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『あいしてる???』


目覚ましも鳴らないのに私は飛び起きた。
唇だけが夢の続きの言葉を言おうと、
『あ』
の形になっていて、頭の中はどんな夢を見ていたのかサッパリ覚えていない。
『あ』の唇のまま、ベッドに座り、何を言おうとしたのか考えている。
頭はサッパリ夢のことを忘れているのに、胸の中は暖かいフワフワの温もりでいっぱいで、前屈みになりながらぬくぬくの布団を抱きしめた。
冬の布団の温もりは、それだけで幸せにしてくれる…ぬくぬく。そっと、胸の温もりと交互にぬくぬくを味わった。
きっと、
『あいしてる』
と言いたかったに違いない。
この気持ちは、久しく感じることのなかった『あいしてる』…だ。
きっと、言葉を知らない子供なら、
『大好き‼︎」
って、感じだろう。
胸いっぱいの暖かい、純度100%の温もりは、色で言うならパステルカラーのピンク。

まだ外は薄暗くて、早起きしたのかと思ったら、霧雨が降っていて太陽が隠れているだけだった。
…10時間寝てしまった。
「最近、無茶苦茶眠っちゃう。」
と、ボブに話しかける。
ボブは可愛く笑っている。グレーの眼鏡をかけた飛び出た目。それがまた可愛い。

紅茶を淹れるのにお湯を沸かしながらソファに座り、ブランケットにくるまってボブを膝に乗せて話しかける。
「いったい、なんて言おうとしてたと思う?」
…もちろんボブは、
「知らんがな。」
と、飛び出た目で返事する。
そりゃ〜人の見てる夢なんか知らんよね。でもね。胸の中はまだ暖かくて、外は霧雨の寒々しさでいっぱいなのに、部屋の中はピンクのハートであふれかえって見える💕💕💕
…購入したてのピンクのパジャマで寝たからだろうか?
こんな気分で目覚められるなら、世界中の人たちみんな、あらゆる性別の人たちも、年寄りも若者もピンクのパジャマで寝たら世界は幸せになる。
「ボブ?いいアイデアじゃない?」
「知らんがな。」
…ボブはその言葉しか知らないらしい。たまには、ナイスアイデア‼︎とか、言えばいいのに。

カップに牛乳を注いでチンして紅茶を淹れながら、マッシュルームトーストを焼いて、赤い皮をシュルシュルとりんごを剥いてく。甘酸っぱい香りが立ち込めて、切ったりんごを一欠片口に入れる。パリサク。少し酸味のある甘さが好きだ。次々口に運びそうなのを我慢して、トーストと一緒に皿に乗せ、ミルクティーとそれぞれ手に持ちながらテーブルに運ぶ。
追い立てられるような朝食でなく、熱々のカップで手を温めながら、ベルガモットの香りを吸い込ん飲むミルクティーは、今日が休日なのを実感させてくれる。外が雨だろうが、雪だろうが、休日だから全然関係ない。いっそ、この部屋から一歩も出ずに一生暮らしてもいいと思う。
昨日、マッシュルームが安かったから、今日のトーストはマッシュルーム山盛りだ。マッシュルームを噛んだ時のキュ…と言う感じが好きだし、マッシュルームの香りも好きだ。

そもそもが、嫌いな食べ物がない。
食べ物の好き嫌いが激しい人は、人の好き嫌いも激しいと言うけど、本当だろうか?確かに私は、人を好きでも嫌いでもない。誰に対してもだ。だから、この部屋から一生出ないのが幸せに思えるのかもしれない。ボブに話しかけて、
「知らんがな。」
と、返事をもらえれば満足だ。それは返事と言っていいのか疑問だが。

爪先を擦り合わせているのに気付く。そう言えば、今日は暖房を付けていない。それ程暖かいわけじゃないけど、ブランケットをかければなんとかなる。
今年の暖房費は異常だ。
電気代も灯油代も、高騰している。このまま上がり続けたら、低所得者は凍えてしまうしかないのかな?部屋で凍死?
まぁそれも悪くない。
マッチを一本ずつ擦って…と、思ったけど、マッチなんか持ってない。
ライターならあったな。
マッチよりライターの方が長く、おばあちゃんと話できるけど、ライターを抑える指が熱くて、話しに集中出来なそうだ。
別におばあちゃんを呼び出さなくても、ボブに話しかければ、それでいいし…。
ボブの
「知らんがな。」
で、やっぱり私は満足だ。
「知らんがな。」
それで満足なんだよボブ。いつもありがとう。

…ありがとう?

ふふっ。

「あいしてる」

じゃなくて、

「ありがとう」

だったんじゃない?


『あいしてる』
と、思った自分が少し恥ずかしくなる。
『あ』で始まる言葉で胸が暖かくなる言葉。『あいしてる』も『ありがとう』も、本当はそんなに差がないのかもしれない。どちらも心はモヤモヤとピンクだ。
でも、『あいしてる』の方がもっとピンク。
どちらにしても…。
どんな夢を見ていたのかは分からないんだけどね。

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