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ひだまりの記憶【掌編小説】

「お兄ちゃんみーっけ! ふふ……」

  昼の陽気が差し込む草むらに少女の笑い声が響く。

「また見つかっちゃった……メル、そんなにはしゃぐと疲れちゃうよ!」
「だいじょーぶー!」

 グリスは隠れ場所にしていた大きな樹の陰から体を起こすと、他の子どもたちを探しにいく妹の背中に慌てて声をかけた。

「昼間は元気なんだけどなぁ……」

 そんな独り言ともいえる呟きに、近くで子どもたちの遊びを監督していた神父が答える。

「メリッサは、もうすっかり子どもたちとも馴染んでいますね」

 その点に関しては何も心配なかった。引っ込み思案なグリスと違い、妹のメリッサは持ち前の明るさでどんな人ともすぐに打ち解けられる。両親を失い身を寄せる場所を探していた時も、メルちゃんだけなら……と言ってくれる家庭はそれなりにあった。
 しかしその度にメリッサがお兄ちゃんと一緒がいいと泣いて喚くので、結局は両親が残してくれた家に二人で住むこととなった。

「夜になると、お腹が痛くて動けなくなっちゃうんです。僕には、どうしてあげることもできなくて……」

 妹の病が魔障によるものだと気付いたのは3年ほど前のことだ。普通の医者では魔障の者を診ることができない。国家資格である魔導師の中でも特に高位の者だけがその資格を有しており、一般市民がおいそれと診てもらえるような環境ではないのだ。
 そこでかかりつけの医師から紹介されたのが、神父アースレイのいるこの教会だった。もっとも治療機関としてではなく、魔障を患う子どもの引き取り先としての提案だったのだが。

 初めて会った時、アースレイは一目でメリッサの魔障を見抜いた。そして彼女を教会に住む子どもたちの輪に入れると、すぐに別室を用意してグリスの話を親身になって聞いてくれた。
 《英雄の力》が魔障を治す唯一の力であることもそのとき知ったのだ。その力を得るために、王国騎士団が魔王討伐遠征に乗り出そうとしていることも。

 グリスはすぐに入隊を決めた。そしてついに今年、騎士団長である聖騎士アデルバートの指揮のもと、王国騎士団の一員として討伐遠征に参加することが決まったのだ。
 自分が遠征に出ている間、教会で妹を預かってほしいーーそんな彼の願いを、神父であるアースレイは二つ返事で了承した。

「グリス、ちょっといいかな」
「はい」

 名前を呼ばれて、グリスは自分が深い思考の渦へ落ちていたことを自覚する。

「手を出して」
「……はい」

 春の陽だまりのように温かい手がグリスの両手を包む。それだけで何故だか泣きそうになってしまう自分がいることに、グリスはひどく戸惑った。

「これは、僕の大切な宝物です」

 見ると、手には小さなペンダントが握らされていた。透き通った結晶はアースレイの瞳を思わせる澄んだ青紫色をしている。

「このペンダントのおかげで、今日まで生きてこられました。君に受け取ってほしい」
「そ、そんな……大切なもの……」

 自分には過ぎたる厚意に、グリスは反射的にかぶりを振った。人から何か贈り物を貰うのはこれが初めての経験だった。
 しかしアースレイもまたゆっくりと、何かを懐かしむようにかぶりを振る。

「……ううん。僕はもう十分守ってもらいました。今度は、君が僕の想いを連れて行ってください」

 モノクルの奥の瞳が穏やかに見つめてくる。それが彼の心からの願いであることを知り、グリスはどうしようもなく泣きたい気持ちになった。

「グリス……僕の心はいつでも、君と共にあります。どうか、無事で」

 今度こそ、言い淀まずに返事をしなくては。グリスは震えそうになる唇を笑みの形に変え、口を開いた。

「……はい。ありがとうございます」

 穏やかな風が、二人の間をすり抜けていった。





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