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投手有利の世界を覆す打撃指導法

これまでの長いMLB史の中で今現在が最も投手有利の状態という話をよく耳にする。これには理由があり、この10年で球団は球速を大幅に向上させる方法を編み出したからである。これまで何世代にも渡り感覚と反復練習を繰り返してきた投手という生き物は、今では洗練された技術とテクノロジーを駆使して球種を磨き、球の回転すらも最適化するようになった。捕手もまた、微妙なグラブワークの調整とポジショニングによりプレートいっぱいの球をストライクと審判に呼んでもらえるような練習を重ねている。

一方、打者はこの10年間、それに追いつくことに精一杯だった。三振はこの10年で5%増加した。それに伴いリーグの打率は.251から.230台へと急落している。業界全体がフライを打つことに注力した結果ホームランは急増したものの、この増加も飛ぶボールに後押しされた、やや表面的なものである。最近、粘着物質が取り締まられるようになったが、投手は依然として優勢であるというのは疑いようのない事実だ。

しかし、誰もが最先端の技術を取り入れ、他人を出し抜くことを考えているこのスポーツにおいて、一つの傾向が長続きをすることは至難の技である。実際、ファームに目を向けると、攻撃面が活気づいてきている兆候がある。マイナーリーグではメジャーリーグよりも三振が多く、打点が少ないなど、必ずしも数字に反映されているわけではないが、リーグの統計では、チームや打者が現代の投手の攻めに対する備えの違いが如実に表れている。成果をあげられている選手はリーグ全体に均等に広がっているというわけではない。むしろ、高めのゾーンの回転数の多い速球とそれ以外のゾーンに散りばめられる変化球に対抗するための、時間と資源を投資できた球団が、集団から抜きんでているのである。

投手に対抗する準備は練習から始まる。試合の2時間前にコーチが40フィート離れたところからボールを投げるという古くからの風習は完全に消え去ってはいないものの、先進的なチームでは段々と従来のバッティング練習よりも打者を育成するためのより良い方法を編み出している。ピッチングマシンは、長年あらゆるレベルの打者の間で人気が無かったが、現代のトレーニング方法の重要な役割を担っている。

一般論として、多くの打者はマシンから打つことを好まない。腕の動きが無いため、打者が、バッターボックス内で感じたいリズムのシミュレーションにならないし、同じ場所に何球も投じられるのは人工的な感じがするからだ。さらに、多くのマシンではボールが予想以上に高く上ずったり、低く落ちたりと想定外の挙動を起こすこともある。

しかし、この2つの要素は、バグというよりも特徴と呼べるかもしれない。ピッチングマシンを相手にヒットを打ったことはあるだろうか。その時、投球が思ったよりも沈まなかったように感じなかっただろうか。その場合、おそらくスピン量への対応に問題があったのだろう。完璧なスピン効率と高いスピンレート(アナリストいわく、2400~2800rpmの間の回転数)をほとんどのマシンで再現できるため、これらの機械は実のところ高回転の速球に対して打者に繰り返し投じるのに、最適である。アメリカン・リーグのある打撃コーチは、この装置を完璧な教材として用いている。

「昔はみんな機会を使うと、ボールの下をスイングしてしまい、イライラしていたものだ。今は、『なるほど、これはまさに試合で起きていることだ』と実感している。試合中に同じことをしないように、ケージの中でどう戦うかを考えなければならない。」

打者自身も好意的な反応を見せている。「4年前、マシンを設置してもそれを使うのは4分の1程度だった。それが今では、ほぼ全員そのマシンを使用している。昔に比べてはるかに多くの支持を獲得している。」

もう一つの指導法は、打者にボールの上半分を狙うことを指示するのである。ある打撃コーディネイターは、「直感には反するが、効果的な攻めであると実証されている。」と認めている。「バッティング練習では目線を低くするように指導している。バッティング練習で高く打ち上げられたボールはたいてい、試合では振り遅れか球の下を擦ったファウルボールに等しいということだ。」

理屈は単純明快で、打撃投手が投じるバッティング練習の場では実践で投手が投じる球とは異なり、ボールが沈んでしまう。そのような環境でスイングを調整する打者は、結果的に生きた速球に対応する事ができない。「伸びがある高回転の97mphの速球を、ボールの下から叩こうとしても、いい角度では決して飛んでいかない。」とアメリカン・リーグの打撃コーディネイターは説明した。「究極の目標はホームランを放つことであり、これらの練習で行うことは、その助けになるはずだ。」

打者とコーチその両方が、練習と試合前の作業の厳しさを増すことに重点を置いている。業界全体を通して、これまで打撃練習の試合前のスイングは、打者をリラックスさせ、自分のパワーについていい気分にさせるかもしれないが、それ以外のことはあまり与えてくれないという感覚が広まっている。シアトル・マリナーズの打撃コーディネイターであるConnor Dawson氏は、従来のやり方では上手くいかないと考えている。「非常にストレスの少ない環境で何度もスイングするよりも、厳しい環境下で練習し、できるだけ試合の状況に近づけるようにチャレンジしようとしている。そうすれば目も体も試合のスピードに合わせた動きや認識ができるように訓練されるのだ。」

