリンにも警備を強化しようという計画があった。

西ベルリンの地下深くにその施設はあった。ことの発端はソ連ですらない。第二次大戦終結前まで遡る。ナチス支配下のその施設ではとある技術が研究されていた。

研究の成果にこそ恵まれなかったものの、施設の化学物質で汚染された温かな排水は豊かな生態系を育んでいた。巨大で凶暴な爬虫類を筆頭にした生態系だ。

今、ソ連支配下の西ベルリン。ナチスが遺棄した地下施設では突然変異の爬虫類が配備の時を待っていた。壁を潜るルートを封じようと、そのような意志を挫こうというわけだ。もたげた首から伸びる顎門は冷酷な雰囲気を湛え、脱走者に非情な死をもたらすことは確実と思われた。

そんな施設に配置されていた警備員が一人、今まさに崩れ落ちた。脱力した体は筋骨隆々な腕に預けられ、物陰に引き摺られていく。注意深く犯行の証拠を隠した潜入者はようやく息をついて表を上げた。

彼こそかつての外交官、杉原千畝その人である。【続く】

Photo by Etienne Assenheimer on Unsplash

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