見出し画像

ヤンキースのシンカー革命 ~今後トレンドになるSSWとは何か~

Clay HolmesJoely RodriguezWandy Peraltaの3人には共通点がある。2021年シーズン途中にヤンキースに加入したこと。大幅な成績の向上が見られたこと。そして全員シンカーの使い手であるということだ。

まずは3人の成績がどのくらい向上したのかを見ていこう。

Clay Holmes (PIT→NYY) 44試合 防御率4.93→ 25試合 防御率1.61
Joely Rodriguez (TEX→NYY) 31試合 防御率5.93→ 21試合 防御率2.84
Wandy Peralta (SF→NYY) 10試合 防御率5.40→ 46試合 防御率2.95

この中でも特にHolmesの躍進が凄まじく、K/9を9.410.9と向上させながらBB/9も5.41.31/4に、H/9も7.55.81.7も減少、対戦打者のOPSは.458と完璧に封じ込めた。

上記の3人の活躍の裏には動作解析システム、ホークアイの存在がある。ホークアイは投球時の腕の角度や踏み出し幅、スイング時のバットの経路といったものをデータとして可視化してくれる。

これまで通説的にシンカーはJoey Gallo大谷翔平Matt Olsonのようなアッパースイングでボールをかちあげるタイプの打者にとっては打ちごろである低めのゾーンに入ってくる球種であり、更には空振りも奪いにくい球種ということで、現代野球に適しているとは言い難いとされてきた。事実、前述の3人はBaseball Savantの対シンカー Run Valueで毎年大幅なプラスの数値を記録している。だが、投手のシンカーの回転軸と回転方向によっては、打者のスイングの軌道を避けることができ、非常に効果的な球種になりうることがホークアイによって徐々に明らかになってきた。

鍵となってくるのは「シーム・シフト・ウェイク(SSW)」と呼ばれる概念だ。
細かな説明は以下の記事に専門家によって詳しく書かれているため、そちらをぜひ読んでいただきたいが、大雑把に言うと、SSWとは球の縫い目の方向によって生じる、ボールの軸をずらす力のことである。その力によって回転軸から想定された変化方向と実際の変化方向に差が生じ、より大きな変化量を生み出したり、打者による回転に基づいた想定を外れた方向へ変化することを可能にする。

https://www.baseballaero.com/2020/12/23/cliff-notes-seam-shifted-wake-post-65/

このSSWという特性を持ったシンカーの使い手の獲得を2021年のシーズン途中ヤンキースは推し進めたのだ。

最初にClay Holmesのシンカーを見ていこう。

横回転の高速シンカーであり、Spin-Based Movement(回転軸から想定された変化方向)Observed Movement(実際の変化方向)に大きな差がある。つまり、ボールが回転している方向と打者の目に映る方向に違いがあるため、打者の目を欺いているということだ。

画像5

さらに、単に打者の目を欺くというだけでなく、バットの軌道も通常この球筋にない確率が高い。一般的に広まっているバックスピンをかけた下方向のシンカーとは異なり、Holmesのシンカーは平均96.0mphという高速であり、リリースポイントも平均6.45ftとかなり高いところから投げ下ろされ、ユニークな横回転がかかっているため、唯一無二の球となっている。
Holmesのバレル率ハードヒット率はそれぞれリーグ上位96%79%であり、強い打球を抑制していることがわかる。さらに彼は他のシンカーボーラーと異なり奪三振能力も高いが、それは三振を奪えるスライダーも球種にあるからだ。

Holmesと同様にRodriguezも回転軸から想定された変化方向と実際の変化方向に大きな二次元軸の偏差を持つシンカーを持ちながら、平均94.0mphと左投手のシンカーの中では高速の部類に入る。

画像3

左投げのRodriguezは左打者にとって打ちにくいゾーンにシンカーを投じることによってカモにしている。

大谷の運動神経は幅広いゾーンと異なる球速をカバーすることを可能にする。言い換えれば、彼は様々なスイング軌道を作ることができる。しかしこの高速シンカーを適切なゾーンに投げ込めれば、たとえ大谷ほどの打者でも、狙い球とコースを絞らない限り対応するのは非常に難しい。
このシンカーのお陰で彼のバレル率はリーグ上位89%に位置しており、彼の独特な腕の振りは空振りを誘発している(チェイス率リーグ上位97%)。
対左打者OPSは.559と圧倒したものの、対右打者OPSは.826と苦手にしているため、打者3人を相手にしないと投手交代できない現行のルール下では残念ながらやや立ち位置が苦しいと言わざるをえない。

