見出し画像

WARは本当に信用できるのか

1.はじめに

2011年に映画「マネーボール」公開後、それまで存在そのものがあまり知られていなかったセイバーメトリクスが世間一般にも浸透し、テレビ中継や記事にて打率や防御率といった基礎的な指標以外にも、様々な指標を目にするようになった。
そのうちの一つ、WAR(Wins Above Replacement)はまさにセイバーメトリクスが選手を評価する際にどのような考えを用い、数値化しているのかをわかりやすく体現することに成功した。今や選手の価値はWARに基づいて語られる事が多い。
走攻守投すべてを一様に評価することを可能にし、万能とも思えるWARだが、実のところ鵜呑みにするのは危険であると警鐘を鳴らしたい

2.Ryan Doumitという男

Ryan Doumitという選手をご存じだろうか。
2000年代後半から2010年代前半にかけてMLBをしっかりと見ていなければおそらく知らないだろう。平均以上の打力と平均以下の守備力を有したどこにでもいるような捕手、というのが大まかな彼の現役時代のイメージだ。
だが、実は彼は歴史に名を残すとんでもない選手だったのである。

画像1

                                                                                            (Fangraphsより引用)
上記の表はFangraphsの歴代WARワースト10の面々となっている。この10人のうち、2000年以降にプレーしたことのある選手はDoumitただ一人となっている。なぜこのような事になってしまったのか。それは技術進歩の賜物(彼にとっては損失)によるものだ。
2019年に入り、FangraphsのWARの計算項目の一つに捕手のフレーミングが加えられ、全ての捕球映像が残っていた捕手のWARの変動がおきた。その結果、Ryan Doumitのフレーミング技術は文字通り歴代最悪であるということが判明したのだ。彼の実際のキャッチング映像はこちらだ。

画像13

それではなぜPiratesは彼を捕手として起用していたのかというと、彼の現役時代、フレーミングという概念は存在しておらず、ただ単に守備が下手なだけという具合にしか考えられていなかった。彼にとって不幸だったのはその映像が残ってしまっていたということだ。
ちなみにどれくらい彼のWARが悪化したかというと、WARにフレーミングが組み込まれることを発表した記事に記載があるが以下の通りだ。

画像2

              (https://blogs.fangraphs.com/war-update-catcher-framing/より引用)
この例で示されるように、技術進歩を起因とした指標の見直しや開発といった出来事を理由に、WARがある日突然増減するといったことがいつでも起こりうるのだ。現に、この2019年の記事ではDoumitの通算WARは-10.4とあるが、2021年6月16日現在、彼の通算WARは-8.6と変わっている。
もし彼が捕手ではなく一塁手として起用されていればこのような悲劇は防げたであろう。ちなみに2008年の彼の打撃成績は116試合 打率.318 15本塁打 69打点 OPS.858 OPS+127と、捕手としてはエリートレベルの打棒を誇っていた。

3.隠された問題

また、この問題を加速させているのが計算式の不透明性だ。
WARを扱う大手媒体は3つあり、FangraphsBaseball ReferenceBaseball Prospectusと3つあるが、そのいずれも、具体的にどのような手法で守備力を数値化しているのか公開していない。もちろんそれこそが分析の要の部分であり、企業秘密なのだろうが、ただ大まかな算出方法と数値だけを公開されても、本当にその数値は信用に値するのか検証することが不可能となっている。
StatcastPitchf/xといった解析技術が日進月歩の発展を遂げている今だからこそ、それぞれの指標にどういった技術がどのように用いられているのか知ることによって、より普遍的な指標の開発を目指せるのではないだろうか。
この不透明性によってどのような弊害が起きているのか、またしてもRyan Doumitを例に出して示していきたい。

画像3

画像4

画像5

(上図はBaseball Reference、中図はFangraphs、下図はBaseball Prospectusより引用)
彼の2008年のWARを見ると、Baseball Referenceは+3.3、Fangraphsは-3.4、Baseball Prospectusと-2.7なっており、なんと最大で6.8もの差がある。
同一選手の評価が代替可能選手(WAR0.0)と2019年のXander Bogaerts(fWAR6.8)ほどの開きがあってはどうして信用できよう。
Ryan Doumitは極端な例だが、それぞれの媒体でWARが0.5ほどの違いが生じるということはざらにある。
ちなみに2019年WARが-0.5以上0.5以下の選手は全1375選手中748選手、つまり半数以上が該当することになる。

4.WARは将来を占えるのか?

今まで述べたような問題はあるにせよ、もし仮にWARに基づいて将来をある程度予測できるのであれば、ひょっとすると指標としての価値はそれだけであるのかもしれない。
そこで、全162試合行われた2018年と2019年を取り上げ、規定打席に到達した選手のWARの推移をみていきたいと思う。なお、試合数による差を無くすため、全て162試合あたりのWARへ変換した。

画像6


画像8

画像9

赤く塗りつぶされているのはWAR前年度比+2.0以上、青く塗りつぶされているのはWAR前年度比-2.0以下の選手である。(noteで表を作成する方法がわからなかったため、無駄に3分割になってしまったがご容赦願いたい)
1年という短いピリオドの間でもかなりの変動がおこっていることがわかるだろう。
さらに、散布図にするとこのようになる。

画像10

画像11

画像12

3媒体すべての相関関数が3.50前後と弱い相関関係を示す結果となった。
つまり、前年度のWARよりその次の年のWARを導き出すことはあまり賢い選択ではないといえよう。

4.WARは役に立たない?

では、WARは全く役に立たない指標なのだろうか。
それはWARをどのように活用するのかによるだろう。
前項で述べたように、将来を占うにはあまりに不確実な手段であるが、例えば過去の偉大な選手と現在の選手を比べてみたいと思った時に一定のイメージを与えてくれるだろう。なぜなら、時代や所属チーム、守備位置といったあらゆる要素に関わらず、単一の指標で判断することを可能とするからだ。
また、WARはBen Zobristのように、総合力で勝負する選手に対してスポットライトを当てる要因となった。

5.終わりに

以上4つの角度よりWARについて考察してきたが、確実に言えるのは、非常に流動性の高い指標であるということだろう。
そもそも走攻守どの指標もまだ研究途中にあり、各分野でどの指標を最も信用するかについて、今のところ人によって分かれるという状態である。
ある人はOPSこそがシンプルかつ判断基準にしやすい指標であると主張するかもしれないし、またある人はxwOBAこそが最先端であり最も選手の実力を反映していると主張するかもしれない。
セイバーメトリクスはまだまだ発展途上であり、進歩している今だからこそ、常に疑いを持って数字に向き合っていく必要があるだろう。
(ちなみにあえて今回は投手のWARについて語っていないが、それはまた別の機会に)

画像13


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?