打者が変化球を攻略するための準備に関しても、同様の事が当てはまる。ある関係者は「毎日、変化球を打とうとしている。なぜならば、投手はそれでアウトを取ろうと狙っているからである。」と言う。

なぜかというと、ほぼ全ての打者が速球と比べ変化球の方が悪い数字を記録するからだ。投手もそれを認識し始めており、近年はより頻繁に投じるようになっている。2011年には投手は60%近く速球を投げていた。2021年にはそれが50%付近まで下がっている。打者によっては、試合中一度も打てる位置への速球を見ることなく、試合終了を迎えることもある。逆説的かもしれないが、その分打者が速球に対する少ない機会で、大きなダメージを与えることがより重要になった。あるMLBの打撃コーチに、数多く投じられるようになった変化球にどう対応するのか尋ねたところ、まず速い球に追いつくことの重要性について語った。

「速球に追いつかなければならないと感じると、変化球を打つのに苦労する」と言い、バットスピードと瞬発力のある筋肉の重要性を指摘した。「速球を打つことに苦労する必要がない選手は、それほど変化球に対して苦戦しない」とも語った。

そこから次の段階として、選手が球の回転をより認識できるようにすることへと移行する。特に球がボールになる可能性が高い場所で正確な認識できるようにすることが大切であり、「多くの空振り三振の問題は、空振りしていることそのものではなく、彼らがボール球を振っていることの方が大きい。」とDawson氏は言う。

「変化球との戦いの大きな要素は、ボールゾーンの変化球を見逃すことだ。」と彼は付け加えた。「ストライクを取るために投げられる球は、しばしば打ちごろの場所にあり、それらは打ち込むことができるものだ。」

トレーニングだけでなく、チーム自体も現代の投手に対してどのような選手が活躍できるかを見極める力をつけてきている。まずコンタクトすることが得意な選手を識別するところから始まるが、決して空振り率の低い高校や大学の選手のスプレッドシートでフィルタリングすればいいというほど単純なものではない。(もちろん、それはしばしば肯定的な指標になりうるが)一つの共通項を挙げるとすれば、打ち出し角度があまり急でない選手だ。これらの選手は、多くの場合において既にバレルを打つのための良い感触を持っており、より多くの高回転の球と対戦するようになったとしても、彼らの自然なスイング軌道を考えると、そのスイングはボールを高く遠くへ飛ばすことに適していることが多い。

「ここでの考えは、この種の選手がより速い球と対峙することになった時に、その速球の上にいるのではなく、その後ろにいる可能性があるということだ。 」とあるコーディネーターは説明した。

フィードバックもかなり重要な要素である。スポーツを取り巻く技術は、近年ではか急速に進歩しており、それによってチームが選手に実用的なスカウティング レポートを与えることが容易になった。アメリカン・リーグの打撃コーディネーターは、自球団に、それぞれのスイングがどれだけ優れているかを採点し、どの球が追いかけるべき良い球で、そうでなかったかを遡及的に特定する内部システムがあると説明している。また、Dawson氏は、6試合で構成されるシリーズは打者が短期間に複数回投手と対戦する機会を得られるため、実は有用な育成ツールであるとも指摘する。「一度の対戦では上手く対応できなかった投手も、二度目、三度目の対戦では、より良いバッティングができることが分かってきている。」

そんな中、コーチや指導者が抱える課題のひとつに、「選手に情報を与えすぎない」ということがある。あるコーディネーターは精神的な疲労について、また、長いシーズンには多くの失敗と厳しいレッスンがつきものであることを覚悟しなければならないと話している。

「プロの選手として、試合の中でどれだけ打ちのめされるかを考えると、練習でもあまり打ちのめされたくはないだろう。」

そう考えると、時にはもっとポジティブなフィードバックがある練習の役割もあるのではないだろうか。特に苦戦している選手の場合、厳しい練習から難しい試合になり、試合後に多くのネガティブなフィードバックを受けるのはつらいことである。コーチは指導するタイミングを慎重に選んだ方がいいことが多く、またどのような指導であっても、選手が共感し、理解できるような方法で行うことが重要である。そのためには、選手一人一人がしっかりと理解できる言語で指導することが大切だ。Dawsonは、マリナーズのマイナー下部組織にはすべてスペイン語を話すコーチがいることを明かし、この点について言及した。

結局のところ、打者にはまだ多くの難関が待ち受けている。打撃は本能的に反応するものであり、球速の向上と洗練された変化球の組み合わせは、このスポーツで非常に優れた打者以外のすべての打者に挑戦し続けるだろう。しかし、打者は反撃に必要な道具を手に入れつつある。高回転の速球に対抗する練習を積んできている。5年前に比べて、より試合に近い練習ができるようになった。スイングに対するリアルタイムのフィードバックが得られるようになり、チームは将来有望な打者を見極める方法を作り上げつつある。今のところ、投手がトップに君臨しているが、目を凝らせば、より公平な競争の場への道筋が見えるだろう。


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