Wandy Peraltaもハードヒット率がリーグ上位96%に位置しており、コンタクトを抑制するタイプである。彼の決め球はシンカーではなく、リーグトップクラスのチェンジアップだ。ヤンキースの他のシンカーボーラーと同様に、PeraltaのチェンジアップはSSWの産物である。

画像2

彼もまた回転軸から想定された変化方向と実際の変化方向の二次元軸の偏差において、左腕のチェンジアップの中でリーグトップに近い数値をたたき出している。

実は2021年シーズンの途中でHolmes、Rodriguez、Peraltaの3人を獲得する前から、ヤンキースの球団内にSSWの特性を持つシンカーを投げる投手が2人もいた。1人目はZack Britton。そして、もう1人はJonathan Loaisigaだ。

Loaisigaはニカラグアで野球をしていた頃からシンカーが球種のレパートリーの中にあった。しかし2016年にトミージョン手術を受けた後、封印するように勧められたため、MLBに昇格した2018年まで一度もシンカーを投げなかった。2019年のブルペンセッションの時、投手コーチの目の前でこっそりシンカーを解禁するとその球の動きに驚いたコーチは今の球は何だとLoaisigaに尋ねたが、彼はトラブルになるのを避けるために4シームだと答えた。
それに対してコーチは一言こう言った「Mentiroso(スペイン語で嘘つきの意」。
それ以来シンカーの使用率を徐々に増やしていき、ついには彼の決め球となった。

画像6

LoaisigaのシンカーはSSWに関してリーグトップクラスというほどではないが、平均98.3mphという球速によって非常に厄介な球種であり、チェンジアップはシンカーと使い分けながら打者のタイミングを外すのに最適なペアとなる。 三振は多くない代わりに彼はゴロと弱いコンタクトを量産でき、ランナーがいる状況になったとしてもダブルプレーを誘発してピンチを脱出することが可能だ。

画像1

この高速シンカーを武器に、奪三振率以外のほど全ての項目でリーグ最上位の数字を残すことに成功した。

画像7


Britton
は2021年故障の影響により僅か18.1イニングしか投げられていないため、データこそ少ないものの、その中でも見事な回転軸から想定された変化方向と実際の変化方向の二次元軸の偏差を作り上げている。

画像6

2016年の67回 防御率0.54を記録した時にホークアイがあればどのような図になったのかとても気になるところである。


ヤンキースと同様にデータ分析に重きを置いているドジャースはこれよりも早く高速シンカーの有用性に気が付いており、Blake TreinenJoe KellyBrusdar Graterolのリリーバー3人を2019年オフにトレードやFAによって獲得している。ドジャースの先見の明が光る素晴らしい補強のお陰で2020年ワールドシリーズ制覇を果たした。

Blake Treinen シンカー平均球速97.4mph 使用率27.4% 

Joe Kelly 平均球速97.7mph  使用率33.8% 

Brusdar Granterol 平均球速100.0mph 使用率59.1% 

もちろんただ単に、速いシンカーを投げられる投手を獲得すればいいというわけではない。Clay Holmesはパイレーツ時代とヤンキース時代の違いについて以下のように語っている。
「下に落ちるシンカー、横に流れるシンカー、そして斜めに動くシンカーの3種類が自分にはあるが、昔は1球投げるごとに思い描いた球の動きになるよう修正しようとした。だが、ヤンキースに来てからは前に投げた球がどうであろうと、捕手に一か所に構えてもらい、狙った球を狙ったところへ投げることだけを心がけるようになった。その結果リリースポイントが安定し、シンカーの安定感の上昇、そして使用率の上昇へと繋がっていった。さらに、シンカーに自信を持たせるため、可能な限り得意とする右打者が打席に立っている時に起用してくれた。ヤンキースに来る前も最速99mphも投じていたが、球速の幅も大きく、92、93mphを記録することも多かった。それがフォームの安定や自信の向上により、平均的に96mphを投げられるようになった。チームにBrittonというシンカーの伝道師がいたのも大きな手助けになった。」

最先端の技術と人間の精神部分の融合を果たすことにより、MLBには新たな革命の波が起きている。どれだけ情報戦で他球団を出し抜けるか、そして次の革命を予見しそれに適した選手を育成、獲得するのかというバトルはこれからも続いていく。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?